SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,47  

 どんな時でも必ず朝はやってくる。
 前の日がどんなに土砂降りでも晴れていてもおかまいなし。
 まりいには、それが嬉しいような、悲しいような、そんな気がしていた。

「シーナ」
 宿の一室で、ショウはドアを叩いた。
 返事は返ってこない。
「いるのか?」
 もう一度叩くも返事はない。
 二回、三回。回数を増やし叩く音を大きくしても、やはり返事はない。
 舌打ちをすると、少年はドアを開けて勝手に中に入ることにした。
 部屋の中、ベッドは二つ。一つは空でもう一つは毛布の山ができている。
 俺にどうしろってんだ。
 いつかと同じ思いがショウの頭をよぎる。嘆息すると、彼は毛布の山に呼びかける。
「なあ、もう五日たつぞ」
 返事はない。
「完全回復しろとは言わない。けどいい加減、部屋から出てきてもいいんじゃないか?」
 やはり返事はない。
「前に言ったよな。遊び半分で着いてこられても困るって」
 毛布の山が少しだけ動く。
 だが、あくまで動いただけ。山の中からは何も姿を現さない。
 元々ショウは短気な方ではないが、ここまで意固地になられるといい加減腹もたってくる。
 無言で近づくと、少年は毛布を強引にはぎとる。
「っ!」
 抵抗の声と共に毛布の中の正体が姿を現す。
(だから俺にどうしろってんだ)
 少女の顔を見て、ショウはもう一度心の中で毒づく。少女の目は赤くはれあがっていた。
 まりいの目が赤い理由。それはこれまでの経緯を考えればすぐにわかる。わかるのだが、こればかりはどうしようもない。
 だからといって、そのままにしておくわけにもいかず。肩をすくめると、ショウはまりいに向かって言った。
「いつまでそこにいるつもり?」
「……わからない」
 視線を床にむけて、まりいはつぶやく。
 腫れあがった目に乱れた服。焦げ茶色の髪はまとめられておらずぐしゃぐしゃだ。
「行くぞ」
「え? でも――」
「姉貴とセイなら出かけてる。外に出ても大丈夫だろ」
 まりいの抗議の声もよそに、少年は半ば強引に少女の手をひく。
「まだ着替えてない!」
 部屋から連れ出そうとしたその時。まりいの声にショウは一度だけ振り返る。
 少女が身につけている服。それは薄い布の上着にズボン。有体に言えば、パジャマだった。
「髪もぼさぼさだし、その……」
「……確かにすごい顔だな」
 そうつぶやいた少年の顔に、容赦なく枕が投げつけられる。
「わかったなら出てって!」
 顔を赤くしてどなるまりいにショウはため息をついた。最もそれはいつもとは違うものであったが。 
「着替えたら出かける。早く仕度しろ」
 どこに、とまりいが問いかける暇もなく。少年は足早に部屋を出て行った。


「おや、そちらのお嬢ちゃんよくなったみたいだね」
 身支度をすませ、表に姿をみせると宿の主が顔をのぞかせる。
「おかげさまで」
 ちっともよくない!
 まりいはショウの足を思い切り蹴飛ばした。一度だけ顔をしかめるも、少年は普段と変わらぬ表情で宿の手続きをすませる。
「それだけ元気があれば大丈夫みたいだね」
「少し出かけてきます。連れが戻ってきたら夕方には帰ると伝えておいてください」
 一人憮然とした表情のまりいをよそに、まりいの目前ではやりとりがくりひろげられていく。手続きが終わると『いってらっしゃい』という主の声を背に受けながら、二人は宿を出た。
「どこに行くの?」
 馬車の中でまりいは少年に聞いた。
「少ししたら着く」
「だからどこに?」
「どこでもいいだろ」
 いつもと変わらない、むしろふてぶてしいとも思える口調にまりいはむっとした。
「いいから黙って――っ!」
 頭に衝撃をうけて少年は振り返る。振り返ると膝を抱え目をつぶる少女の姿があった。もっとも足元には投げつけたとおもわしき物体が転がっていたが。
 もしかしなくても性格が悪くなってないか? そんなことを考えつつショウは口を開く。
「ちゃんと着いたら教える。だから黙って……シーナ?」
 再度少女の姿を見て苦笑する。
 まりいはしっかり眠っていた。


