SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,95  

「私は人ではないのかもしれない。だけど人として生きたい」
 風鳴(カザナ)を見つめ、まりいは言った。
「私は確かに空の娘です。だけど、あなたの、あなた達の思い通りにはならない。
 私は椎名まりいです。天使なんて、そんな悲しいものはいりません」
 まりいの決意を周囲は黙って聞いていた。
 反論の声をあげたのは雪色の髪の少女のみ。
「どれだけ口にすればわかるのだ。それだけでは駄目なのだ。我々が、この場所がなくなってしまう」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「娘として――」
「あなたは、本当にそれでいいの?」
 まりいの問いかけに、風鳴は口を閉ざす。
「人の、神の言いなりになって、それで満足?」
 天使の瞳に宿るのはかすかな恐怖。空色の瞳を捕らえたまま、まりいは意思を述べる。
「私は嫌だよ。決められた中で生きていくなんて。辛くても、みんなと一緒のほうがいい」
「貴女こそそれでいいのか。我々が必要としなければ、このままでは貴女は本当に一人になってしまうぞ」
「一人でも味方になってくれる人がいれば、それで充分だよ」
 風鳴の声をさえぎり、まりいは続ける。
「前に言ってくれたよね。自分のことを知りたくないのかって。カイに聞いたの。色々なこと。
 私には味方になってくれる人が二人もいる。それだけで充分です」
 視線は天使の少女を見つめたまま、だが手は栗色の髪の少年の手を握ったまま。二人が誰のことを指すのかは言うまでもない。

 ずっと一人だと思っていた。
 二つの世界でも誰も自分のことをわかってくれないと思っていた。
 だけど、少し目線を変えれば世界はこんなにも輝いている。

「あなたはこのままでいいの?」

 一度目はただただ戸惑うばかりだった。
 二度目は声をかけることができた。
 そして今、こうして対等に話をしている。

「それが定められたことなのだ。仕方ないではないか」
「あなたはステアだよね」
 まりいの声に少女の姿が変わる。
「来るな」
 雪色の髪は空の色へ、瞳の色はそのままで。それは『風鳴』と呼ばれる天使本来の姿。
「私は『神の娘』と呼ばれるものかもしれない。人ではないのかもしれない。だけど、私は私なの」
「来るな」
 再び。だがまりいは歩みを止めない。むしろ笑みさえ浮かべ天使に近づいていく。
「変わりたいって願ったのなら、きっとそれは叶うよ」
 まりいの周囲を淡い光が包む。
 瞳の色は陽の色で。髪の色は大地の色で。背中をおおうのは藍色の翼。それはかつてマリィとして、『空の娘』と呼ばれていた少女の本来の姿。
「いつかステアのこと、黄砂のこと助けてくれるってお願いしたよね。それを果たしにここまで来たの」

 初めて翼を見た時は全てに拒絶されたような気がした。
 だけど自分のことを真剣に怒ってくれる人や心配してくれる人がいて。
 自分を認めてくれている人がいるだけで、人はこんなにも強くなれる。

「ステアはすごいね。自分のことよりも周りのことを考えているんだもん。だけど、本当は助けてほしかったんだよね。
 私、もう無理しないよ。だから、あなたも『天使』にとらわれる必要はない」
「来るなっ!」
 目前に突如として現る紅い光。まりいが目を覆ったその時、
「……っ」
 まりいと風鳴の前に立ちはだかったのは緋色の髪の少年だった。
「……これくらいはやらないとね」
 痛々しげに笑みを浮かべた少年の体は傷にまみれていた。一方、危害を与えた方も呆然とした様子で動きを止めている。
「ステア」
 静寂を解いたのは栗色の髪の少年だった。
「前に言ったよな。一緒にいたい。離れたくないって。それは黄砂のことなんだろ?」
 思い浮かぶのはいつかの草原。わけのわからない感情に悩まされたとき、人を好きになるという意味を教えてくれたのだ。
「お前はこのままでいいのか?」
 ショウの問いに風鳴は答えを返さない。
 その彼女にふわりと覆いかぶさる一つの影。
「ステア、もうやめよう」
 空色の瞳が大きく見開かれる。
「約束だったよね。私はステアの友達だよ」
 まりいは少女を翼ごと抱きしめる。
「シーナ……」
 少女の瞳から、一筋の涙が滑り落ちた。


「二人とも、ありがとう」
 風鳴を――ステアを抱きしめ黄砂は言った。
「時砂(トキサ)が言ったことが少しだけわかった気がする。人も捨てたものじゃない」
「ありがとう。ステア、二人のこと忘れない」
 二人の表情は晴れ晴れとしていて。
「定めなんか関係なかった。はじめからこうしていればよかったんだ」
「ありがとう。ショウ。あなたのこと忘れない」
 二人の表情は哀しいまでにすがすがしくて。
 何をするつもりなの?
 そう聞くには時が遅すぎた。
「これが僕達ができる最後のことだから」
 黄砂が手をかざすと、まりいとショウの周りを淡い光の玉が包む。
「フロンティアを破壊する」
「そんなことをしたら――」
「戻るべき場所がなくなるね。だけど、これでいい」
 ステアを抱き寄せて、青年は優しく微笑む。
「どうして僕が彼女を連れ出せなかったと思う? 体質的なものもあるけど、役目を破棄した天使の行く末を知っていたから」
 少女の体が霞んでいく。
 否。霞んでいるのではない。少女の体が砂となって崩れていく。
 否。それさえも違っていた。少女だけでなく青年の姿も空にとけゆこうとしている。
『君の望むべき場所に連れて行ってあげる』まりい達が目をみはるさなか、残された翼の民は穏やかな笑みを浮かべた。
「助けてくれてありがとう。これはあつかましいお願いだけど」
「あの人達を助けてあげて。連鎖を断ち切ってあげて」
『二人に翼の民の導きのあらんことを』
 こうして二人は目の前から姿を消した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「これでよかったのかな」
 二人きりになった後、まりいはぽつりとつぶやいた。
「いいか悪いかなんて俺達にはわからない。それに、お前には他にやることがあるんだろ」
 少年の言うことは一理あった。いなくなってしまった者達も心配だが、新たにするべきことができてしまったから。しかもそれは一朝一夕でできるようなものではない。
「だけど、手伝ってくれるんだよね」
 まりいの瞳に涙はない。だからといって、悲しくないわけでも辛くないわけでもない。
 返事の代わりに少年は少女の手を強く握る。
「ここがどこかわかるか?」
 てっきりわからないと思っていた質問。だが返ってきたのは予想とは異なるものだった。
「多分、ショウが一番会いたい人がいる場所」
「……!」
 目を見開いてショウはまりいを見つめる。だがその当人は穏やかな笑みを浮かべていた。
「お前……」
「フロンティアに願いごとをしたの。願ったのはショウのお父さんの居場所」
「お前の願いは二回もできるのか」
 あえて問いかけたショウの声に、まりいは首を横にふる。
 一つしか叶えられない願い。無くなってしまった未知なるもの。それが意味することはすなわち。
「お前はなんで……っ!」
「私がそうしたかったの」
 穏やかに、だが意思のある瞳でそう告げられては言葉のかけようがない。
「すみません。このあたりで栗色の髪の男の人を知っていますか?」
 住人に声をかけて回る少女を遠目に、ショウは片手で顔をおおった。
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