EVER GREEN

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第十一章「未熟もの達へ」

No,4 もう一つの真実

「姿を見なくなったと思えばそういうことか」
 地球にもどってアパートを訪ねると、シェーラは仏頂面で応えた。
「悪かったよ。何も言わなくて」
「わたくしに告げる必要もないだろう」
 即答。
 いや。それはそれで、なんか物悲しいものがあるんですけど。仮にも仲間だと思ってたのは俺だけですか。
「それで、あの男は何を言っていた」
 あ。こいつも気にはしてたのか。そんなことを思いつつ、ことの一部始終を話す。
「暗殺者は廃業だってさ」
 セイルは傷を治すために霧海(ムカイ)へ残った。正確には動けないから留まらざるをえなかっただけだけど。でも、それは一時的なことで、それから先はわからないという。
 地球と霧海はあまりにも遠すぎる。時空転移が使えるようになったとはいえ、飄々(ひょうひょう)とした元・暗殺者のことだ。今だって、ひょっとするとそこにはいないかもしれない。もしかすると、あいつと言葉を交わすのはあれで最後だったかもしれない。
「嘘だと思わなかったのか。相手は罪を生業とする者だ」
「信じるよ」
 っつーか、信じないわけにはいかないだろ。あの顔見たら。
 おどけてはいたけれど言ってることは悔しいくらいに真実で。時折見せる本音と表情が胸をしめつけて。だからこそ、嫌いになれなかった。
 セイルと戦って、勝った。万に一つの幸運だったとしても、勝ちは勝ちだ。そのことは誇っていいのかもしれない。
「お前はどうすんの?」
「知らぬ」
 仕切りなおしとばかりに聞いてみても、返事は相変わらずだった。
「前にも言っただろう。お前達に着いていくと」
「じゃあ、その後」
 沙漠(さばく)の城の一件が終わって、こいつは俺達についてくると言った。それは本気で嬉しかったし、感謝もした。
 旅はもうすぐ終わる。前のように成り行きで終わろうとするわけでも、ましてや一方的な形で終わらせるんじゃない。本当の意味で旅は終わる。予感じゃない。確信。自分の意思で、旅を終わらせる。
 全てに決着がついた後、こいつはどうするつもりなんだろう。
 少しの沈黙が流れた後、シェーラは口を開いた。
「世界を旅してみたい」
 それは、初めて耳にする、友人のもう一つの意思。
「今までわたくしは、閉ざされた世界しか見たことがなかった。だが城を抜け出したことで、お前達と出会ったことで変わりはじめた。
 世界をまたにかけてとは言わないが、故郷を、空都(クート)を見てまわりたい。そして最後は、エルミージャや姉上のもとへもどれたらいいと思う」
 まっすぐに顔を上げて、毅然としていて。
 ……いや、ふてぶてしいのは前からだったけど。毅然というより傲慢というか、とにかくわがままそのものだったけど。けれど。
「自分の力で路を歩きたい。信じてくれるかわからぬが」
「信じるよ」
「先ほどと全く同じ台詞だな」
「お前がそう思ってんならできるだろ」
 呆れ顔の男に笑みひとつ。っつーか、信じるしかないだろ。そんな顔されたら。
 沙漠の城の一件を通してシェーラは変わった。逃げるのをやめて戦うことを選んで。結果、姉さんやエルミージャさんとの再会という当初の目的を果たすことができた。それはシェーラが自分で選んで掴み取った未来。そんな奴がそんなこと言ってるんだ。信じないわけにはいかないだろ。
「時間はかかるだろうが、必ず姉上にお前を紹介する」
「順番逆じゃない?」
「似たようなものだ。わたくしが――」
 そこで一旦区切ると、目の前の男はかみしめるようにしてつぶやいた。
