EVER GREEN

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第六章「旅立ちへの決意」

No,3 副作用

 術はみごとに失敗した。
 あたり一面何もない。本当に何もない。ただ真っ白な世界。
「ここってやっぱり――」
「やっぱり、どこなんです?」
 つぶやきは第三者の声によってかき消される。振り返ると、そこにはさっきまでケンカをしていた相手がいた。
「なんでアンタがここにいるんだよ!」
「声がしたので駆けつけたらここに飛ばされていたんです」
 確かに大バカだって叫んださ。けどこいつまでここに来ることないだろ? 心の中で悪態をつく。当然それは伝わるはずもなく。アルベルトは物珍しげに辺りを見回している。
「あのさ……」
 その姿に声をかけようとして、やめる。
 さっきのは言いすぎた。
 そう言おうとするもなかなか言葉にできない。考えてみれば教えない向こうが悪いんだ。オレってそんなに信用ないのか?
 一通り観察し終わると極悪人はオレに向き直る。
「今は言い争いをしている場合じゃありませんね。帰る方法を探しましょう」
「……わかった」
 文句なら後からでも言える。悔しいけどここはこいつの言うとおりにした方がよさそうだ。
 そうは思ってもすぐわりきれるわけもなく。視線を合わせないようにしながらとぼとぼ歩く。対して招かざる客はさっきまでの口論などなかったかのように平然としている。これが大人と子供の差ってやつなんだろーか。
「それで、ここは一体どこなんです?」
「さっき言った副作用。いつもはシルビアとか三人組とか出てくるんだけど――」
 ふとある考えが頭をよぎり、初めて目の前の男の顔を見る。
 まさかな。いくらなんでも都合よすぎ。
「ま、ただの夢なんだしすぐに覚めるって」
「……だといいんですけどね」
 極悪人にしては弱気な発言に戸惑うも、再び視線をずらして歩みを進める。
 目の前に広がるのはいつもの光景。 見渡す限りの雪景色。しばらくすると人影が見えた。
「シルビア?」
 そう思って声をかけようとするも途中でやめる。そこにいたのは女の人。でもシルビアじゃなかった。
 年はきっと二十歳前後。背中まである黒い髪。意志の強そうな同じ色の瞳でオレ達をじっと見据えている。
 女は無言だった。しばらくすると踵をかえし、そのまま歩きだす。
「あれって着いてこいってこと?」
 返事はない。
「おい?」
 隣にいた男に意見を聞こうとして振り返り、絶句する。
 アルベルトは蒼白だった。そう、まるで信じられないものを目の当たりにしたかのような。蒼白のまま一言も話すことなく虚ろな表情で女のいた方向へ歩みを進める。
 これって前も見たことがある。遊園地でのまりいの時と全く同じだ。
「一体どーしたんだよ。正気になれよ!」
 引きとめようとするもあっけなくふりほどかれる。忘れてたけどこいつって見た目と違って怪力だった。
 えーい、こうなったら!
「しっかりしろ!」
 アルベルトの前に回りこみ腹に思いっきり拳をぶち込む。力は劣るけど身軽さじゃこっちが上なんだ。
 体当たりすること数秒後。
「なに、するんですか……」
 そこには体をくの字にして咳き込む極悪人の姿があった。どうやらそれなりに威力はあったらしい。
「ちょっとしたショック療法だ」
 さっきまでのうつろな表情はもうない。それを確認するとはじめて拳を元にもどす。
「妙に力がこもっていたような気がするんですが」
「気のせいだろ」
 恨みがましい視線をおくられるも笑顔で黙殺する。さっきまでさんざんコケにされてたんだ。これくらいやってもバチはあたらないはず。
「それで? なんで着いていこうとしたんだよ。実は知り合いだったとか?」
 冗談半分で言ってみる。答えは期待してなかった。けど返ってきたのは予想外の返事だった。
「……その通りです。本来ならこんな場所で絶対会うことのない人ですけどね」
 その顔は今まで見た中で一番悲しそうだった。
「もしかして、死んでる人だったとか?」
 だったら悪いこと聞いたかも。そう思って聞くと『違います』と凄みのある笑顔でせまられた。いや、そんなムキになって否定しなくても。第一男のアップなんて見ても嬉しくないし。
「あなたも一度会っているはずですよ?」
 一度会ってる? 全然見当がつかない。
「『蒼の神殿』です。霧海(ムカイ)の銅像の一人と言えばわかりますか?」
「あ」
 思い出した。霧海の神殿の中で見た銅像。姫君とそれを守る騎士のような二人の女だった。立ち振る舞いからしてさっきの人は騎士の方なんだろう。
「まさかこんなところで会えるとは思いませんでした。……くく、そういうことか」
「お、おい?」
 頭がおかしくなったのか? そう思わせるくらい目の前の男は豪快に笑いだした。体をよじらせ心底おかしそうに、痛々しげに。
