SkyHigh,FlyHigh!
Part,66
パチ、パチ、パチ……。
薪の残りは少ない。父親に寄りそい、ショウは猫を抱きしめていた。
「ごめんなさい」
どんなに言葉の引き出しをさぐっみても他に返す言葉も見つからず。さんざん悩んだ末、一番単純で意味のある謝罪の言葉をのべた。そんな息子の姿にアスラザは目をすがめる。
「まったくだ。さんざん心配かけて」
しゅんとうなだれるショウに、アスラザは言葉を連ねた。
「でもな。お前だってよくやったじゃないか。立派な騎士だったぞ?」
「……?」
「その猫。お前が体をはって守ったんだろう?」
言葉の意味がわからず小首をかしげる。父親の視線をなぞらえてみると、それは子供の抱きかかえているもの、猫に注がれていた。
「でも猫だよ。人間じゃないよ」
ショウの言葉にアスラザは首を横にふる。
「人だとか獣だとか、そんなものは関係ない。
大切なものを体をはって守る。それが騎士なんだよ」
父親の言葉を、息子は黙って聞いていた。と同時に、深く深くうなだれる。
「どうした?」
「お父さんってやっぱりすごいや」
今度は父親が小首をかしげる番だった。
力だけではない。目の前の男には全てを包み込む大きな力がある。
『お前の親父さんは間違いなく騎士だぞ。それもとびっきり上級のな』
彼の友人が口々に言っていた台詞は間違いではなかったのだ。
「その子、どうするつもりだ?」
「……つれてかえってもいい?」
おずおずと顔を向けると、アスラザは苦笑をもらす。
「ちゃんと相手の了解を得たらな。ただし、最後まで面倒みるんだぞ」
「それも『きし』のやくめなの?」
「騎士というよりも人として、男としての役目だな。きっかけがどうであれ、その存在が気になるのならとことん付き合ってやれ」
父親の言葉の意味はわからなかったが、少年は漠然と理解した。
「おまえの名前、ステアでいい?」
猫に問いかけると、猫は――ステアは『ミィ』と体をすりよせてくる。
「気に入ったみたいだな」
アスラザの声に満足気にうなずくと、ショウはステアを撫でる。
ちらと目をむけるとアスラザは斧を磨いていた。子供と同じくらいの背丈の大きな斧。それを使って自分を助けてくれたのかと思うと、子供ながらに感慨深いものがある。
撫でるのをやめると、ショウは父親に疑問をぶつけた。
「お父さん、どうして『きし』をやめたの?」
それは何度となく交わされた会話。
あまりにも不自然だった。父親の友人達が口にそろえて賞賛しているのにもかかわらず、なぜアスラザは騎士をやめてしまったのか。
黒い瞳に、今までとは別の色が灯る。火に新しい牧をくべながら、アスラザはとつとつと語りだした。
「翼を持つ英雄のことは知ってるか?」
「つばさを持つえいゆう?」
「そう。それがこれから捜す手がかりなんだ」
父親の言葉に、ショウは記憶の糸をたどる。
『地と風と空を愛した鳥の化身。 彼の者、名をベネリウス。黒い翼を持つ英雄なり』確か、リネドラルドでそう謳(うた)われていた。
「えいゆうってすごいんだよね。なんでもできるんでしょ?」
勇気があって優しくて、強くてお父さんみたいで。
「そうだな。だからあいつはここからいなくなった。きっと優しすぎたんだな」
父親の言葉は子供には理解することができず。ショウは頭をひねって考える。
優しいのなら、いなくなる必要はないのではないか。なんでもできるのなら、どうしていなくなってしまったのか。
「都会はきっと合わなかったんだな。父さんと一緒さ」
「ちがう! お父さんはそんなんじゃない!」
苦笑するアスラザにショウは眉をつり上げた。
「わかってる。だから父さんもこうしていられるんだ。お前やお姉ちゃん、母さんがいるからな」
自分のことを純粋に慕ってくれる子供達や愛する者がそばにいるのだ。それさえあればどんな場所にいようともかまわない。
