SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,82  

「シーナがアルテシア叔母様の娘ーーーー!?」
 それは、久しぶりに友人と再会した日の夜のこと。公女が部屋を二つ借りていたため男性陣、女性陣と別々に止まることができた――その部屋で、少女達はたくさんの言葉を交わした。
 両親と仲良く暮らせていたこと。
 初恋と失恋を経験したこと。
 どれだけ語り明かしても話が尽きることはない。
「言われてみれば、確かにあの時のアタシ達って似ていたものね」
 あの時とは他でもない、ラズィアの一連の事件だ。
 シェリアが政略結婚をさせられそうになり、苦肉の策でやった変装。一時しのぎのはずが、結果は予想以上のものだった。
 そう言えば黒尽くめの人に襲われたこともあった。あの人達は一体どうなったのだろう。
 そんな思考をめぐらせるも公女の言葉に我にかえる。
「あの時は怖かった。こうしていられるのもあなたとショウのおかげよ」
 頭を下げるシェリアにまりいは慌てて首を横にふる。
「私だけじゃなくて、ショウの力があったからだよ」
「そのショウ君とはどうなの?」
「は?」
 親友に問いかけられ、まりいは奇妙な声をあげた。
「どうって?」
「アタシの前でとぼけなくてもいいのよ」
 顔をしかめるまりいに、シェリアはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「仲よさそうじゃない。いつの間にそんなことになったのかしら」
「……仲は、前から悪くはなかったと思う」
 ある意味、まるで栗色の髪の少年のような発言にシェリアは苦笑をもらす。
「じゃあ髪は? 二人そろって綺麗に切りそろえられてるって変じゃない」
「それは、その。相棒だから……」
「そういうことにしておきましょ。あーあ、仲がいいってうらやましい」
「シェリアだって仲がいいよ?」
「そーいうのとはちょっと違うの。アタシも彼氏ほしいなー」
 首をかしげ、公女の意図するところを察したのはそれから数分後。
「違うのっ! そういう意味じゃなくて」
「はいはい」
 こういうところは相変わらずみたいね。
 慌てる友人のかたわらでシェリアは笑みを浮かべる。
「そういうシェリアはどうしたの? あの人と仲よさそうだったよ?」
 反撃とばかりにまりいの口から出た言葉も、公女に笑って説き伏せられる。
「アルベルトのこと? やだ、それこそ違うわよ。
 アタシ、小さい頃はあれだったから、よく彼の家に泊まっていたのよね。本当はこの前の時も帰ってきてたみたいなんだけど、入れ違いになったみたい」
「リューザさんの息子さん……だったよね?」
 初めてミルドラッドにたどり着いて、唯一彼女達の見方になってくれた老神官を思い浮かべる。
 公女の幼少時代とはどんなものだったのだろう。人一倍寂しがりで、でも元気いっぱいで。彼女を後者にさせたのは先ほど会った青年のおかげなのだろうか。
「そういえば、シーナのご兄弟は?」
 思わずゆるみかけた頬が公女の声に止まる。
「アルテシア叔母様と英雄の娘なんでしょ? 娘がいるってことは、弟や妹、お兄さんやお姉さんがいてもおかしくないってことじゃない」
「まだそうだと決まったわけじゃないよ」
「でも、0じゃないんでしょ? ものごとは前向きに考えてこそよ」
 はたしてそれは前向きと言えるのだろうか。首をかしげるまりいにシェリアは半ば紅潮した面持ちで続ける。
「それがもし本当ならアタシとシーナって親戚になるのね。それって素敵じゃない!」
 まるで自分のことのように意気込んで話す公女に、まりいは目を細めた。
「シェリア変わったね」
「そう?」
 シェリアの声に、まりいは静かにうなずく。
 これまでも今も、公女が元気で明るいということに変わりない。けれどもミルドラッドにいた頃は一抹の不安が影を宿していた。今は、それが全く感じられない。それは彼女が自分の力で乗り越えてきたからなのだろう。
 だからこそ、聞いて欲しいこともある。
「……シーナ?」
「私、まだわからないんだ」
 眉をひそめた親友に、まりいは自分の思いを告げた。
「急にお父さんやお母さんのことを口に出されて、ましてやそれが英雄とお姫様だって言われてもピンとこないよ」
 事実を見据えようとは思っていても、顔すら覚えていない人物にあって何ができるのだろう。もし会えたとしても、一体何をしたいのだろう。
「その人達が目の前に現れたら、私……二人のこと、お父さん、お母さんって呼べる自信がない」
 まりいの話をシェリアは黙って聞いていた。
「だけど――」
「そーいうものよ。普通は」
 話が一区切りつき、公女の口からすべりでたのは明るいものだった。
「ミルドラッドのこと覚えてる? あの時はアタシ、心底お父様とお母様を恨んだわ。だってアタシのこと、娘だなんてちっとも思ってないんだもの。まるで人形扱い。わが親ながらほんとにひどいものよ。
 でも今は違う。それはあなた達がいたから」