「着いたぞ」
 ショウに声をかけられ、まりいは瞼をあけた。
 目前にあったものは丘。何の変哲もなく、風が吹くのみ。
「ここ、どこ?」
「いいから座れ」
 強引に肩をつかまれ、まりいはしぶしぶ馬車から外に出る。
 少年の言動の意図を読み取ろうとするも、表情からは何もはかりしることができない。
 一体彼は何をしたいのだろう。声をかけようとしたその時だった。
「ほら」
 目の前に紙袋を突きつけられ、まりいはおずおずと受け取る。広げてみると、中から甘い香りが広がった。
「この数日、ろくに食べてないだろ」
「そんなこと――」
「いいから食べろ」
 またもや強引に促され、まりいは袋の中身に口をつける。食べ物を口にしていなかったのは事実だった。
「これ、ショウが買ってきてくれたの?」
「…………」
 まりいの問いかけに返事することなく少年は黙々と袋の中身――焼き菓子を食べる。
『今と変わらない表情でケーキを黙々と食べてるんだよな。今度試してみなよ。きっとかじりつくぜ』
 ふいに青藍の言葉が頭をよぎる。
(やっぱり甘党だったんだ)
 口元だけで笑みを作ると丘の上で再び二人は黙々と食事をはじめた。
「ショウ」
 まりいが呼びかけると少年は焼き菓子を食べながら少女の方を向いた。
「ありがとう」
 ショウの方を向いてまりいは深々と頭を下げる。
「別に礼を言われるようなことはしてない」
「うん。でも……ありがとう」
 少年がいなければ、きっと宿の中でずっとふさぎこむところだった。
 彼がいなければ、きっと泣けなかった。
 ショウがいなければ、きっと――無理をしつづけていた。
「お茶、馬車の中だよね。とってくる」
 立ち上がると、まりいは服の汚れをはらう。
「ショウ、何かあったら話して。今度は私が力になるから!」
 距離が離れていたから少年の返事は聞こえない。片手を大きくふると、まりいは馬車の方へ向かった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 水筒は馬車の荷台の中にあった。
「よし、と」
 中身を確認し、腕の中に抱える。
 再びショウの元に足を運ぼうとしたその時だ。
 ヒュウッ。
 それは一陣の風だった。
 突然の突風に目をつぶる。目を開けるとそこにいたのは、
「……誰?」
「何事かと思ってきてみれば、こういうことか」
 そこにいたのは一人の少年。
「標(しるし)を見つけたんだ。思ったより早かったね」
 ショウよりも大人びているが青藍よりも歳若い。
 太陽の色をした髪に、この世界と同じ、空都(クート)の――空の瞳がまりいを見つめている。
「あなた、ドロボウ?」
「別に盗みにきたわけじゃないけど」
 軽く肩をすくめると、少年はまりいに手をのばす。彼の手がたどったものは少女の首筋にかけられていた物だった。
「第一関門は突破かな。それにしても地上にまだ残っていたなんてね」
 ペンダントに口付けると鎖を引きちぎる。あまりのことに、まりいはただ立ち尽くすしかない。
(どういうことなの!?)
 標とは何のことなのか。そもそもこの少年は何者なのか。
「……ナ!」
 聞きなれた声が耳にとどき、まりいは思考を元に戻した。
 まずは彼を呼ぼう。声をあげればきっと駆けつけてくれる――
「野暮な奴だな。せっかく会話を楽しもうとしているのに」
 だが、物事はたやすく運びはしなかった。舌打ちすると、少年はまりいを抱きすくめ耳元でささやいた。
「少し眠ってもらうよ。大丈夫。悪いようにはしないから」
 まりいが声をあげる間もなく、再び風が吹き荒れる。
 後に残されたのは、標を示す宝石のみ。
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