SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,64  

「これは記憶球(きおくきゅう)と言うんだよ。坊や」
 店主の説明に、ショウはおうむがえしにつぶやく。
「きおくきゅう?」
「手にのせて、『光、在れ』とつぶやいでごらん」
 何の飾り気もなく、掌におさまるくらいの球に一体何の意味があるのだろう。
「『ひかり、あれ』?」
 ポウッ。
 球から光があふれ、子供の目の前に映像が映しだされる。そこにあったのは一人の若者の姿。黒の――漆黒の髪に同じ色の瞳。歳の頃なら二十歳半ばの見目麗しい青年は、自らの容姿と同じ黒の鎧とマントに身を包み、まっすぐに前を見つめている。
「大切な場面を一つだけ、当時のまま映像として込められる代物さ。記念に――」
「このおじさん、だれ?」
 主人の声をさえぎり、子供は問いかける。
「坊や、ベネリウスを知らないのかい?」
 今度は首を横にふる子供に、店主は声高らかに語り始めた。
「この国の英雄さ。

 世界が闇に覆われた時、一人の若者が颯爽(さっそう)と姿を現した。彼は闇を消し、平和をもたらすため神々が地上へ遣わした一羽の鳥。
 闇をなぎ払ったのは彼の一太刀。若者が剣をふるうと、闇はたちどころに消え去ったという。
 闇が消えた後、彼は地上に降り立った。この世界の行く末を見守るために。
 地と風と空を愛した鳥の化身。 彼の者、名をベネリウス。黒い翼を持つ英雄なり。

 どうだい。肩書きからしてかっこいいだろ。それよりもどうだい。記念に一つ買っていかないかい?」
「うん。ほし――」
「すみませんが用があるので次の機会に」
 主人に頭を下げると、まだものほしそうにしている息子の手をひいて、アスラザは店を後にした。
「そんなに街が珍しいか?」
 せわしなく首を動かす息子に父親は笑みをもらす。
「だってこんなに大きなところはじめてだもん!」
 大きな建物に大きな市場。聞こえてくるものは、生まれ故郷の倍はある。何よりもたくさんの人、人、人。
 カザルシア王都リネドラルド。ショウにとってそこは何もかもが別世界だった。
「お父さんってすごいね」
 父親の腕をひき、子供は賞賛の声をあげる。
「こんなにたくさんの人がいるのに、まいごにならなかったんだもん。すごいや」
 少年の天然気質はこの頃から形成されていた。
「すごいや。お父さんってほんとうに『きし』だったんだね」
 すごいの意味合いが、根本的な部分から間違っている。
 息子の目には、自分は一体どのようにうつっているのだろう。このままだと『きし』も大幅に誤解されているのかもしれない。
「疑ってたのか?」
「そうじゃないけど……」
 どもりながら視線をそらすショウにアスラザは相好をくずす。彼にとって一人息子であるショウは姉のユリと同様、もしくはそれ以上に可愛くて大切な存在だった。
 その息子は言葉を探そうとしきりに頭をひねっている。いい加減声をかけてあるべきだろう。そう思って口を開いたその時、
「お前の親父さんは間違いなく騎士だぞ。それもとびっきり上級のな」
 第三者の声にふりむく。そこには鎧に身を固めた赤毛の騎士がいた。
 しばし無言でにらみ合う。
 だがそれは、ほんの少しのこと。
「ギルドおじさん!」
 ショウが呼びかけると男は表情をくずし、親子に笑いかける。
「よぅ。アスラザ」
 ギルド・ライナード。ショウが『おじさん』と呼ぶ、アスラザの友人の一人だった。
「ちゃんとやってるみたいだな」
「冗談。なんで一番鎧の似合わない俺が団長なんかしなけりゃならないんだ」
 自分の頭上で会話をする二人に、子供は父親の服をひっぱる。
「お父さん、ギルドおじさんのかっこう……」
 期待と不安の入れ混じった顔。子供の表情に互いに目を合わせて笑うと、赤毛の男は――ギルドはにっと笑った。
「俺も騎士なんだ。それも現役のな」

