EVER GREEN
第十一章「未熟もの達へ」
No,3 お兄ちゃん
「元気だった?」
少し前に言ったものと全く同じセリフ。うなずきを返すと男は笑って応えた。
「よくここがわかったな」
「リズが教えてくれたから。言付けしてたんだろ?」
確かにその通りだけど、こんなりすんなりいくとは思わなかった。
そんな思考とは裏腹に、よいしょと陽気なかけ声が耳にとどく。
「どこから話そうか」
「五年前からのこと」
「それって全部じゃないか」
「それくらい話してくれたっていいじゃん。教えてよ。神様って本当にいるのか?」
「なんでそんな突拍子のないことをオレに訊くの?」
あながちそうでもない。っつーか、今しか訊けないだろ。
「そうするのが一番だと思ったから。違う?」
正面を向くと、紫水晶の瞳がきらめいた。
人懐っこくて、表情がころころ変わって。けど見据えているものは全て的を射ていて。
「教えてよ。神様」
一度だけ、本当の名前を呼んだ。
「神様って、運命って存在する?」
「だから、なんでそんなことをオレに訊くの?」
こんなこと、当人にしか訊けないって。
アルベルトや海ねえちゃんのことを知っていて。まりいや英雄のこと、『天使』や『神の娘』のことも知っていて。そういえば、半ば暴走しかけた俺を止めてくれたのもこの人だった。
何もかもを知っていて、なおかつ標(しるし)を残していく旅人。そんな奴の総称って一つしかないじゃないか。
「他に呼び方があるなら訊くけど」
問いただすと目の前の男は真面目な顔をした。
リザの瞳に映るのは俺の顔。俺の目に映るのはリザの顔。妹と同じ紫水晶の瞳。藍色の髪は、陽にすけると別の色に見えないこともない。
世界の色を宿した者は天からの遣い。
そう言ったのは誰だったんだろう。藍色の髪は、確かに天の――夜空の色だった。
「神様とか運命とか、大っ嫌いだった。今までは」
母さんの死を受け入れられなかったから。言葉ではわかったふりをしていても、本当はちっともわかってなかった。『運命』や『神様』って言葉を利用して、憎しみを抱くことで過去を見ないようにしていた。けど、いつかはほころびがくる。
受け入れられなかったのは母さんや海ねえちゃんを傷つけた自分自身。弱さや狡さにふたをした俺自身。
「けど、あんたがそうだっていうなら、話をしてもいいって思う」
結局のところ、神だの運命だのどうてもよかったんだ。けれど、もしそんなものが本当にあるってのなら、そいつをつくった奴と話をしてみたいと思った。
「教えてよ。アンタの正体」
しばらくすると、リザはふっと相好をくずす。
「答えは、両方本当」
「両方?」
眉をひそめると、リザはうなずきを返す。
「運命については。本人がそうだって言えばそうだし、違うって言えば違うのさ」
「神様については?」
「そいつはいた、かな」
あいまいだった。
「過去形なんだ?」
「それ、前にカイも言ってたよ」
笑みを浮かべたまま、リザは視線を遠くへやった。
「世界ってさ、箱庭なんだって。君の世界、たとえば『地球』という名前の箱庭に、木を植えたり動物を作ったり。それを任命された管理者が管理していくわけ。
しかも観察日記のおまけつき、シナリオ通りにいかなければ軌道修正しなきゃならない」
「その役がアンタだったんだろ?」
「正確にはオレ達。二人いるんだ。見張り役、ある意味世話女房役? でもさ、それって馬鹿らしいだろ」
もろ手をあげて。今度は体育座りをする。
「なんでオレが見ず知らずの生物の観察日記なんかつけなきゃいけないのさ。つける方もつけられる方もばかばかしい。オレだって暇じゃないんだ。
どんな奴だってちゃんと生きてるっつーの。創造主だか製作者だか知らないけど、こっちのことを考えろ。一体何様なんだ!」
「神様だろ」
「ナイスつっこみ」
親指を立てられた。
俺、神様にまでツッコミいれちゃってるよ。こんなんでいいのか? そんな思いが胸をよぎるもこの際だから深く考えないことにする。
