第六章「旅立ちへの決意」
No,5 極悪人救出劇(前編)
アルベルトを助け出すにはあの場所にいかないといけない。
あの場所に行くには時空転移(じくうてんい)を完成させないといけない。
時空転移を完成させるには時砂(トキサ)の力を借りないといけない。
「話って何?」
「えーと……」
時砂の力を借りるには、まりいに協力を求めないといけない。そんなわけで、オレはこうして姉貴の部屋の前にいる。
「昇くん?」
目の前ではまりいが首をかしげている。
言うのは簡単だ。けど本当に言ってもいいんだろうか。このまま、なしくずしてきに姉貴を巻き込んでしまうんじゃないか。そんな不安が頭をよぎる。けどいつまでも黙ってるわけにはいかない。
「時砂(トキサ)の力を借りたいんだ」
その名前が出たとたん明るい茶色の瞳に戸惑いの色が浮かんだ。
「いや、アルベルトがオレの術に巻き込まれてそこから抜け出せないみたいで、オレだけじゃどうにもならなくて」
なに言いわけじみたこと言ってんだ、オレ。そんなことを考えながら話を続ける。
「とにかくオレが言いたいのは――」
「入って。立ち話だと疲れるでしょ?」
オレのセリフをさえぎると、まりいはドアを開けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
考えてみれば、まりいの部屋に入ったのって久しぶりだ。
一回目は四月のはじめ。それまで母さん達が住んでたアパートから荷物を運びだすのを手伝ったんだった。それから何度か本を貸したり勉強を教えたりして。近頃はいざこざがあったから部屋の前までは行っても入ることはなかった。
「はい、どうぞ」
促されるままイスに座り差し出された紅茶を飲む。
二階のオレの部屋とは違い一階の窓からは遠くの景色は見えない。その代わり周りの声はよく聞こえる。下校中の子供のはしゃぎ声、バイクの音や少し季節外れの蝉の声。なんてことないどこにでもある風景。
「まりいの力を借りたいんだ」
紅茶を飲み終え明るい茶色の目を見据えて言う。
「前にさ、まりい聞いたよな。『昇くんはその力が必要なの?』って。今度もいるんだ。時砂の、まりいの力が」
もしかしたら辛いことを聞いているのかもしれない。けどあいつを助けるにはこれしかない。
子供の声はしなくなった。後に残されたのは蝉の声のみ。
どれくらいたっただろう。机の上にあった写真たてを手に取ると姉はこう言った。
「昇くんは家族が――お父さんのこと、好き?」
はじめ言ってることがわからなかった。けどまりいの手にしているものと学校での会話を思い出して思いとどまる。そうだった。時砂はまりいの――
「いつもは熱血じみたこと言って年の割りに妙にガキくさいところがあって何やってんだかって思うけど」
「けど?」
「あれでも父親だしな。それなりに」
口にするとかなり照れくさいものがある。けどこれは本心。
なんだかんだ言って親父はすごい。そんな父親を尊敬する反面申し訳なくも思っている。
「私の両親のことは知ってる?」
「ショウから聞いた」
そう言うと、姉貴は『そっか』とだけつぶやいて手にしていたものを元にもどした。
写真たての中身は大沢家の集合写真だった。これも四月のはじめにとったんだった。スーツ姿の親父に同じくスーツと珍しく化粧をした母さん。真新しい制服に身を包んだオレ達。入学式の後『入学記念だ。これくらいやっとかないとな』って家の前で無理矢理記念撮影させられたんだった。嫌がる反面少しだけくすぐったかった。
「異世界の英雄とお姫様の娘だって聞かされてもはじめはピンとこなかった。まるで他人事のような響きだったし。だってずっと一人だったんだよ? どれだけ呼んでも来てくれなかったんだよ?」
そりゃそーだろーな。ずっとこっちで生活してりゃ。
物心ついた頃から親がいなかったまりいと目の前で親をなくしたオレ。一体どっちがよかったんだろう。
「だけど、なんだかんだ言っても親は親なんだよね。私を生んでくれたお母さんも今のお母さんも私のことを心配してくれてたんだ」
比べられるはずがない。そんなのどっちも辛すぎる。
「だからもう前のことは考えないことにしたの。もったいないよね。昔のことでうじうじしててもしょうがないもん。……昇くん?」
「や、別に」
そーいやさっき同じようなこと言われたな。ふと思い出し苦笑する。
「家族っていいよね。皆がお互いのことを大切に想ってる。だから私は家族の、昇くんの力になりたい。それじゃダメかな?」
そんなわけない。オレだってまりいの力になりたい。もっとも少し前までは別の意味でだったけど。それはもう叶わないことだけど。
改めて思う。まりいと姉弟になれてよかった。――家族になれてよかった。
「それで。私は何を手伝えばいいの?」
「それは――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なるほど。それでボクをここに呼んだわけだ」
場所は変わっていつかの遊園地。
「悪い。術を完成させるにはこれしかないと思って」
この前もその前も。時空転移(じくうてんい)を使った時には鏡があった。まりいの、時砂(トキサ)の力を借りるにはこの場所が一番適してるとふんでのことだった。
「まあ正論だけど。まりいちゃんがここにいるってことは……。いいの?」
諸羽(もろは)が耳打ちする。
この前のデートの時のことを言ってるんだろう。けどまりいがいいって言ってくれたんだ。もう深くは考えないようにしよう。
「私のことなら気にしないで」
諸羽の言いたいことがわかったんだろう。まりいはオレ達にそう言うと微笑んだ。
「わかった。もう何も言わない。
それにしてもずいぶん急だったなぁ。そうとわかってたらボク一人で頑張ってきたのに」
一人で? 頑張って?
