Part,79
「そんなこと言ったんですか」
青年の言葉に、ユリは目をまるくした。
「ここから先は二人で進みたいってさ」
「なんだか少しさびしいですね」
ユリの言葉に、青藍(セイラン)は大いに賛同する。
「元々しっかりしてたけど、別のものが加わったような感じだな、あれは」
そうさせたのは焦げ茶色の髪の少女のたまものなのだろう。そしてその少女もまた、大きく羽ばたこうとしている。
「わたしも弟離れしないといけないんでしょうね」
かつて自分の後を追っていた子供はもういない。今いるのはしっかりと前を見据えた少年のみだ。
「それを言うならおれもだろうな」
そう言うと、二人苦笑する。
時は少しずつ、けれども確実に流れていく。
あの頃の二人はもういない。弱々しかった少女は凛とした女性に、憎むことでしか生きることができなかった少年は、全てを受け入れて先に進もうとしている。
「でもさ、ただ見送るってのも味気ないよな」
彼の意味ありげな発言にユリは首をかしげる。
「兄と姉としては二人の門出を祝ってあげたいだろ?」
そう言うと、青年はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後。
「本当にお世話になりました」
二人に頭を下げる少女と。
「…………」
絶句する少年がいた。
「ここから先は海だからな。海路を進んだ方が早いんだ」
「セイってなんでも知ってるんだ」
「まぁね。これでも色々旅してきたから」
他愛もない会話を交わす二人の横で少年だけが無言だ。
場所はフルーツルーレから少し離れた位置にある港。まりいが船のチケットを受け取る間も、口を開くどころかまばたき一つすらしようとしない。
「ショウ、どうしたの?」
姉の言葉に弟は慌ててかぶりをふる。
「……別の道を行かないか?」
「どうして?」
まりいの単純な問いかけに、ショウは声を詰まらせる。
「何かいけない理由があるの?」
「…………」
理由を言おうにも公衆の面前で言えるはずもなく。恨みがましく少年が視線を向ければ、そこには笑みを浮かべた兄の姿があった。
「時間がないんだろ? だったら四の五の言わずに行ってこいよ。それともおれ達の好意を無にするつもり?」
茶目っ気のある、だが確かな意思のある瞳で言われれば返す言葉もなく。
しばらくの沈黙の後、ショウは首を縦にふった。
「二人はこれからどうするつもりなの?」
「本当はレイノアにもどるつもりだったんですけど」
まりいの声にユリは隣をかえりみる。そこには、
「いや、その……」
決まり悪そうに鼻の頭をかく青藍に、まりいとショウは顔を見合わせる。
「わたし達、結婚することにしたんです」
さらりと言ってのけたユリに、年少組は目をむいた。
「正確にはシーツァンで一緒に暮らすことからはじまるんだけどな」
「結果的には同じことでしょう?」
珍しく顔を赤らめながら、けれども嬉しそうに話す二人を前に、残る二人はただただ唖然とするしかない。
全てを理解したのはしばらくしてのこと。
「おめでとう」
まりいの声に、ユリはやわらかな笑みを浮かべた。
「今までありがとう」
ショウの声に、青藍は頭を撫でる。
やがて乗組員が乗船の合図を送る。
「それじゃあ……」
どんな時でも別れは必ずやってくる。それは何時いかなる時も変わらない。
ふいに、青藍とユリは二人の目前に立った。
『彼の者に幸福を』
それはありふれた言葉。
『彼の者に祝福を』
だけど、かけがえのない言葉。
『彼の者に――願いを』
そして、大切な者の言葉。
「行ってらっしゃい」
まりいを抱きしめ、ユリがつぶやく。
「啖呵(たんか)きったからにはちゃんとやりとげてこいよ」
優しい笑みを浮かべ、青藍が告げる。
少年と少女は顔を見合わせてうなずくと、二人に言った。
『行ってきます』
こうして二人は旅立った。