EVER GREEN
第六章「旅立ちへの決意」
No,4 教室の片隅で
次の日もその次の日も。アルベルトは帰ってこなかった。
「ハザー先生って今日も休みなんだー」
「風邪みたいだよ」
クラスの女子の声が聞こえる中、何もすることもなくオレとショウはイスに座り教室から外をながめていた。
「いやー、一時はどうなるかと思った」
九月の半ばとはいえまだまだ暑い。自分のシャツをあおぎながら坂井が近づいてくる。
「宿題でも忘れてきた?」
「ご名答。バイトがきつくてそのままダウン。あの先生できればもう二、三日休んでてほしーなー」
二日で帰ってくるならまだいい。けど――
「どした? 二人とも」
オレの様子に気づいたのか友人が怪訝な顔をする。
「コーイチ」
「ん?」
「ジャンケン!」
ショウのとっさの掛け声で反射的に手をだす。オレとショウはグー、坂井はチョキだった。
「お前の負け。俺メロンパンとクリームパン」
「あー、彰(ショウ)きたねー!」
「オレ、ツナサンドな」
「昇まで。それが友人にすることか?」
ぶつぶつ言いながらも席をたつ。どうやら買出しに行ってくれるらしい。
「何があったか知らないけどオレが帰ってくるまでには話かたづけとけよー」
それだけ言い残し教室からいなくなる。後にはオレ達二人だけとなった。
「コーイチって鋭いな」
「妙なところでな」
長年つれそってるだけあって本当に妙なところで勘がいい。本人は無自覚なのかわかっての行動なのか。今はそれがありがたい。
「あいつも気にしてるんだ。早く終わらせよう」
苦笑するともう一人の友人はイスの向きをオレの方に変える。
「じゃあ教えてくれ。アルベルトの失踪の理由」
事態が事態だけにその瞳は真剣だった。わかってる。事態はただごとじゃない。
ため息を一つつき視線を机に落とすと口をひらいた。
「……術に巻き込まれた」
時空転移(じくうてんい)に失敗して。まりいのおかげでオレは帰ってこれたけど極悪人の姿はどこにもなかった。試しに何度か時空転移を使ってみたけど副作用どころかなんの兆しも起こらなかったし。
「巻き込まれたって、そんなことあるのか?」
「わかんない。失敗して気がついたら変な場所に極悪人と一緒にいて。あいつ、そこにいた女についていったんだ」
「女?」
「こんな場所で絶対会うことのない人だって言ってた」
エセ笑顔ならいつも見てる。驚いた顔もそれなりに見た。けどあんなに痛々しげな笑みや悲しそうな表情は初めてだった。
「使用者、その周囲の人関係なしにそいつの過去……もしかしたら未来かもしれないけど、そんなのを夢としてみせられるんだ。
夢と現実の境目がわからなくなるって言ってた。少しの間ならいいけど引きずりこまれたら帰ってこれなくなるかもしれないって」
「それってやばいんじゃないのか?」
ショウが表情を強張らせる。
「やばいよなー、やっぱ」
「そのわりには落ち着いてるな」
「いやあいつのことだからひょっこり現れるんじゃないかって」
「……確かに」
教室に妙な沈黙が流れる。
「でもあれでも人なんだしどうにかしないとまずいだろ」
「一応な。あれでも人だからな。極悪人だけどな」
もしかしたらとんでもなく失礼な会話かもしれないけど相手が相手なのでそのまま話をすすめる。
「解決策っつーか、手がかりはわかってるんだ。術を完成させるって」
「だったら早くしろよ」
それができたら困らない。けどこいつなら、こいつらなら多分知ってる。
「トキサの力を借りればいいって言われた。まりいに関係あるんだろ?」
「マリィ?」
聞きなれない姉貴の呼び名にショウが眉をひそめる。
「……椎名のこと。お前も妙なところでこだわるな」
こっちはもうフラれてるんだ。そのくらいいーだろ。こいつって実は嫉妬深い?
「どうしてシーナに関係あると思ったんだ?」
オレの視線に気がついたのか咳払いをして話を促す。
「勘。この前だってまりいから羽もらったし」
時空転移を完成させるためには三つの世界の力が必要で。そのうちの一つを姉貴にもらった。今回も同じとは限らないけどまりいには何かがある。直感的にそう感じていた。
「ノボルって変に頭いいよな」
「変にってなんだよ」
「ほめてるんだよ。お前の推察通り。それでシーナに言うべきかどうか悩んでたってわけか」
「ご名答。さすがお兄様!」
本当はそれだけじゃない。術を、時空転移を使うことにまだ抵抗がある。けどそれを表面に出さないようにあえてふざけるふりをする。
「やめろ。気持ち悪い」
「じゃあファンタジーっぽく兄上?」
「それも違う! だいたい『ふぁんたじー』ってなんだよ?」
あ、空都(クート)ってファンタジーって言葉なかったのか。 頭のスミでどーでもいいことを考える。
一緒に生活するようになって、だんだんこいつの性格がわかってきた。一見クールなようでいて実は思い込んだら一直線というか一途というか。とにかくからかうと面白い。
「なに笑ってんだよ」
今だってすねたようにこっちをにらんでるし。こうしてみるとこいつもオレと同じ15歳だったのかと改めて実感できる。数ヶ月前はただ逃げ回ってばかりでそんなこと感じる余裕もなかった。これって生まれ育った環境のせいだろーか?
