SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,81  

「いい加減、部屋にもどらないか?」
 海を背にして少年がつぶやく。
「どうして?」
「どうしてって――」
 まりいの問いに答えようとして、ショウはかぶりをふる。
「体調が悪いの?」
「……悪い。ある意味」
 少年にしては不確定な物言いに、まりいは眉をひそめる。
「船酔いなの?」
 もしそうであれば船に乗ってかなりの時間がたつ。もしかしたら彼に無理をさせていたのかもしれない。
「そういうわけじゃ」
「でも顔色悪いよ?」
「それは――」
「待ってて。薬もらってくる」
 ショウの静止の声も半ばに、まりいは船室に向かって駆けだす。
「俺もよく言われてたけど、お前も相当早とちりだろ」
 遠ざかる後姿を見ながら少年は苦笑する。
「本当に最後の最後で余計なお世話だよ。セイ兄」
 目前に広がる青を背に、ショウは大きく息をついた。


「そこの方、すみません」
 声をかけられたのは船室から戻る途中だった。
「え?」
「連れが熱を出してしまったんです。すみませんが薬をわけてもらえませんか?」
 年の頃なら二十歳を少し過ぎたころだろうか。陽の色の髪に、空の色を宿した男が目前にあらわれる。
「コウ――」
「はい?」
「……いえ。なんでもないです」
 男の声に、まりいは慌てて首を横にふる。脳裏に浮かんだのは翼の民を名乗る少年。覚悟はしていたとはいえまだ心の準備ができてなかったのだ。
 翼の民の少年は緋色の髪をしていた。今目の前にいる若者は同じ陽の色でも金色の髪、瞳も青と地球でもさほど珍しくない容姿だ。しかも人のよさそうな笑みを浮かべ頭を下げる姿には、脳裏に浮かんだ人物と少しも重なるところはなく。
「ごめんなさい。私がもっているのは船酔いの薬なんです」
 男の視線が注がれているもの、手にしている薬を見ながらまりいは頭を下げる。
 あなたの連れの方も病気なんですか?
 そう声をかけようと頭を上げようとして、止まる。それは男の視線が今までとは異なるものだったから。
 穏やかであるのには間違いないのだろう。だがその瞳に含まれる色が違っていた。まるでまぶしいものを、大切なものを見守るような視線。
 まりいと男は初対面だ。なのにどうしてこんな視線を向けられるのだろう。
「あの……?」
「失礼。大変可愛らしい方だとお見受けしたもので」
 姿勢を正すと男は笑みを深くする。
「私にもあなたと同じくらいの妹がいまして。つい見入ってしまいました」
 もしかしなくても、その妹が連れなのだろうか。再び声をかけようとしたその時、
「シーナ!」
 聞きなれた声に、初めて聞く声に少女と若者は顔を向ける。
「彼があなたの連れですか? 顔色が悪いようには見えませんが」
「ですね」
 若者に苦笑すると、まりいは駆け寄ってきた連れに声をかける。
「船酔いはもういいの?」
「はじめから船酔いじゃないって言ってるだろ。……この人は?」
「さっき知り合ったの」
「妹が熱を出して倒れてしまい薬を分けてもらおうとこちらの方に声をかけた次第です」
 まりいと男が口を開いたのはほぼ同時だった。
「せっかくですからお二人にお願いしましょう」
『は?』
「妹が部屋で寝込んでいるんです。見舞いに来てもらえませんか?
 病は気からといいますし、歳も近い者同士の方が妹の気も安らぐでしょうから」
 容姿やかもし出す雰囲気と異なる強引な物言いだが理由が理由である以上断れるはずがない。
「わかりました。ショウ、いいよね?」
 連れの少年に問いかけると、少年は無言で趣向の意をしめした。