「おれが姉上に、友人を紹介したい」
「そっか」
 一人称が変わったことに内心驚きつつ笑みを交わす。友人とは認めてくれてたんだな。扱いはひどすぎるけどな。
 そういえば。
「姉さん、いい人だったよな。あれなら絶対モテるだろ」
 名前は聞けずじまいだったシェーラの姉さん。容姿は似てなかったけど明るくて元気で。たぶん性格も悪くない。そんな人を彼女にしたら絶対楽しいこと間違いないだろう。
「――って、なに」
「なぜお前が姉上を知っている」
 ぎりぎりのところで凶器をキャッチ。頭上には三日月刀ならぬ掃除機が。ああ、どこかで見た光景ですよほんと。
「お前に姉上は渡さない」
「って、何突っ走ってんだお前!」
 眉をこれでもかってくらいにつり上げて。思い出した。こいつは姉貴には気味が悪いくらい素直だった。それは、まりいに自分の姉を重ねてみてたってことで。
 そう考えると、なぜかムカついてきた。
「もしかしなくても、お前って実はシスコンだろ」
「筋金入りのお前に言われたくはない!」
 心底不本意な言葉を投げつけられた後、シェーラは再び掃除機を構える。
「世界を旅したいならその凶器ふり上げるくせやめろって!」
「問答無用!!」
 一触即発。いや、この場合、俺に武器はないから完全に俺に分が悪い。掃除機って硬いんだぞ。柄の部分にしても他の部分にしても、当たったら絶対痛いだろ。
 凶器の餌食になろうとしたその時。
「ふーん。そういうことになったんだ」
 振り返ると、そこには諸羽(もろは)がいた。どうしてここにとは聞くことなかれ。そもそもここは、諸羽のアパートだ。
「水臭いなぁ。一言くらい言ってくれたっていいっしょ」
「だから、こうして言ってんだろ」
 惨劇を止めてくれたことに内心感謝しつつ、口をとがらせる。
「その様子だとけりはついたみたいだね。
 ボクの場合は、本当になりゆきだけど、乗りかかった船だし最後まで付き合うよ。もちろんシェーラもね」
 隣を見ると、シェーラが憮然とした面持ちで、けれどもそうだと言わんばかりにうなずいている。
「ありがとう」
 頭を下げると二人は肩をすくめて笑った。
「そういえば、諸羽ってご先祖様の言いつけかなんかで空都(クート)に来たんだよな。今度のことが終わったら何か手伝うよ」
「確かに、そなたにはノボル同様、世界を旅する術を持っていたな」
 諸羽と初めて会ったのは夏休みのこと。いつものごとくアルベルトに雑用をまかされて、道に迷った『剣の一族』の末裔と遭遇したんだった。妙な家訓ととんでもない能力を持つ謎の一族。修行とも言ってたし、世話にもなったから礼をしたい。俺としてはそんな軽い気持ちだった。
「ボクのは先代の術――手段を教えてもらっただけで、大沢ほどすごくないよ」
 けど、現実はなんというか……すごかった。
「でもそれだけ言ってくれるなら、一つ頼もうかな。ご先祖様に会わせてって」
 真実もなんかすごかった。
「は?」
「正確には先代の愛した人? 要するに旦那さん。
 寂しがりやで、いろんな場所をふらふらうろついてたんだって。そこで出会った先代と一緒になったはいいけど、ある日『他の世界が気になるから、ちょっと様子を見てくる』って先代と、間にできた子どもを残してふらっといなくなっちゃったみたい。とんでもない人だよね」
「会わせてもなにも、先祖であれば、とうの昔に亡くなっているのではないか?」
 シェーラのもっともな発言に、諸羽は人差し指を突きつけた。
「前に言ったっしょ。ご先祖様は他の世界からやってきたって。そんなことができるってことは何らかの能力があるか、相当長生きしてる人だと思うよ?
