SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,86  

 商人は丘の上にいた。
 中肉中背。年の頃なら二十歳前後だろうか。真っ赤な服に緑のフードつきマントを身に着けた男は、何をするわけでもなくただ、そこにいた。まるで景色と同化しているかのように。
 やがて複数の足跡が近づくと、彼はゆっくりと視線をめぐらせた。
「よくここがわかりましたね」
 返事の代わりに少年が地図を投げてよこす。
「ここまで来て逆戻りするとは思わなかった」
「おかげでいい休養ができたでしょう?」
 片目をつぶる男にショウは口を開きかけ――やめる。言葉とは裏腹に、紫水晶の瞳が自分達を見据えているのがわかっていたから。
「じゃあ聞かせてもらおうか。君達の決意を」
 リザ・ルシオーラ。それが男の名だった。
 少年や少女の元にふらりと現れては霧のように消えていく。そして必ずといっていいほど彼の言葉どおりにものごとが運んでいく。
「私をフロンティアへ連れて行ってください」
「それが君の答え?」
 ルシオーラの問いに、まりいは首を縦にふった。
「どうしてそう思ったんだい?」
「それは……」
「全てがフロンティアに繋がっているから」
 まりいの言葉をひきついだのは栗色の髪の少年。
「『全ての鍵はフロンティアにある。そこに君と彼女の答えがあるはずだ』そう言ったのはアンタだ。
 多分、俺達の望んでいるものはそこにあるんだと思う」
 そう告げた少年の瞳には、かつてのような苛立ちはなかった。
「君の望んでいるものは?」
「それは――」
「お父さんのことを知りたい」
 ショウの言葉をひきついだのは焦げ茶色の髪の少女だった。
「私も知りたいんです。お父さんや、お母さんがどこで何をしているのか」
 そう告げた少女の瞳には、以前のような怯えはなかった。
「私は、はじめこの世界のことを夢だと思ってました。だけど、これは現実なんですよね。
 現実だとわかってからは、この世界を逃げ場にしていました。地球にいれば元の自分にもどってしまうから。だから地球にもどってからは辛かった。
 だけど、地球も現実なんです。私にとってかげがえのないものなんです」
 まりいの声を、全員が静かに聞いていた。
 特に熱心だったのは公女だ。まりいと同じ明るい茶色の瞳には軽い戸惑いの色が灯っていた。無理もない。彼女が少女と再会するまでに色々なことがあったのだから。
(本当。色々だ)
 胸中で少年は独白する。
 本当に色々なことがあった。出会ったり別れたり、ケンカをしたり拒絶したり。だが、こうしてここにいるのだ。
 共にありたい。それは彼が、彼女が願ったこと。だったら今は彼女を――まりいの行く末を見守るしかない。それが少年の出した結論だった。
「私は地球も空都(クート)も逃げ場にはしたくない。だから、知らなければいけないんです。全てを」
 知らなければならない。自分と、少女にまつわる全てを。
「お願いです。私を連れて行ってください」
 まりいの独白が終わると、ルシオーラは目を開けた。
「残念だけど、オレにはそれはできない」
 告げたものは周囲を硬直させるには充分なものだった。
「話は最後まで聞きなさい」
 声を荒げようとした少年に、神官はやんわりと口を添えた。
「オレにはできないと言いましたね。それは、あなたにはできないということですね。
 ならば、他の者にならどうなんです?」
 アルベルトの声にルシオーラは諸手をあげて応えた。
「ご名答。正確にはオレにはその力がないんだ。知ることはできるけどね。オレは通りすがりの商人だから」
「ふざける――」
「正確には、通りすがりの異邦人かな」
 顔を見合わせる面々に、ルシオーラは穏やかに告げた。
「オレは、この世界の人間じゃない」
「じゃあ、地の惑星(ほし)の人?」
 シェリアの問いにルシオーラは首を横にふる。
「君ならわかるだろう? 地の惑星(ほし)にオレみたいな容姿の人間はいたのかい?」
 問いかけに、まりいは首を横にふった。まりいの住む場所はほとんどが黒もしくは茶色の髪の住人だ。場合によっては金色の髪やそれ以外の色の髪の住人に会えるのかもしれない。だが、彼の、ルシオーラの髪は藍色だ。それに紫水晶の瞳などまりいのいた世界では知る由もない。
