SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,94  

 神の娘と別れ、まりいがはじめに目にしたのは地に膝をつく少年の姿だった。
「私、会ってきたよ」
「……そうか」
 手で顔を覆っているため表情は見えない。普段とは異なる姿に違和感を覚えつつも、まりいは言葉を続ける。
「色々聞いてきた。自分のやるべきこともわかった」
「……そうか」
 かけられた声はいつものそれと全く変わらないもので。
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
 だが、震えているように見えるのはまりいの気のせいか。
「自分のやるべきことがわかったの。迷っていたけど、やってみようと思う。
 私、神の娘になるよ」
 まりいの声に、はじめてショウは顔を上げる。
 この少年は誰なのだろう。しっかりした物腰とは裏腹に泣き出しそうな子どもの表情を浮かべる男の子は。本当に彼は今まで一緒にいた男の子なのだろうか。
 自分を見上げる少年を見て、少女は不思議な感覚に捕らわれた。
「どういうことかわかって言ってるのか」
 違う。これが本来の彼の姿なのかもしれない。口調とは裏腹に表情はあどけなく弱々しい。
 もしかすると、彼は今まで無理をしていたのだろうか。大切な者を捜そうと大人の中で必死に虚勢をはって。くじけそうな思いに何度も首をふって立ち向かって。だとしたら、それは――
 無意識なのか、それ以外のものか。気がつくとまりいは少年を抱きしめていた。
「もう一人の神の娘、カイさんって名前だった。
 カイ、言ってた。いつか、私達の前に哀しみを宿したものがやってくる。その人達を解き放つ手助けをしてほしいって」
 触れるか触れないくらいの軽い抱擁。肩越しなので再び表情は見えなくなる。
 初めて触れたのは公女を助けにいった時。別れの挨拶だと知ったのは後になってからのことだった。
 二度目はフロンティアにたどり着く直前。半ば自暴自棄になっていて頭の中が真っ白になっていた。
 そして今、まりいは自分の意思でこうしている。肩を軽くたたきながら、まりいは言葉を連ねた。
「カイは自分の意思であの場所にいたの。ほっとけないから。自分が自分だから肩入れしたくなるって。『神の娘』ではあったけど、あの人は未来をあきらめてなかった。だから私もあきらめたくない。
 定めとか、犠牲とかそんなんじゃないよ。私は私の意志でそうしようと思ったの」
 腕の中で少年の体が小さくはねる。普段なら逆であるはずの状況。だが不思議と抵抗はなかった。彼は今、ひどく傷ついている。そう思えたから。
「レイノアの丘によく似た場所。小さな石碑に花を手向ける男の人が見えた。……そこにショウのお父さんがいる」
『役割を引き受ける代わりに全てを教えてもらう。それが条件だったの』そう告げたまりいにショウはくぐもった声をあげる。
「それが、どういうことかわかってるのか」
「うん。知ってる。
 よかったね。お父さん、ちゃんと生きてるよ。今までのことは無駄じゃなかったんだよ」
「……願いは何度でも叶えてもらえるのか」
「ううん、一生に一度だけ」
「だったら!」
「こうしたかったの」
 感情をあらわにした少年に、まりいは笑みを浮かべる。『過去の記憶でだけど』そう前置きし少女は自分の意思を述べた。
「お父さんとお母さんにちゃんと会えたの。愛されていたのかはわからない。だけど、ちゃんと会うことができた。文句を言いたかったんじゃないの。ただ、逢いたかったの。
 私の願いは叶ったよ。だから、今度はショウの番」
 そう言って微笑むまりいに少年はようやく顔を上げる。
「お前、どうしてそうなんだよ」
「え……」
 少年の声に、まりいは書ける言葉が見つからなかった。
 今までまりいは少年の色々な顔を見てきた。笑った顔、怒った顔、驚いた顔。でも今のような表情は初めてだった。
「お前、強くなったよな。前はいつも頼りなくてすぐに泣いてたのにな」
「時間がたてば、人は成長するよ」
「でも強いと強がるのは違うぞ」
 力強い腕は見知った少年のもの。
「こんな時くらい無理するな。周りには誰もいないんだ」
「だってショウが……」
 声も、彼自身のものだ。
「だったら」
 なのに。
「俺も泣く。それならいいだろ」
 どうして、この人は泣いているんだろう。
 目の前の存在を抱きしめると少年は声もなく崩れた。

 どうしてだろう。
 どうして自分はこんなにも無力なのだろう。
 ただすべてが悲しくて。
 ただすべてがせつなくて。
 ただすべてが大切で。

「お前さ、そんな悲しいこというなよ」
 今まで人並み以上のことはこなしていた。ある程度のことは一人でできるし騎士団の面々にも筋がいいと言われていた。自慢ではない、自分は一人でもやっていける。少年はそう自負していた。
 それがどうだ。実際はこんな言葉しかかけてやることができない。
 結局、どうあがいても自分はただの子どもだったのだ。それを思い知らされた矢先のまりいの言動。
「お前が一人のはずがない。シェリアやアルベルトがいる。セイや姉貴に……」
 そこで一旦口を閉ざす。腕の中の少女はきょとんとした顔で少年を見上げている。しばしの間、視線を宙にさ迷わせた後、ショウは口を開く。
『人だとか獣だとか、そんなものは関係ない。
 大切なものを体をはって守る。それが騎士なんだよ』
 かつての父親の言葉が頭をよぎる。
「俺がいる」
 涙の跡をぬぐい、ショウは笑みを浮かべた。
『騎士というよりも人として、男としての役目だな。きっかけがどうであれ、その存在が気になるのならとことん付き合ってやれ』
「ここまできたんだ。とことん付き合うさ」
 父親の言葉をかみしめながら、ショウはまりいを強く抱きしめる。
 はじめはただの成り行きだった。
 後からは父親の仇に連なる者。
 そして今は。
「相棒だからな」
 こんな言葉しかかけられない自分に苦笑する。
 なんてことはない。はじめから、俺はこいつが気になっていたんだ。
 なんてことはない。はじめて会った時から、俺はこいつに惹かれていたんだ。
 この感情を、一体何と呼べばいい?
 なくしたくなくて、手放したくなくて。一緒にいると胸の奥が熱くなる。
「ごめん、少しだけ……」
 自分によりそい嗚咽をあげる少女の背を、少年は優しくたたいた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「落ち着いたか?」
「……うん」
 少女が声を出すことができたのはしばらくしてのこと。
「いいんだな」
「うん」
 互いの涙は乾いていた。かれるほど涙を流したのか涙の跡をぬぐったからか。
「本当に、いいんだな」
「うん」
 体を離すと、二人は確認の合図を口にする。
「勝手にしろ」
「うん。勝手にする」
 まりいがうなずいたのを視界におさめると、ショウは声をあげた。
「黄砂(コウサ)、来てくれ」
「……君達はそれでいいんだね」
 声と共に場に現れたのは緋色の髪の少年。
 互いがうなずいたのを確認すると、黄砂は片手を上げる。
「風鳴(カザナ)」
 途端、辺りを風が覆う。現れたのは雪色の髪に夜空の瞳の少女。
 夜空の瞳と明るい茶色の瞳が交わる。ショウの手を握りしめると、まりいは静かに口を開いた。
「私は、空の娘になります」
 それは決して楽な道のりではないのだろう。だが他ならぬ彼女が選んだのだ。握った手に強く力をこめながら、ショウはまりいの言葉を待つ。
「それは我を受け入れるということか」
 風鳴の問いかけに、まりいは首を横にふった。
「私に天使はいりません」
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