SkyHigh,FlyHigh!
Part,65
帰り道、親子はずっと無言だった。
「長居してしまったな」
正確には子供のほうが親の話を聞いていなかったのだ。
「都会はどうだった? 珍しいものばかりだっただろ」
「…………」
一言も口をきこうとしない息子にアスラザはため息をつく。城を出てからずっとこの調子なのだ。理由は、まあわからないでもないが。
他の話をしようにも、とりたてて話題もなく。結局無言のまま王都を離れる。
リネドラルドからレイノアまでの道のりは長い。当然一日で故郷にたどりつけるはずもなく、二人は野宿をすることとなった。
パチ、パチ、パチ。
牧に火をくべる。アスラザが準備をしている時も、子供はただ黙って炎を見つめていた。
「お父さん」
ふいにショウが口を開く。
「今度はいつ帰ってくるの?」
やはり原因はそれだったか。
胸中で大きなため息をつくと、アスラザはショウの黒い瞳を見つめて言った。
「わからない」
「どういうこと?」
「言葉どおりだ。何日か、何ヶ月か。もしかしたら何年かかるかもわからないな」
パチ、パチ、パチ。
二人の間を流れる空気を気にすることなく火は燃え続ける。
「お父さんはぼくたちのことはどうでもいいんだ」
静寂を破ったのはショウのつぶやきだった。
「そんなことは言ってないだろ」
「いってるよ!」
パチ……ッ。
新しい牧が音をたててわれる。だがそんなこと、子供にとってはどうでもよかった。
「王さまなんか、『えいゆう』なんかいなくなっちゃえばいいんだ!」
パシッ。
辺りに再び静寂がやどる。
頬が熱いのは父親に手をあげられたからだと気づくまで、さほど時間はかからなかった。
「陛下に無礼だぞ」
父親の表情はかたく険しい。だが息子も黙ってはいられなかった。
「王さまって一番えらいんでしょ? だったら自分でさがせばいいんだ」
「陛下にだって立場というものがあるんだ。わかってやってくれ」
そう言われても幼い子供にはわかるはずもなく。
「お父さんなんか大っきらいだ!」
肩を震わせながら叫ぶと、父親の静止の声に耳をかすこともなくショウは走り去った。
運び屋という職業は、文字通り様々なものを運ぶ仕事だ。簡単な郵便物もあれば、要人の貴重な品を運ぶことだってある。したがって腕がたたなければなりたたないし、期日も品によって幅がある。
アスラザ・アステムは騎士をしていたこともあり、腕利きの運び屋だった。腕がたてばたつほど噂は広まり、重要な仕事を任される。それに比例するかのように家に帰ってくることも少なくなる。
これまでショウは、父親の仕事を誇らしいと思う反面、一抹の寂しさを感じていた。
だがそれは父親が立派だからだと自分を納得させていた。しかし、今回は違う。父親と王とのやりとりの詳細はわからないまでも、内容は漠然と理解できた。
王から正式な依頼を受けたアスラザ。任を終えるまで、きっと彼は――戻ってこない。
「お父さんなんかきらいだ」
赤くなった目をこすりながら、ショウは森を歩く。
どうしてすぐにいなくなってしまうんだろう。周りは当たり前のように両親に囲まれているのに。
『ユリちゃんとショウは偉いね。お父さんの言いつけが守れるんだから』
『うちの子供もあなた達くらいしっかりしていればねぇ』
つぶやく大人達にむかい、子供はいつも笑みを返していた。だが、そう言った大人達は楽しそうに自分の子供と笑っているのだ。
高いものを買って欲しいわけでもどこかに連れて行ってほしいわけでもない。一緒にいてほしい。そう願うことがそんなにもいけないことなのか。
「……?」
ふと、辺りを見回す。そこには闇が広がっていた。
夜になっているため、灯りはまったくない。聞こえてくるのは木々とそれらがこすれる音。他には獣の鳴き声のみ。
「……ここ、どこ?」
道に迷った。
そう気づいた時にはもう遅い。
ホウ、ホウ、ホウ。
鳥の鳴き声が森に響く。