「……すぐ帰ってくる?」
自分によりかかり、弱々しく問いかける子供にアスラザは首を横にふった。
「わからない」
途端に、再び子供の感情が爆発する。
「なんでそんなこと、お父さんがしなきゃいけないんだ! そんなこと、王さまがすればいいじゃないか!」
どうして父親を奪っていこうとするのだろう。偉いのなら、なんでもできるのなら自分でやればいいではないか。
子供ならではの理屈にアスラザは苦笑する。無理もない。ショウはまだまだ文字通り子供なのだから。
「あいつもやれることなら自分でやってるさ。でもな、偉くなれば偉くなるほどそいつは身動きがとれなくなるんだ。だから友達の父さんに頼んだんだ」
父親の言葉は、幼い子供には理解できない。
「陛下――レインおじさんだってな、本当は自分で人を捜したいんだ。自分の身内がいなくなって悲しまない人間はいないからな」
「それって『えいゆう』のこと?」
「正確には彼と一緒に旅立った妹姫のことだがな」
「王さまに妹がいるの?」
「お后様に妹がいるんだ」
子供にはますます意味がわからない。『そのうちわかるようになるさ』とアスラザは息子の頭の上に手を置いた。
「もし、お姉ちゃんがいなくなったらお前はどうする?」
「さがしにいく。お姉ちゃんいなくなったらやだもん」
見上げる瞳を満足そうに見つめると、アスラザは寂しげに語る。
「大切な人がいなくなったら誰だってすぐに捜しに行きたい。でも王さまはそれができないんだ」
「どうして?」
「王さまには守る人がたくさんいるから」
父親にならい、視線を自分の膝の上におく。山猫はショウの膝の上で丸くなって眠っていた。
「ショウがその猫を守ったように、王さまもたくさんのものを守らなきゃいけないんだ。でも王さまは一人しかいない」
「だから、お父さんが探しに行くの?」
「困っていたら助けてあげるのが友達だろう?」
そう言っていたずらっぽい笑みを浮かべる父親に、ショウも笑みを浮かべる。
子供にとって父親は大きな存在で。いなくなるのはとても嫌だった。でも大切な人を捜さなければいけないのなら、もう一度だけ笑顔で送り出そう。それは、子供ながらの健気な決断だった。
「ほら。もう寝る時間だ。お前も寝なさい」
「そのまえに、もう一つだけおしえて」
眠ってしまった猫を体から離し、父親を見つめる。
「今度は何だ?」
「『くろいつばさをもつえいゆう』のこと。……えいゆうも、お父さんの知りあいなの?」
ショウの問いかけに、アスラザはうなずく。
「漆黒の髪と目を持つ男のことだよ。全身黒ずくめだったからな。いつの間にかそう呼ばれるようになってたんだ」
その言葉に、ショウは少し前のことを思い浮かべる。記憶の中にあるのは一つの記憶球。今よりも歳若い父親と友人達、その端にたたずんでいた優しい笑顔。
「トキサ・ベネリウス。父さんとギルド、レインの親友だ」
ならば、どうして寂しそうに語るのか。
リネドラルドの時と同じ表情を浮かべる父親にショウは言葉をかけることができなかった。
「お父さん」
代わりに唇から紡がれたのは静かな決意。
「……ぼく、大きくなったら運び屋になる。お父さんの仕事を手つだう」
それは子供の静かな、でも確かな決意だった。
「騎士にならなくていいのか?」
「いいよ」
父親の問いにしっかりとうなずく。騎士はいつだって自分のそばにいるから。だから自分も、目の前の男のような人になりたい。大切なものを守れるような人になりたい。
「それは楽しみだな。それまで母さんとお姉ちゃんを頼むぞ」
「うん!」
父親の大きな手の下で、ショウは満面の笑みを浮かべた。
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