意味不明な発言に顔をしかめた時だった。
「あれ? ノボルどーしたの?」
そこにいたのはシェリアとセイルだった。二人ともアイスクリームを手にしている。
「そっちこそなんでここにいるんだよ」
「なんでってモロハがここに呼び出されたって言うもの。家にいてもつまらないし遊園地なんて行ったことなかったから」
確かに諸羽を呼び出す時『大事な話があるから遊園地に来てくれ』としか言わなかった。
「セイルはなんで?」
「ボディーガードに決まってるじゃない。もしくは道案内?」
そう言ってアイスクリームをなめる。
「道案内? 誰の」
「シェリアと諸羽。あいにく他の二人は出払ってたんだよね。ほら、ぼくってこれでも色々探索してるから」
暗殺者が辺りをうろついてていいのか。それにシェリアはともかく諸羽はこの前ショウと来たばっかだろ? そう言おうとしてふとある考えが思い浮かぶ。
「……もしかして方向音痴?」
「さぁ行こう。師匠さんが待っている!」
質問を大声でかき消すと『剣』はこの前と同じく額に一筋の汗をたらしながら奥へ進む。
考えてみれば空都(クート)で会った時も道を教えてほしいみたいなこと言ってたっけ。本当、ショウの言ったとおりだ。完璧な人間なんてどこにもいるわけないよな。
「まりいちゃんのことはボクがどうにかする。もともとそれで呼んだんでしょ?」
ミラーハウスに向かう途中、諸羽(もろは)が耳打ちした。こいつ妙なところで勘がいいな。
この前のデートでまりいは一種のトランス状態になった。それを元に戻してくれたのがこいつだった。
「ボクってゲームでいうところのシスターだよね」
わけのわからないセリフをつぶやきながら、いつものごとく首に巻いていた長いスカーフを肩にかけなおす。
「アタシにできることはないの?」
ここまで来る途中でまりいからアルベルトの一件を聞いたシェリアがオレ達を交互に見る。
「今回は無理。本当にこれで成功するかどうかも怪しいんだ。ここにいるのだって本当はやめといたがよかったくらいだし」
スカイア(風の短剣)を手にしながら苦笑する。ちなみにこいつを持ってきたのはこの前のようなことが二度とないようにと踏まえてのことだったりする。
「でも……!」
「ごめんシェリア。本当にどうなるかわからないの」
まりいがそう言うと公女様はシュンとうなだれた。かわいそうだけど仕方ない。それだけ状況は深刻なんだ。
「ぼくは?」
「キミは外の見張り。まあ結界はってるから大丈夫とは思うけど」
なぜかこの場にいるセイルにそう告げると諸羽は錫杖(しゃくじょう)で床に五紡星の陣を描きはじめた。地面ならまだしも床に図形なんて描けるのかと思ったけど描き終わったとたん陣が光を放つ。
「我が名はソード。三つの力を束ねる者。我が声が聞こえるか。我が歌が聞こえるか。
三つの世界、空都(クート)、霧海(ムカイ)、地球よ。心あらば我らの声を聞き入れよ。彼の者に三つの聖獣の加護のあらんことを」
初めて術を作ったときと全く同じセリフを『剣』が言う。
「我は空を司りし者。我と鳥の加護を受けし者の名において、彼の者を望みし場所へ導きたまえ」
目をつぶりまりいが言葉を紡ぐ。
陣の中央に立つと深呼吸。二人の詠唱が終わったのを確認すると目をつぶり、そのまま自分のそれを紡ぎはじめる。
「人は、なぜ時を紡ぐ。人はなぜ未来を望む。
我は時の輪を砕くため、三人の使者に幸福をもたらすため、時の鎖を――」
キイイィィィ――
「極悪人! とっとと帰って来い!」
「まーた余計なこと言う。どんどん詠唱が変わってくじゃないか」
諸羽のため息が聞こえたけど言ってしまったものはしょうがない。光に包まれいつもの場所に飛ばされる――
「ちょっと、何するのさ!?」
「……?」
体にぶつかる軽い衝撃。気づいた時にはもう遅かった。
「昇くん気をつけて。待ってるから!」
姉貴の声が遠くから聞こえた。
「……早く帰ってきなよ。ぼくも待ってるから」
この時オレは忘れていた。忘れていたわけじゃないけど深くは考えてなかった。
セイルがオレ達とは違う者、暗殺者だということに。