 それでは一体どの世界の住人なのか。答えを紡ぎ出そうとする前に。
「海の惑星(ほし)、ですか」
「大当たり」
 神官が導いたものに商人は満足気にうなずいた。
 海の惑星。それは少女が一度だけ耳にしたことがあるものだった。
「この世界……俺の世界だけど。ここじゃ三つの世界が存在すると言われている。神様には三人の娘がいて、この世界は彼女たちの手によってつくられたんだ。それが空と海と大地の惑星。この世界は空都――『空の惑星』。
 海の惑星。オレ達は霧海(ムカイ)って呼ぶけどね。この世界のことはオレも前から聞いていた。もちろん地球のことも。
 どうして海の惑星の人間がここにいるかってことは聞かれても困るな。君と似てるようで違うとしか言いようがない」
「私と?」
 似ていて非なるとはどういうことなのか。首をかしげたまりいに、ルシオーラは穏やかな眼差しを向ける。
「君もオレも、望んでこの惑星にやってきた。非なるのは君には呼びかけの声があってオレにはなかったってこと」
『深く考える必要はないよ』ますます顔をしかめたまりいに、ルシオーラは笑って応える。
「せっかくの機会だからね。オレはありとあらゆる場所を旅して回った。もうこれ以上、歩きようがないってくらい世界をまたにかけて歩いた。
 ……そこで、出会ったんだ」
「ベネリウスっていう人を知っているかい?」
 ルシオーラの言葉に全員がうなずく。
 ベネリウス。それはカザルシアに伝えられる英雄の名前。漆黒の髪に同じ瞳の男の名前。もしかしたら、まりいの――父親かもしれない人の名前。
「もし、オレの目の前に君が現れたら『すまない』と伝えてくれって」
「すまない……?」
 ルシオーラの言葉を、まりいはそのまま唇にのせる。
 すまないとはどういうことなのだろうか。自分を捨てたことに対する贖罪なのだろうか。もしそうならば、そんな言葉聞きたくなかったのに。
「もし、君が現れたら自分の代わりに力になってくれって」
「それはいつの話なんですか?」
 おかしいではないか。どうして自分を見て頼まれていた女の子だとすぐにわかったのか。
「十年くらい前かな。もしかしたらもっと前になるかもしれないけど」
「どうしてそれが私だとわかったんですか?」
 ますますおかしいではないか。そんな昔の話をどうして彼が覚えているのか。そもそも、目の前の男はどうみてもアルベルトと同じ、もしくはそれより若く見えるというのに。訝しげな視線を向けると彼は微笑む。
「わかるさ。これを預かっていたから」
 ルシオーラが荷物の中から取り出したのは、真っ白な宝珠だった。
「記憶球(きおくきゅう)。大切な場面を一つだけ、当時のまま映像として込められる代物なんだ。簡単な言霊(ことだま)をかければすぐに呼び出せる。
 今度試してみるといい。言霊は『いとしきものよ』だ」
「でも――」
 まりいの声に、ルシオーラはやんわりと否定する。
「それでもわかるはずがないって言いたいんだろう? こう見えても君達よりはるかに寿命が長い、かつ記憶力には自信があるから。
 覚えていたのはこれを持っていたせいもあったけど、別の者にもう一つのお願いをされたから」
 意もしなかった言葉に、まりいはおろか周囲の面々が顔を見合わせた。
「この容姿を持つ翼の民に出会ったら会わせて欲しいって」
「翼の民?」
 範唱(はんしょう)したのはシェリアのみ。アルベルトは何も介さず、残りの二人は表情を緊張したものに変えた。
「どうしてかって聞いたらその子は言ったんだ。単純な好奇心でもあり親愛でもあり、同時に憎しみもある者だからって」
「頼んだのは誰です?」
「それは――」
「もう、いいです」
 アルベルトの問いかけに、まりいは口をはさんだ。
「わかりましたから」
 それは確信だった。
 全ての糸がつながった――ような気がした。
「もう一つのお願いをしたのは――」
 まりいが答えを導こうとしたその前に。
「余計な口出しは無用と言ったはず」
 そこには雪色の髪の少女がいた。
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