 王都を隅から隅まで見るためにはそれなりの時間がかかる。
 ギルドの案内を受けめぼしい場所を回っただけでも日はとっぷりと暮れていた。
「子供の体力ってすごいな」
「確かに」
 出店や武器を売る商人、来たばかりの演芸一座。大人二人を連れまわしショウは街をたっぷりと堪能していた。だが、子供の好奇心はとどまることを知らず、もう遅いからとギルドの家に寄ってからもそれに変わりはない。
「明日は早印だぞ。もう眠ったらどうだ?」
「まだまだたくさん遊びたいんだもん。ねむれないよ」
 好奇心と同様、子供の体力は大人には計り知れぬものがあるらしい。目を輝かせるショウに、大人達はたがいに肩をすくめて苦笑した。
「そうだ。いいものを見せてやろう」
 そう言ってギルドが取り出したのは透明な球。
『そんなものまだ持ってたのか』苦笑する父親に、ショウはきょとんとした顔をする。それは少し前に店の中で見たものと全く同じ代物だった。
「ええと、『ひかり、あれ』?」
 ポウッ。
 球から光があふれ、子供の目の前に映像が映しだされる。そこにあったのは若かりし日の父親だった。
「ほら。ちゃんとアスラザがここにいるだろ」
 ギルドにうながされ、ショウは球にうつるものをじっと見つめる。栗色の髪に意思の強そうな黒の瞳。鎧に身を包み、まさしく騎士然としている。それはまさにショウが思い描いていた父親そのものだった。
「これ、ひとつしかないの?」
「他にもあるぞ。ほら」
 手渡されたたくさんの記憶球にショウは目を輝かせる。むさぼるように映像を見つめる子供に大人達は目を細めた。
「すごい! お父さんってほんとうに『きし』だったんだね」
 少し前とは意味合いの違う、だがより核心と賞賛をこめたもの言いにギルドは問いかける。
「親父さんのこと好きなのか?」
「うん! だってぼくのえいゆうだもん」
 それはショウの心情そのものだった。強くて頼りになって大好きで、大きな存在。アスラザはショウにとってそれそのものだったのだから。
「英雄か」
 だが、そう呼ばれた父親は寂しそうな表情を見せた。もっとも球を見ることに夢中になっていた子供は気づかれることもなかったが。
 やがて、ショウは映像の中からあるものを見つける。
「ねぇおじさん。この人は?」
 球に映るのは四人の若者。その三人はショウの知っている人々の在りし日の姿だった。
 アスラザに、レインにギルド。これまで見た鎧姿ではなく、全員が思い思いの格好をしている。だが一番端の一人だけはショウの見知らぬ人物だった。
 ……いや、違う。子供は彼に会っていた。店の中で、映像として。
 違って見えたのは表情が違っていたから。漆黒の髪に同じ色の瞳。青年は、自らの容姿と同じ黒の衣装に身を包み、優しげに笑っている。
「彼はトキサ。お父さんとレイン、ギルドの親友さ」
 そう言った父親の顔は、ショウが今まで見てきた中で一番寂しそうなものだった。


 どうして父さんやギルドおじさんはさみしそうにわらっていたんだろう。
 ギルドの元を離れ、父親に連れられた部屋でショウはずっと考えていた。
「父さん。ここはどこなの?」
 だが考えても答えが出るはずもなく。ショウは別の質問を父親にした。
「謁見の間だ」
「えっけん?」
「もうすぐ王様がここに来るんだよ」
「王さまってこの国で一番えらいひとなんでしょ? そんなすごい人にあえるの?」
 半ば興奮気味に問いかけるショウに、アスラザは目を合わせることなく答える。
「ああ。そして、一番身動きのとれない人だな」
「どういうこと?」
 会話はしばし打ち切られる。なぜなら辺りが騒がしくなったからだ。
 聞こえてくるのは衣擦れの音。それと共に現れたのは――
「……レインおじさん?」
 栗色の髪に青の瞳。
 身につけている服は違えど、親子の目の前にたたずむ人物は、ショウのよく知る人物だった。
「お久しぶりです。陛下」
「わざわざ呼びつけてすまなかった。きちんとした形式をとらないといけなかったものでな」
「それが普通です。むしろそれをやらない貴方(あなた)が悪い」
 互いに会話を交わし、ふと押し黙る。視線をやると、そこには目を白黒させたショウの姿があった。無理もない。ショウはまだ六歳の子供なのだ。苦笑すると、アスラザは息子の肩をたたく。
「お前にはまだ言ってなかったな。この方は――」
「いや。私に言わせてくれ」
 アスラザの言葉をさえぎると、彼はショウと視線を合わせる。
「私の名はレインハルト・トゥエル・イグリスト・カザルシア。この国の、カザルシアの王だ。
 遠いところから父親と共によく来てくれた。王として、父親の友人として礼を言う……ショウ?」
 全く反応のない子供に眉を寄せる。そこには何を言うこともなく、目を見開いたショウの姿があった。
「言ってなかったのか? 私のこと」
「言うわけないだろう。一国の王がお忍びで何度も辺境の村に来るんじゃない」
「まぁな。びっくりしたか?」
 苦笑して頭をなでる父親の友人を、ショウは呆けた顔で見つめていた。
「王さまって、この国でいちばんえらい人なんでしょ?」
「まぁな」
「すごいや! お父さんのともだちってみんなすごい人なんだね」
 体全体を使って驚きと感動を示す子供を大人達は目を細めて見つめる。
「自己紹介をするためにわざわざ王都へ呼びつけたわけじゃないんだろう?」
 だがそれはほんの少しのこと。視線を息子から友人に向けると、レインは表情を改めた。
 それは、子供が今まで見た中でもっとも厳しく、もっとも真面目なもの。
「レインハルトとして申しつける。
 ベネリウスを――黒い翼を持つ英雄を、私の前に連れてきてくれ」
「それは友人として言っているのですか? それとも命令なのですか?」
 それに対する子供の父親も同じ表情をしていた。
「両方だ」
 見つめあうこと数分。
「アスラザ・アステム。その任、確かにうけたまわりました」
 そう言うと、彼は礼の形をとるべく頭をたれる。
「……お父さん、仕事に行くの?」
 ショウの声に、アスラザは首を縦にふる。
「ああ。今度は長くなるな」
「ショウもすまないな。また離れ離れにさせてしまって」
 いつもと同じ表情で父親と友人が言う。
 だが、ショウに彼らの言葉は聞こえなかった。
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