EVER GREEN

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第十一章「未熟もの達へ」

No,2 告白

「人は、なぜ時を紡ぐ。人はなぜ未来を望む」
 慣れ親しんだフレーズを唇にのせる。
「我は時の輪を砕くため、三人の使者に幸福をもたらすため、我は――」
 時空転移(じくうてんい)。時と空を翔る、ひらたく言えばワープ魔法。この術には何度も世話になった。たぶん、これからも世話になるんだろう。
「時の鎖を断ち切る!」
 結びの言葉と共に、光の中へ身を投じる。気がつくとそこは。

 異世界だった。
「ってのも、もう珍しくないよな」
 自分で言って苦笑する。と同時に、落ち込む。
 なに馴染んでんだよ俺。見渡す限りの草木とか、妙に澄みまくった空気とか。
 どこをどう見ても日本じゃないのに、なにしっくりきてんだろう。懐かしいとか思ってんじゃねーよ。
 さっき言ったけど、時空転移を使って訪れた場所は異世界。ただ、二つだけ違うとすれば。
「あれ、ノボルくん?」
 少しかん高い声にふりむくと、そこには見知った女子がいた。
 藍色の髪に、紫の瞳。幼い顔立ちに髪の先からのぞくのは藍色のひれ。リズ・ルシオーラ。通称『お兄ちゃん』の妹だ。
 違うことの一つ。それは、今いる場所がもう一つの異世界だということ。
「今日はお見舞い?」
「そんなところ」
「アルは?」
「空都(クート)育ちの英語教師は地球で勉強中」
 何気ない会話をしていると、
「じゃあ、地球育ちの君は霧海(ムカイ)で何やってるの?」
「だからお見舞い」
「――だけじゃないよね」
 断定形で言いきられて。メガネの奥からのぞくのは紫水晶の瞳。笑ってるのに、瞳は何かを見透かすようで。
「はじめから全部わかってたんだな」
 今度はこっちが断定形で話す番だった。
「だってわたし、お兄ちゃんの妹だもの」
 お兄ちゃんの妹。彼女は出会った時からそう言っていた。その言葉に嘘偽りはない。お兄ちゃんと同じ色の髪と瞳に、人を見透かしたような、お兄ちゃんとよく似た雰囲気。けど、何かが違う。根本的な何かが。
 リズさんは霧海の『神の娘』。そんな人の兄であり、アルベルトや海ねえちゃんの親友である人の正体は。
「それで、刃は抜けた?」
 リズさんの声に首肯する。違うことのもう一つ。それは、俺の周りに誰もいないってこと。
 今回の時空転移は俺一人。いつもそうだけど、今回は自分の意思でここまで来た。
『哀しみの刃は心の奥に眠っている。それを引き抜くことができた時、君は――汝(なんじ)は全てを終わらせる鍵となろう』
 前に、リズさんはそう言っていた。
 抜けたかどうかはわかんないけど、向き合うことが、思い出すことができた。けど、完全に抜け切れたわけじゃない。
「鍵になるかわかんないけど、全ては終わらせる」
 俺なりのやり方で。
 決意を告げると、リズさんは満足そうにうなずいた。
「わたしができるのは、せいぜい標(しるし)を告げることくらい。それをどうとるかは本人の自由。でも君は自分の力でそれを乗りこえた。さすがお兄ちゃんが言うだけあるよ」
「それで、お兄ちゃんはどこに?」
「きまぐれだから、そのうちひょっこりもどってくるんじゃない? それに、君には他にやることがあるでしょ」
 本当に『お兄ちゃん』の妹。全てお見通しだ。
 リズさんに言付けを頼むと、俺はもう一つの目的を果たすため、とある場所に向かった。