「シーナには言っても大丈夫だと思う。あいつ、ああ見えても強いからな。問題はアルベルトの方だろ」
「極悪人? なんで」
「自分で言っただろ? 夢と現実との境目がわからなくなるって。過去だか未来だかを見せつけられるってのはある意味自分のトラウマと対峙(たいじ)するってことだろ」
「けどあいつなら――」
「本当に大丈夫か? 俺だったらそんなものをみせられたら間違いなくまいるぞ。あの人だって万能ってわけじゃない。 完璧な人間なんてどこにもいないんだ」
「誰も完璧だなんて思ってないって」
そりゃあオレよかはるかに達観してるっていうかそーいうところはあると思うけど。
『私はあなたが思っているほど大人ではありませんよ。ましてや強くもありません』
あの時は嫌味にしか聞こえなかった。よくよく考えるとあれって本心だったんだろうか。
――今、気づいた。オレはあいつのことを何もしらない。知ろうともしなかったんだ。
「悪い。俺も前にそう言われたことがあるんだ」
言い過ぎたと思ったんだろう。苦笑すると再びオレに向き直る。
「話を元に戻そう。この際だから言うけどシーナは地球の人間じゃない。俺の世界の、空都(クート)の人間なんだ。お前もうすうす感じてたんだろ?」
「……まーな」
これまでのことを考えればだいたいわかる。空都の人間はまりいのことを知っていた。媒介者を、『まりい』を通してオレは異世界にやってきた。シェリアと似た面立ちの姉。差し出された藍色の羽。偶然の一致にしてはできすぎている。
「じゃあシェリアとは実は双子とか血のつながった兄弟とか?」
「兄弟じゃない。従兄弟……みたいなもんだ」
「じゃあお姫様ってわけだ」
それなら納得できる。けど、スケールが大きい。その後に返ってきたのはもっと意表をついた答えだった。
「シーナの両親はリネドラルドの第三王女アルテシア様と『黒き翼を持つ英雄』時砂(トキサ)・ベネリウスなんだ」
「トキサ!?」
あまりのことに声がでない。
「世の中狭いというかなんというか……」
そう言うのがやっとだった。
ベネリウスっていうのはとある王女の護衛騎士の名前だってシェリアが言ってた。まさかそれがこんなところでで出てくるとは。
「じゃあ、まりいが空都じゃなくて地球にいたのは?」
「俺も全部わかってるわけじゃない。あいつも色々あるんだ」
そう言われると何も言い返せない。 姉貴に対してはまだまだ謎がありそうだ。
「まりいって強いな」
「ああ」
一年前、まりいは体の弱い気弱な同級生だった。今、姉貴は笑ってる。今のまりいがあるのはある意味こいつがいたからなんだよな。
「なんだよ。それじゃオレ、はじめから勝ち目なかったってことじゃん」
目の前の恋敵にグチると大げさに机に突っ伏す。あれでも一世一代の大告白だったんだぞ?
「わかってたら何もしなかったか?」
「んなわけないだろ」
確かにショウと出会わなければ今のまりいはなかったかもしれない。けど好きになったものは仕方がない。前は色々悩んだけどやれるだけのことはやってフラれたんだ。後悔はない。そりゃ泣きはしたけど。
悔しいけど姉貴のことはこいつにしか任せられない。改めて実感する。
「改めて、まりいのこと頼むな。泣かしたらタダじゃおかないからな」
「わかってる」
未来の兄弟同士(?)苦笑しあったその時だった。
「お前らさっきから何しゃべってんだよ。聞いてるこっちが恥ずかしい」
『わああああああっ!』
突如として現れた友人の発言に二人大げさに席をたつ。
「コーイチ、お前いつから聞いてたんだ!?」
「『なんだよ。それじゃオレ、はじめから勝ち目なかったってことじゃん』から」
「わざわざセリフをくりかえさんでもいい!」
聞いてるこっちが赤くなるわ!
「ほら注文の品」
ドサドサと菓子パンを机の上に広げる。
「話終わったの? なんか失恋話になってたみたいだけど?」
そうだ。いつの間にか話が大幅にずれてた。
極悪人を助ける方法はわかってる。けどそれをすることで、時空転移を使うことで何かが変わりそうな気がして怖い。なんだよ。オレってこんなに臆病たったか? 八つ当たりしたりうじうじ悩んだり。こんなのオレらしくない。
「うだうだ考えるよりあたって砕けろだ。さっさと先にすすもうぜ」
不安をかき消したのは坂井の一言だった。
「どしたん?」
オレの表情の変化に気づいたのか怪訝な顔をする。
「確かにそれが一番かもな。地球の人間って面白いな」
オレの変化に気づいたんだろう。ショウが笑いながら席をたつ。
「彰?」
「オレの場合、今に始まったことじゃないしやってみますか」
ショウにならいオレも重たい腰をあげる。
考えるのは後回し。そーだよな。今までそうしてきたじゃないか。
知ってか知らずか――多分わかっていたんだろう。五年前からの悪友は目を細めながら笑った。
「話はまとまったみたいだな」
『まぁね』
かくして極悪人救出劇が幕をあけた。
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