 時空転移(じくうてんい)だって、元々は先代がご先祖様を見つけるためにつくりだした術なんだ。 ご先祖様って本当に自由奔放な人だったから。必死に行方を探しまくって、先回りする方法を考えて。たどり着いた結果がこれだったわけ。言い換えれば、男が逃げないように首根っこをひっ捕まえる術?」
「術と言うより、もはやそれは執念だな」
 俺もそう思う。と同時に、一つの可能性が頭をよぎった。
「先代は女手一つで子どもを育てた。でも、いつまでたってもご先祖様は帰ってこない。絶えに耐えまくった先代は、子どもや孫、その子孫にたくさんの格言や技、術を授けた。それがボク達『剣の一族』ってわけ」
「そのご先祖様とやらの特徴とか知らないの?」
「寂しがりや。あと目立つはずなのに、周りからすぐに忘れられる? 印象が薄かったらしいよ?」
 頭をよぎるどころか一つしか思い浮かばなかった。
「どんな特徴だそれは。そもそも、そのような男を愛せるものなのか」
「ボクに言われても仕方ないっしょ。それだけご先祖のことを好きだったんじゃない?
 あと、もう一つ。一族に伝わる、絶対忘れちゃいけない格言があるよ。誰でもいいからご先祖様に格言を、声を伝えてって。利子つきでご先祖をひっぱたいてこいって。
 これがボクの、ボク達の生涯を通しての修行。言い換えれば責務?」
「修行というよりも私情そのものだな。年季が入っているだけ恐ろしいのではないか」
 可能性は確信に変わった。っつーか、シェーラの意見には大いに賛同するぞ。
「……ちなみに、どんな格言なんだ?」
「『人を夢中にさせといて、突然いなくなるんじゃねぇ。本当に寂しいなら放っておくなっつーの! とにかく何がなんでももどって来い。黙って一発、問答無用で殴らせろ!』だったかな。確か」
「すごい格言だな。ただの恨みにしか聞こえない気もするが」
「でしょ? 先代も相当怒ってたみたい……大沢?」
 背筋を冷たい汗が伝うのは、気のせいじゃないだろう。っつーかシェーラ、今回のツッコミさえにさえまくってるな。代弁してくれてありがとう。
 にいちゃん、一体どこで何やってんだよ。もしこの場にいたら、絶対袋だたきにされてたぞ。
「印象が薄いのであれば、もしかするとその者にすでに会っているのかもしれないな」
「シェーラもそう思う?」
「ああ。ひょっとすればつい最近……なんだ、この手は」
 眉をひそめたシェーラに切々と日本語を説く。
「地球にはな、『知らぬが仏』ってことわざがあるんだ」
 なんだか今までの自分がバカらしく思えた。結局、物事って色々なところで重なってるんだよな。ふたをあければ意外にあっさりしてるもんで。
「大沢も知ってることがあったら教えてね。ボク、どうしてもご先祖様にあいたいんだ」
「……本人がいいって言ったらな」
 シェーラの故郷へ向かう途中、これと似たようなことがあった。何気ないことをだらだらとしゃべってバカやって。
「平穏っていいよな」
 年寄りくさいセリフを堂々と口にする。誰になんと言われてもいい。人間、平穏無事が一番だ。あの時は、ここにいる三人とプラス一人で。
「ところで大沢、彼女のことはいいの?」
 突然、残り一人のことを指摘されて我に返る。
「女の子をいつまでも待たせちゃいけないっしょ」
「男としては誠意ある態度を見せるべきだろう」
「そうそう。間違ってもご先祖みたいなことはしない方がいいよ?」
「お前ら、一体何の話をしてる」
 俺だってそれくらいのことはわかってるさ。
 けど、その前に、やるべきことがある。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「話は終わったようですね」
 男はむかいの部屋にいた。イスに座り涼しげな顔で本を読んでいる。
「よくわかったな」
「声が大きすぎて筒抜けなんですよ。あのリザがねえ」
「アンタは知ってたのか」
「『剣』の話を持ちかけたのは彼でしたから。ですが、兄とモロハの一族との間にそんな背景があるとは思ってもみませんでした」
 苦笑してるところをみると、どうやら本当に知らなかったらしい。俺だってそんなドラマなみの設定があるとは思わなかったさ。そもそも、なんで俺がにいちゃんのことをフォローしなくちゃならない。それに、今は別の問題がある。
 目の前にいるのは極悪人であり師匠である男。今こそ、こいつとの決着をつける時なんだろう。
「アルベルト」
「何です」
 碧の目を見据えると、俺は短く要求を告げた。
「俺と勝負してくれないか」
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