SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,67  

 アスラザが旅立って四年の月日が流れた。
「ショウはいるか?」
 赤毛の男が民家を訪れる。そこには栗色の髪を束ねた少女がいた。
「お久しぶりです。ギルドおじ様」
 少女の視線は穏やかで、彼女の足元には猫がいる。
「ユリちゃんもすっかり大きくなったな。見違えたよ」
 ユリ・アステム。十三歳。
 彼女の母親は、先日病気でこの世を去った。それ以来、村はずれの一軒屋は彼女によって管理されている。
「ティノアさんのことは残念だったな。俺もなんていったらいいか。でも……いいのか? もし嫌なら――」
 ギルドの言葉をさえぎるように、ユリは首を横にふる。
「弟が決めたことです。わたしが口を挟むことはできませんから」
 微笑む姿はとても十三歳のそれには見えない。
 まったく。俺の友人達はとんでもない奴らばかりだ。こんなにいい子達を残して姿をくらましちまうなんて。
 内心で大きなため息をつくと、ギルドは室内に視線をめぐらせる。
「それで、ショウは?」
「弟なら、あそこにいると思います。ねえ、ステア」
 彼女につられるかのように、猫がなく。
 少女の視線の先には丘があった。


「ぼく、行くよ」
 村はずれの丘で、彼はたたずんでいた。
 ショウ・アステム。十歳。栗色の髪を持つ少年である。
 空はとても青かった。
 父親と一緒に稽古(けいこ)にはげんでいた丘。目の前には少年の母親の名が刻まれた墓標がある。父親と同じ場所にいられるようにと村の住人が配慮してのことだった。
「お母さんは、そこでお姉ちゃんを見守っていて」
 そう言うと、ぎゅっと目をつぶる。言葉とは裏腹に、心の中は父親のことばかり考えていた。

『友達の大切な人を捜してくる』そう言ったよね。
 大切な人なんて、親以外いないのに。人を探しに行って、自分がいなくなったら意味ないじゃないか。
 お母さん死んだんだよ? 看取ってもやれないのか?
 何かを代償とするのなら、出会いなんていらない。

 ザアッ。
 丘の上を、一陣の風が流れる。
 とっさのことに、少年は目を覆う。それくらい強いものだった。
 どれくらいそうしていただろう。目を開けると、そこには一人の男がいた。
 漆黒の髪に、同じ色の瞳。黒の服を身にまとい丘の上にたたずんでいる。
「何をしているんだ?」
 それは、静かな声色だった。
「別れをいいにきたんだ」
「そう、か」
「おじさんは?」
「友人を尋ねにきた。でも、あいつはもういない」
 そう言って墓の前で祈りをささげる。それにならい少年も目を閉じた。
「前に、お父さんの友達が言ってたそうです。何かあったら風に祈りなさいって」
 いいことも、悪いことも全部、風に流れて飛んでいくからって。
 いいことはとどめて置けるように。悪いことや悲しいことは早く運んでもらえるように。
「お母さんは言ってました。『誰も恨んじゃいけない。みんな自分の意思で旅立ったのだから』って」
「それで君は、納得できたのか?」
 男の問いかけに少年は目を閉じたまま応える。
「理解はしました。でもそれとこれとは別です」
 納得などできるものか。一人の人間のために、どうして家族がばらばらにならなければならない。
「これから出かけるのかい?」
 男の問いに少年はうなずく。
「リネドラルドに行く。騎士団に入って、ギルドおじさんにきたえてもらう」
「なんのために?」
「お父さんを……アンタを捜すためだよ。ベネリウス」
 漆黒の瞳を見据え、ショウは言った。
 無言のまま、時は流れる。
「君にはすまないことをしたな」
 少年の瞳を見つめ、男は、ベネリウスは言った。
 目の前にいる青年は、少年がかつて記憶球を通して見たときのものと、なんの変わりもなかった。漆黒の髪に漆黒の瞳。父親の友人であれば、それなりの年齢ではあるはずなのに、外見上の変化はほとんど見受けられない。いや、もしかすると――
「もう、おそいよ」
 だが少年にとってそんなことは関係なかった。
「アンタのせいでお父さんはいなくなったんだ」
「……知ってる」
「知るもんか!」
 そう叫ぶと男の胸を叩く。
 それは感情の渦だった。
「お父さんを待ちながらお母さんは死んだんだぞ! アンタをさがしにいかなければお姉ちゃんは泣かなかった」
 感情を拳にのせ、ショウはベネリウスの胸を叩く。男は抵抗することもなく、叩かれるがままになっている。
「アンタがいなければ……っ!」
 まるで、少年の感情を全て受け入れようとするように。まるで、全ての痛みに絶えようとするように。
「みんな、ばらばらにならずにすんだのに」
 とん。
 最後の拳は、とても弱々しいものだった。
「お父さん、帰ってこないんだ。周りの人は死んじゃったんだってあきらめてる」
 そこから先は声にならなかった。つつ、と頬をすべる熱いもの。
「教えてよ。どうしてアンタはいなくなったんだ」
 いなくならなければ、父親も捜しにいくことはなかったのに。
「……外を見たかった」
 ふいに声が漏れる。
「娘に、――に、外の世界を見せたかった」
 それはつぶやきだった。
「悪かったな」
 熱いものをぬぐおうとせずに顔をあげる。
 なぜそんな顔をするのだろう。目の前の男は全ての元凶のはずなのに。
 なぜそんな奴に、自分はすがって泣いているのだろう。父親が死んだなんて、信じるはずがないのに――