「久しぶり。元気だった?」
「それはこっちのセリフだって」
 お目当ての人物はひらひらと片手をふった。
 銀色の髪に青の瞳が懐かしい。
「思ったより平気そうだな」
「暗殺者は体が資本なの」
 セイル。俺やシェーラの命を狙っていた暗殺者であり、ひょっとすると俺の恩人になるかもしれない人。どのへんが恩人かというと。
「まさか勢いあまってあんなことするとはねぇ。よっぽどたまって――」
「んなことはどーでもいい!」
 暗殺者は本当に絶好調だった。主に口が。
 不本意だけど、自暴自棄になってた俺を元にもどしてくれた。こいつがいなかったら本当にとんでもないことになってただろう。そしてこいつが負った怪我の大半は、俺がやったものだった。
「ありがとう。あと悪かった」
 頭を下げると、暗殺者の声がやんだ。
 セイルとの決闘の末に生じた俺の天使化。あの時セイルに告げたのは本心だったし、その後のことも本気だった。元々ケガを負ってたのにさらに追い討ちを受けた暗殺者は、こうしてもう一つの異世界に留まることを余儀なくされた。
「あのさ」
「ゼガリアは」
 俺と暗殺者の声が重なる。それは静かな声色で。
「ゼガリアは君の師匠に殺された。それはまぎれもない事実。
 ぼくは君と戦って、敗れた。それもまぎれもない事実。
 何のことを謝られてるかわからないし、あやまってもらったところでどうにもならないんだよ」
 少しも容赦のないことを言われたら、続ける言葉もなく。
「第一、礼を言われる理由もわからないし、ぼくの意思でやったことだから気に病む必要も礼を言う必要もない」
 淡々とした声。
「あいつは暗殺者だった。そしてぼくも、暗殺者――だった」
「だった?」
 頭を上げると、暗殺者は笑みを浮かべていた。
「暗殺者は廃業。しばらくはこっち(霧海)にいるよ」
 一度だけ、この表情を見たことがある。
 本来のこいつとは真逆にある、聖職者のような笑み。憎悪や殺意、哀しみを取り除いた笑み。長い付き合いだからわかる。これがセイルの本当の姿。
「君って本当に大馬鹿だよね。死ぬか生きるかって時に、偽善を平然と言ってのけるんだもんな。今だってわざわざ一人で来ることないのに」
 こいつの指摘は正しかった。一時的に協力してくれたとは言え、俺とこいつは敵対関係だった。ましてや、育ての親であるゼガリアはアルベルトと戦って死んだ。大げさに言えば、俺は仇の弟子ってことになる。イコール、下手したらまた襲われかねないわけで。
 前の決闘は本当に運がよかった。もう一度やれと言われたら絶対無理だってことはわかってる。けどこうしたかった。リズさんが言ったように、聞きたいことがあったし話したいことがあったから一人できた。セイルに意思があるように、俺も自分の意思でここまできた。後は野となれ山となれだ。
 けれど、続けられたのは意外な一言だった。
「ぼくは、そんな君がうらやましかった」
 本当に意外だったから、目をむいても不思議はないだろう。
「ぼくにとっての偽善も、君にとっては真実に変わる。君ってめちゃくちゃカッコ悪いのに、全力投球だもんな。そこまでされたら呆れるしかない」
「……これは、もしかしなくてもけなされるんでしょーか」
「ほめてるんだよ。もしくは告白?
『どんな場所でも苦労はあるし幸せだってある』君が言った台詞だよ。ぼくは全ての理不尽を周りに押し付けることしかできなかった。けれど、君は違った。
 君の世界でも苦労や哀しみはあったんだな。それでも、君は前に進もうとしている。うらやましいよ」
「……これは、もしかしなくてもほめ殺しでしょーか」
「いいじゃない。男から告白される男って貴重でしょ?」
「んな貴重価値いらねー!」
 心の底から叫ぶと暗殺者は陽気に笑った。言われたこっちは鳥肌ものだけど。
 出会った頃は、本当に命をとるかとられるかの関係だった。それが一時的に共存することになって。別れて、文字通り死闘を繰り広げることになって。そして今、こうしてここにいる。
 中学の頃は、まさかこんなことになるとは思わなかった。人生って本気で何が起こるかわからない。
 けれど、こうして二人笑ってられる。これってきっと、いいことだよな?
「その後はどうするんだ?」
「さぁね。空都(クート)にもどるもよし、地球に行くもよし。気長に考えるよ」
 そう言うと暗殺者は右手を差し出す。俺も、なんだかんだいってこいつのこと嫌いになれなかった。おどけているわりには鋭い指摘をして。当たってるだけに言い返せなくて。けど、憎めなかった。
 出会った場所が地球だったら。間違いなく友達になれただろう。坂井やショウと一緒にバカやって。修学旅行だって間違いなくとんでもないことになってたに違いない。けれど、こいつは霧海にとどまることを選んだ。自分の意思で。
 どんな場所でも苦労や幸せはある。なら、こいつは自分の意思で、自分の力で幸せを掴んでいくんだろう。それは決して、悪いことじゃない。
「またな」
「またね」
 握手を交わすと、俺はセイルと別れた。

 結局のところ、あいつは何だったんだろう。友達じゃないし、仲間でもない。けれど、敵かと聞かれれば間違いなく違う。
「危険極まりない人生の先輩――なわけないか」
 一人ツッコミをしながら岐路に着く。
 名前のごとく霧がかった空。初めてここに来た時はアルベルトを追いかけるのが目的だった。そこで聞いたのはリズさんの予言とアルベルトのあのセリフ。今まで深くは考えなかったけど、ここって実はいろんな意味で分岐点だったんだな。
「ノボル」
 リズさんはちゃんと言付けをしてくれていた。
 視界に映るのは妹と同じ藍色の髪に紫の瞳。
「久しぶり」
 そこには、もう一人のお目あての人物がいた。
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