「そうですか。お二人で旅をされているんですね」
『若いのにご苦労様です』爽やかな笑みを浮かべられ、まりいは返答に困ってしまった。
 旅をしているのには間違いない。少年と一緒にいるのも事実だ。だが、
「お連れの方はずいぶん旅に慣れているようですね。観光ですか?」
 そう聞かれれば答えようもなく。
「あの――」
「そんなところです」
 まりいの言葉をさえぎるように、ショウが応じる。
「船旅とはなかなか通ですね。もしかして新婚旅行ですか?」
『は!?』
「――そんなはずはありませんね。いくらなんでも早すぎます。
 すみません。若いお二人を見てついからかいたくなってしまいました」
 突拍子のない言葉をかけられ同時に頭を下げられる。
 まりいとショウは顔をあわせると一つうなずき同じ思いに達する。
 どうしよう。この人。
「それで、あなたの妹はどこに?」
「おかしいですね。部屋で待っていてくださいといっていたのですが……」
 船室を見回し、首をかしげる青年に、少年と少女はお互いの顔を見合わせる。
 まるで貴族かと思わせるような風貌に優雅なものごし。口調だって穏やかなもので、もしかすると聖職者なのかもしれない。そう取られても間違いはない――目の前の青年にはそんな雰囲気がある。
「すみません。部屋を間違えてしまったようです。いけませんねえ。年はとりたくないものです」
 なのに、異質なものを感じ取ってしまうのはなぜだろう。
「アルベルト。アタシの部屋はこっち」
 ふいに、三人の背中から声がする。
「おや、そちらにいたんですか」
「これが作戦なの? ただ連れてきただけじゃない」
「御友人に会うのに策を労する必要もないでしょう」
 それは、少年と少女のよく知る者のものだった。
「じゃあなんですぐに連れてこなかったの」
「それはそれ。私の知的探究心に胸をくすぐられたもので」
「何が知的探究心よ。単に会いたかっただけじゃない」
「俗的にはそうともとれますね」
「そうとしかとれないわよ」
 目前で繰り広げられるやり取りに、二人はついていけるはずもなく。
「紹介が遅れました。私の妹、シェリア・ラシーデ・ミルドラッドです」
 固まった二人の前で、若者は――アルベルトはにこやかに微笑んだ。
「あなたこそ、昔っから全く変わってないわよね」
 目の前にいるのは金色の髪に明るい茶色の瞳をした女の子。
「お褒めに預かり光栄です」
「ほめてない」
 瞳はくるくると元気よく動き、少年と少女を時には笑わせ、時には助けてくれた。
「ほら。二人ともびっくりしてるじゃない。ちゃんと説明したの?」
 ――今のように。
「そう言えばまだでしたね。
 ああ、先に言っておきますが彼女は一人っ子です。私と彼女は俗に言う『乳兄弟』というものですね。このたびはお城での生活に退屈された妹が家出を思いつき、それを予想していた陛下夫妻、ならびに我が父上が私をお目付け役に――とここまで来た所存です。他にご質問は?」
『……ないです』
 あまりにも的確で、あまりにもあれな物言いに少年と少女は再び言葉を失う。
「ちょっと! その言い方はあんまりじゃない!」
「違うんですか? 行き先を告げずに家を抜け出すんです。家出といわずして何と呼ぶんです」
 このやりとりは一体なんなのだろう。兄弟喧嘩と言われればそれまでかもしれないが、兄と呼ぶべき人物が常識を逸脱しているような気がする。
「そういえば、熱大丈夫なのか?」
 ショウの問いかけに、シェリアは不思議そうに首をかしげる。
「だってアルベルトさんが――」
「熱は誰でもありますよ。ないと死んでしまいますから」
 まりいの声を否定したのは他でもない若者自身。
「高熱だとは言ってませんので。『疲れたー』と言ってこちらのベッドに勢いよく倒れていましたね」
『ああ、でも今日は平熱のようですね』にっこりと微笑むその姿には罪悪感のかけらもない。
 もしかしなくても彼が例の教育係の息子なのだろう。
 若者を見つめながら、まりいとショウは同じ思いをかみしめた。
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