恐怖で奥歯ががちがちとなるのを必死にくい止め、地に落ちていた木の棒を拾う。力を入れれば折れてしまいそうだがないよりはましだ。
ガサガサッ。
「なっなに!?」
棒を両手で握りしめ、闇の中で目をこらす。
だが、草場から出てきたのは小さな猫だった。
山猫だろうか。毛を逆立て、威嚇(いかく)するように子供をにらみつけている。肩の力を抜くと、ショウは手を差し出した。
「だいじょうぶ。なにもしないから」
獣であろうと一人で歩くよりはずっとました。腰をかがめると、ショウは猫に呼びかける。
「ぼく、道にまよったんだ。いっしょにきてよ」
強張った表情から笑みの形をつくり、少しずつ距離を縮めていく。彼の熱意が伝わったのか、はじめは毛を逆立てていた猫も次第に肩の力を抜いていく。
「ほら、こわくないでしょ?」
首元をなでると、子猫は嬉しそうにのどをふるわせる。その様子を見て笑みをもらした後、ショウはぽつりとつぶやいた。
「おまえ、お父さんいる? ぼくは……いるよ」
つぶやかれた声はひどく弱々しい。手を止めた少年を子猫は不思議そうに見上げる。
「お父さん、ぼくたちのことどうでもいいのかな」
それは、子供がずっと胸のうちにためていた思い。もしかすると父親は自分よりも仕事の方が大事なのではないか。大事だから、あんなことが平気で言えるのではないか。
自分のことをどうでもいいと思っているから、どれだけ会えなくても平気なのではないか。
ガサガサッ。
ふいに、先ほどよりも数倍大きな音が――先ほどよりも、数倍大きな動物が姿を現す。
現れたものは獣だった。
山猫とは数倍以上も違う体格。口からは犬歯がのぞいている。現れた獣、それはたとえるならば野犬――狼だった。
「グルル……」
一歩ずつ。だがゆっくりと獣は距離をつめてくる。
「おまえはここにいるんだ」
猫を茂みにかくすとショウは木の棒を握りしめる。
「やああああっ!」
かけ声をあげ、獣に飛びかかる。
だがそれは一瞬のこと。獣の爪に、ショウは横なぎに倒れる。
父親との稽古とはまったく違う感覚に、子供は体をくの字に折ることしかできない。
もうダメだ。やられてしまう!
その時だ。
「ミィ……」
弱々しい声に顔を上げる。そこには少し前に隠したはずの山猫の姿があった。
「きちゃだめだ!」
顔を上げて、ショウは必死にさけんだ。だが猫は遠ざかるどころかむしろ近づいてくる。頼みの綱の木の棒も遠くに飛ばされてしまった。視線をめぐらせば、反対の方角からは獣も近づいてくる。
着々と歩みを進める獣を前に、ショウは両手を広げた。まるで体中を使って獣の行方をさえぎるかのように。
猫も守れなくて、どうしてお父さんみたいになれるんだ。
こいつはぼくが守るんだ……!
「……っ!」
最悪の事態を脳裏に浮かべながら、ショウはぎゅっと目をつぶった。
「ショウっ!」
男の声が聞こえたのはそんな時。
目を開けると、そこには斧を手にしたアスラザの姿があった。
「おまえはそこで見ているんだ」
父親の声に、ショウはこくこくとうなずき猫を抱きしめる。
斧をかまえ、かけ声とともに獣に向かって飛びかかる。子供のそれとは違い、父親のそれは、力強く無駄のないものだった。
獣は咆哮をあげ、アスラザに牙を向ける。だが全てを熟知しているかのように彼はそれを斧で受け止め、時には交わしていく。その様を子供は瞬きをすることもなく一連の動作を見ていた。
――すごい。
そうとしか言いようがなかった。
重い斧を軽々と振り回し、獣に確実に傷を負わせていく。その姿は、ショウには物語に詠(うた)われるどんな騎士よりも――雄雄しいものに見えた。
全てが終わったのはそれからしばらくしてからのこと。
「よく頑張ったな」
頭上にアスラザのごつごつとした大きな手がかぶさる。
父親にすがり、ショウは声をあげて泣いた。
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