 それはシェリアにとっての事実。
「『シェリアはシェリアだよ』ってあなたが言ってくれたから、アタシはアタシでいられたの。だから逆もそう。
 大丈夫。何があってもアタシはあなたの味方よ。たとえ血がつながってなくても、もしかしたらとんでもない存在(もの)であってもね」
 シェリアが言っているのはただの偶然。英雄のことは知っていても、人ならざるものの正体は知らないのだから。
 だが言っていることは必然。彼女はこんな状況で嘘をつく人物ではないのだから。
「……本当に?」
「当然!」
 胸をはる公女にまりいは相好をくずす。
 そうだ。どうして彼女はここにいるのだろう。どうして彼女は自分を後押ししてくれるのだろう。
「シーナ?」
 そう。地球にだって、空都(クート)にだって、嫌なことばかりじゃない。いいことだってたくさんある。
「ありがとう」
 親友に抱きついて、まりいは精一杯の感謝を示した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「やられました」
 少女達が話に華を咲かせている頃、少年は奇妙な光景に襲われていた。
 声を耳にしたのは夜も遅くなった頃。
「今日のためにと用意していたのですが。まさかあの子に取られるとは……」
 声をあげたのは金色の髪の青年。本来、優しげな風貌であるはずなのに今は瞳を閉じ額に指を押し当てている。
「用意していたって何を」
「ないものは仕方ありませんね。こちらを先に使うとしましょう」
 少年の声など気にとめることもなく。そう言って取り出したのは酒瓶だった。
「アルベルトさんって神官なんですか?」
「はい。父上と同じですね。何のひねりもなくて申し訳ありません」
 妙なところで頭を下げる男に少年は一抹の不安を覚える。
「神官って、酒は許されるんですか?」
「場合によっては許されることもあるようですが、善良な神官ならおおっぴらには飲めないでしょうね。
 ああ、私はいいんです。父上と違い私はどこにでもいるごく普通の神官ですから。あなたもお一ついかがです?」
「……遠慮します」
 丁重に断りつつ少年は胸中で深々とため息をつく。
 なんなんだ。この人は。
 会話をするわけでもなくあたりを物色しはじめ、何を言うかと思えばあの一言。しかも外見は好青年であるだけになまじ始末におえない。
「あの……アルベルトさん?」
「アルベルトで結構です」
 そう言われればそう言うしかなく。
「アルベルトってシェリア様の教育係の息子なんですよね?」
「そうです。それから、かたい言葉は抜きにしてもらってかまいません。心にも思っていない態度で接されても嬉しくも何ともありませんので」
 本当になんなんだ、この人は。
 そう思っても口に出せるはずもなく。半ば頭をかきむしりたい衝動を自制しつつショウは続きを促した。
「シェリアは今でこそああですが、幼少時代はとても寂しいものでした。
 きっと愛情に飢えていたのでしょうね。私や父上にずっと甘えていましたから」
「そうですか……」
「もっとも、抜け道や厨房へ忍び込む方法を教えたのは他ならぬ私なんですけどね。
 先日ミルドラッドの抜け道を通りました。壁を蹴破るとはあの子も成長しましたね」
「……そうですか」
 こいつ、変だ。
 引きつった笑みを浮かべながら、少年はあいまいにうなずいた。
「質問はそれだけですか?」
「え、はい」
 少年がうなずくと若い神官は床に座る。正座とも違い、あぐらをかき、最後には碧の瞳を閉じる。
 会話が打ち切られること数分。
「あの」
「はい?」
「何……やってるんですか?」
 そうとしか聞きようがなかった。気を抜けばすぐにでも眠りの世界へ引き込まれそうなその姿は、神官と呼ぶよりも何か別のものをほうふつとさせたから。
「堅い言葉は抜きだと言ったでしょう? そんなにかしこまらないでください」
 じゃあアンタはどうなんだ。
「私はこれが地だからいいんです」
 ショウが問いを口にするよりも早く、アルベルトが答えを返す。
 こいつ、一体何者なんだ。そらおそろしいものを感じたその時。
「私はどこにでもいる普通の神官です。会話の流れを注意深く聞いていれば、次に問われるものなど安易に予想できます。
 何をやっているかと聞いていましたね。瞑想(めいそう)です」
「メイソウ?」
「修行の一つです。目を閉じてこれまでの自分の立ち振る舞いを振り返るんです。
 夜もふけてきましたね。私のことは気にせず休んでください」
 そう返されても、目の前でこんなことをされていては休もうにも休めるはずがなく。
 今頃、少女達は仲良く語りあかしているのだろう。こんなことならむこうに行けばよかった。相部屋は間違いだったかもしれない。
 ちらと視線を送ると、神官は相変わらず床に座ったまま瞳を閉じている。することもないので男にならい、少年も瞑想にふけることにした。
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