「とにかく、そう考えたわけだオレは。だからオレは家出した」
「家出?」
「全ての責任を放棄した。全ての神なるものに世界を干渉させない。そういう仕掛けを世界中のいたるところにほどこした。だから、あいつらの思うままにはならない。ざまーみろだ。
その代わり『カミサマ』とやらの能力はほとんどなくしちゃったし呪いも受けたけどね」
「呪いってどんな?」
「永遠にこの姿でいること。全てのものに干渉できないこと」
言っちゃ悪いけど、目の前の男はアルベルトと同じくらい、下手すれば年下にしか見えない。アルベルトはこの前24になったって聞いた。けど、アルベルトはリザのことを兄さんと呼んでいた。兄ってことは少なくともアルベルトより年上だってことで。そもそもリザはリズさんのお兄ちゃんでもある。『神の娘』のお兄ちゃん、かつ神様ってことは俺よりそうとう年上だってことで。
いや、それよりも。
「神様って不老不死じゃないの?」
「そう思われがちなんだけどね。実は違うんだなこれが。オレのところは世襲制なの」
ずいぶん庶民的な神様だな。
と突っ込んだらさすがにいけないだろう。足元の草を引きちぎると、元・神様は話を続ける。
「だから、今のところ神様はいない。他の奴が神様やってるってなら話は別だけど。そもそも『神様』なるもの事態うさんくさいしね。今言ってることだって実はただのハッタリかもしれない」
「そうとうスケールのでかいハッタリだな」
素直に感想を述べると、リザは『だろ?』と同意を求めた。
「全てがわかってるのに誰にも見向きされないってきついよな。こんななりしてもオレをオレとして見てくれる奴ってそうはいないんだぜ?」
そんな男の格好は、真っ赤な服に緑のフードつきマント。それで今の格好に至ったってわけか。ただの目立ちたがり屋ってわけじゃなかったんだな。納得。
「だから、自分を見つけてくれた人がいた時は本当に嬉しかった。ただ、わかっているだけに干渉できない、手助けできないことがきつかったけどな。こう見えてオレって寂しがりやさんだから。
能力はなくなっても、それまでの知識や技術は体に刻み込まれてる。だからオレはオレのできる範囲で協力しつつ、自由気ままに旅させてもらってるよ。
でも、中にはそれをよく思わない奴もいる」
「それが、イールズオーヴァ?」
再び問うと、今度は寂しげな顔をされた。
「オレは神としての役割を失ったから。だから直接介入することができないんだ。だから気ままに旅をして、君やアル、カイに出会うことができた。
けれど、あいつは決められた場所から出ようとはしなかった。神様なんてとっくの昔になくなってるのにな。そうすることでしか自分の存在意義を確かめられない。哀れで愚かで――でも、かけがえのない奴さ」
『これは二人にも言ったけど』前置きをすると、リザは俺の頭に手を置いた。
「人はどうしてこんなにも愚かなんだろうね」
クシャクシャと撫でつけるように。それは、もしかすると五年前からのものだったのかもしれない。
「愚かで不器用で、でもどうしてこんなにいとおしいんだろう」
「アルベルトもそうさ。守らなくてもいい君やカイとの約束を忠実に守ってるもんな。ほら、地球のことわざで言うだろ。『馬鹿な子ほど可愛い』って。それかな」
「生きてるから」
掌の下から漏れた声は、簡単にすべりおちた。
「一生懸命生きようとしてるから」
「うん。そうかもしれないね」
手を離してわらいあって。リザ同様、視線を遠くへやると、胸に秘めていた決意を口にする。
「世界とか天使だとか神様だとか、そんなのどうでもいいんだ。海ねえちゃんを助けたい。アルベルトとシルビアを解放したい。それだけなんだ」
海ねえちゃんを助けられず五年の間辛い思いをしてきたアルベルト。
時の城から離れられず、娘に逢えないまま延々と時を紡ぎ続けるシルビア。
このままにしておいていいはずがない。何よりも俺自身が嫌だった。