 ひとしきり笑うと極悪人は顔を元にもどしてこう言った。
「あなたの言う『術の副作用』がわかりました」
「え?」
「夢と現実の境目がわからなくなるんです。変な夢をみると言いましたね。それは実際にありえた、もしくはこれから起こりえる出来事なのでしょう。
 それが誰のものなのかはわかりません。自分のものかもしれないし他人のものかもしれない。あなたの場合それを夢としてみているんです」
「けどさ、この前は使った後空都(クート)の獣が紛れ込んできたんだぞ?」
 ミラーハウスの中に入るために時空転移(じくうてんい)を使って。変な夢をみたあげく狼もどきにしっかり襲われた。
「それは過去の出来事が具現化したんですね。それだけあなたにとって印象深かったということでしょう」
 確かにあれは印象深かった。空都のことをまだ夢だと思っていた頃獣に襲いかかられて。マジで生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ。あれで何も感じなかったら嘘になる。
「ただし、みるもの具現化したもの全てがいいことばかりとは限りません。もしかしたらあなたにとって辛いものになるかもしれない。それに一度深みに入ってしまうとそこから戻れなくなる可能性だってある」
「戻れなくなるって、まさか廃人にでもなるんじゃないよな」
「それはわかりませんが、最悪そのような事態も予想するべきでしょうね」
 そもそも空都に来た時だってリアルな夢だって聞かされたんだ。その上にさらに変な夢をみるってこと? うーん、ますますわけがわからん。
「なあ。やっぱ教えてよ。術を完成させる方法」
 どっちにしろコントロールできなければ何の解決にもならない。
「どうなるかわかりませんよ? それでも?」
「それでも」
 極悪人の目を正面から見据えて言う。
 術を使うのが怖くないかと言えば嘘になる。ましてや副作用のことなんか聞いたらなおさらだ。けど何も知らないでじっとしてるのはもっと嫌だ。
 オレの考えていることがわかったんだろう。アルベルトは短く息をつくとこう言った。
「時砂(トキサ)の力を借りるんです」
「トキサ?」
 聴きなれない言葉に眉をひそめる。
「それ以上は教えられません。自分でしっかり考えなさい」
 そう言うと頭の上に手をのせる。なんだよ。また謎解きかよ?
「一つだけ言っておきます。私はあなたが思っているほど大人ではありませんよ。ましてや強くもありません」
「それって嫌味?」
 皮肉げににらみつけると目の前の男は手を離し寂しげに笑いかけた。
「言葉どおりです。どちらにしてもここから抜け出さないと術の完成も制御もままならないですけどね」
「抜け出す方法は?」
「そんなのこっちが知りたいですよ。強いて言えば心を強くもつことくらいでしょうか」
 さすがの極悪人もお手上げのようだ。これはマジでどうにかしないと。
 その時だった。
『昇くん!』
 この声は……
『昇くん! 起きて!』
 まりいだ。間違いない。 きっと心配して呼びかけてくれてるんだ。
 そーだよな。これは夢。副作用だろーがなんだろーが空都の時みたいに外からの刺激があればなんとかなるんだ。
「よかったな。これでここから抜け出せる」
「ええ……」
 言葉に覇気がない。振り向くとまた極悪人から表情がなくなっていた。
 目の前にはさっきの女の姿。 これって、またか!?
「やめろって! また同じこと繰り返す気か?」
 呼び止めようとするも足が思うように進まない。久しぶりの睡魔に襲われ視界は暗転する。
「……っ!」
 最後にあいつがつぶやいた言葉は聞き取ることができなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「昇くん!」
 目の前には姉貴がいた。明るい茶色の瞳が心配そうにこっちを見ている。
「オレ、またうなされてた?」
「うん……」
「サンキュ。オレまりいに助けられてばっかだな」
 壁に手をかけゆっくりと立ち上がる。どうやら術を使った後そのまま洗面台の前で眠っていたらしい。
「そーいえばあいつは?」
「あいつ?」
「アルベルト。今まで一緒にいたんだ」
 極悪人のことだ。オレより早く目覚めてるに違いない。その後呆れ顔で『ようやく起きたんですか』とか言うに決まってるんだ。
 けど返ってきたのは別の言葉だった。
「アルベルトさん? 倒れていたのは昇くん一人だったよ?」
「え?」
 慌てて二階へ駆け上がる。部屋には借りていったはずの辞書が置かれたままだった。
「アルベルト……?」
 夢と現実の境目がわからなくなる。
 さっき聞いたあいつのセリフが頭から離れなかった。
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