 感情のよりどころがないのなら、俺を恨むといい。
 それで君の心がはれるのなら、俺は喜んで仇になろう。

「ショウ」
 自分を呼ぶ声に、少年は顔をあげた。
 そこには誰もいない。見慣れた丘と、風が吹いているのみ。
 あれはなんだったのだろう。つかの間の幻? それとも――
「別れはすんだか?」
 そこにはもう一人の父親の友人が、ギルドがいた。
「はい」
 目元をぬぐい、顔をあげる。そこには今までの弱々しい表情など、みじんのかけらもない。
 これがぼくの決めた道。ぼくは――
「俺は、あなたについていきます」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

《だから、君は旅立ったんだよね》
 ふいに声が聞こえた。
《だから君は、彼女のことを想えないんだよね》
 突き放したような、淡々とした声。少年はそれに聞き覚えがあった。
「ち……がう」
《違わないよ》
 それはかつて、白の洞窟で聞いたもの。
《もうわかっているんだろう? 彼女が、シーナ・アルテシアがフロンティアに連なるものだということに》
「違う!」
 声に、ショウは声を荒げる。
《彼女が、ベネリウスの娘だということに》
 声は静かに、だが確実に少年の心をゆさぶった。
《だから利用したんだろ? 彼女についていけば父親の仇に逢えるからね》
「違うんだ!」
「だったらなぜ、彼女に本当のことを伝えない?」
 肉声とともに、一人の影が姿を見せる。
 現れたのは陽の色の髪の少年。
「機会はいくらでもあったんだろう? 君は人間にしては賢い。すぐにとは言わなくても、わかっていたんじゃないのか?」
「それは――」
 答えることができず、ショウは唇をかんだ。
「僕が代わりに言ってあげるよ」
 栗色の髪の少年のかたわらで、陽の色の――緋色の髪の少年は言葉を紡ぐ。
「怖かったんだろ? 認めることが。あの子は何も知らないからね。そして、君にも似ているから」
 違うと声を荒げることができたなら、どんなによかったのだろう。
「どちらかと言えば、僕に近いものだと思ってたんだけど。
 そこまでしてフロンティアに近づきたいんだ。人間ってつくづく欲深いんだね」
 ショウは、少年のなされるがままになっていた。それは彼の言動が的を射ていることをさしていた。
 はじめはフロンティアを探すことが目的だった。焦げ茶色の髪の少女と出会ったのも偶然のなりゆきだった。それが少しずつ、だが確実に変わってしまったのだ。
 いつからだったのだろう。少女に疑問を抱くようになったのは。いつからだったのだろう。少女に、これまでとは違う感情をおぼえるようになったのは。その感情の呼び名を、少年は知らない。
「違うなら違うって言えばいいじゃないか。そんなこともできないのかい? これじゃあ、どうしてあの人が地上に降りたのかわからない」
「……お前は一体、誰なんだ?」
 言葉を見つけられず、目前に問いかける。少年を見つめるのは空色の瞳。ショウの記憶には、彼のことなどこれっぽっちもない。
「人にものを尋ねるときは自分の名前から――といいたいところだけど、生憎、僕は君のことを知ってるんだ。ショウ・アステム」
「どうしてこんなものを見せる」
 うめくようにつぶやくと、少年は肩をすくめる。
「試練といいたいところだけど、私情も入ってる。可愛い兄弟達を危険な場所におくるんだ。安心できる奴にしか任せられない」
「その試練とやらに、俺は合格できたのか?」
 ショウの質問に、少年は笑みを浮かべた。
「僕としては不合格と言いたいところだけど、あの子達が何度も君の名を呼ぶからね。かろうじてというところ」
 あの子とは一体誰なのか。口を開こうとしたその時、
『ショウ!』
 自分を呼ぶ声に、栗色の髪の少年は視線をやった。そこに誰かがいるわけではない。だが耳に届いたものは、間違いなく彼が望んでいたものだった。
 どうやら声は緋色の髪の少年にも届いたらしい。苦笑すると、彼はショウに口を開いた。
「あの子の代わりに聞いてあげるよ。君の願いは何?」
 フロンティアを探すことと、これまでのように即答することはできなかった。
 自分の気持ちに気づいてしまったから。それは、英雄を捜すこと、ましてやアルテシア姫を捜すことでもない。
「俺の願いは――」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 目を開けると、そこはベッドの上だった。
「夢……」
 それにしては、すべてがあまりにもできすぎている。遠い昔の思い出したくないことまで見せられてしまった。
 漆黒の髪の青年も、緋色の髪の少年もいない。当然だ。全ては夢の中の出来事なのだから。これが試練だということだったのだろうか。
 上半身を起こし、辺りを見回す。そこには焦げ茶色の髪の少女がいた。どうやらずっと付き添っていたらしい。椅子に座り、上半身をベットに預け安らかな寝息をたてている。そのかたわらでは、鳥がむかれた果物をついばんでいた。
 もしかすると、夢の中で呼びかけていた声はこいつだったんだろうか。
「シーナ」
 名前を唇にのせると、ショウはゆっくりと少女の髪に触れる。
 すぐに否定できなかったのは少年の言葉に嘘がなかったから。
 想いがどんなものかはわからない。だが自分は、目の前の少女を相棒だと思っているし、同時に――
「…………」
 しまっていたはずの遠い日の記憶。
 怖かったのは何を認めたくなかったからのか。
 相反する二つの思いを胸に、ショウは再び目を閉じた。
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