「人間ってすごいよ。世界よりも周りの奴のことを選ぶんだもんな」
「でもアルベルトだって『世界を手に入れたい』って」
地球にいる英語の臨時教師の名を口にする。俺を利用して世界を手に入れる。それはずっと変わることはなかった。冗談めいた口調だったから、はじめはシンプルに世界征服かと思った。けど、全てが終わって。あいつの言葉には裏があるような気がしてならない。あいつのいう『世界』って一体何を指すんだろう。
「知ってる。その『世界』がすごいんだ。今度、当人に訊いてみなよ」
よくわからない返事が返ってきた。
「ノボル。君は世界がほしい?」
言われたセリフは唐突で。
「巨大な力を手に入れたら。圧倒的な力を手に入れたら。君には手に入れたいものはないの?」
けど、瞳に宿る感情は真剣そのもので。
「あるに決まってんじゃん」
そんなの、ずっと前から決まっていた。むしろ言いまくってた。
「俺の手に入れたいものは――」
「ものは?」
「平穏無事な安眠」
そう告げるとリザは奇妙な顔をした。
「非・日常はもうたくさん」
真面目に言うと、
「それでこそノボル!」
豪快に笑われたあげく、また頭を撫でつけられた。クシャクシャじゃない。今度は容赦なくゴシゴシと。はっきし言ってものすごく痛い。
ふと昔のことが頭をよぎった。アルベルトと海ねえちゃんがケンカをしてて、アルベルトに俺がくってかかろうとして。後ろから強引にはがいじめされて頭を撫でられる。それは確かにリザだった。
思い出すことが、過去と向き合うことができて本当によかったと思う。そりゃあ、いいことばかりじゃなかったけど。けど、こうしてここにいることが、話をすることができてよかった。
けれど。
「本当は、一つだけ手に入れたいものがあったんだ。けど、それはどうにもならないことなんだよな。
……死んだ者は、もう生き返らない」
いくら願っても失ってしまったものはもどらない。だからといって、嘆いてばかりじゃ何も変わらない。大切なのは、全てを認めて前に進もうという勇気。
「リザ?」
「やっぱり人は――ううん、君はすごいよ」
妙なところで賞賛されてしまった。かと思いきや、急に顔を近づけられた。
「そう言えばオレのこと『リザにいちゃん』って言わないのな。クーの時みたいに呼んでくれたっていいのに」
「今さら言えないって」
両手で顔面を押さえつけられて。一歩間違えればキスでもされそうな勢いだ。リズさんって寛大だよな。これだけ溺愛されてれば、嬉しい反面うざい――もとい、うっとうしくならないんだろーか。
「オレが道具を作ってる理由知ってる?」
「え?」
「なにかをつくりたい――生みだしたかったのかな」
手を離して穏やかに笑う。
ああ。俺はこの笑みを知ってる。
「覚えときな。人を救えるのは『神』じゃない。ましてや『悪魔』でも『天使』でも、絶対的な力でもない」
突き放すでもなく、かといって傍に寄り添うわけでもない。遠くからただ見つめているんだ。子どもを見守る親のように。それはきっと、五年前からのもの。
違う。それはきっと、本来の彼自身のもの。
「人を救えるのは――心。最も近しい、最も親しい者のね」
「知ってる」
そんなの、ずっと前からわかってた。
神様に願っても、願いは聞き入れられなかった。
恨んでも否定してもいいことは起こらなかった。
全てを思い出して途方にくれて。やけになって絶望して。そんな俺を救ってくれたのは『天使』でも『神の娘』でもない、只人(ただびと)のシェリアだった。
能力とか圧倒的な力とか、そんなの関係ない。大切なのはそいつの人格――中身なんだろう。たぶん。
「リザにいちゃん」
別れ際に五年越しのセリフをひとつ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そして、全ての時は繋がっていく。
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