SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,48  

「シーナちゃんが行方不明!?」
 ショウの言葉に青藍(セイラン)は自分の耳を疑った。
 青年がまりいと別れたのは五日前。彼はユリと共に少女の元を離れていた。ショウの頼みもあったからだが、彼がいれば安心だということもわかっていたからだった。
 にもかかわらず、この事態。自分が目を離した隙に、一体何があったのか。何かの冗談ではないか。
 もう一度問いかけようとして、青年は口をつぐむ。そもそも目の前の少年は冗談を言う質ではない。そのことは何より自分がよく知っている。
「もう一度、詳しく話してくれないか?」
 再び問うと、ショウは首を縦にふった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 遅い。
 ショウが馬車へ戻ったのは、まりいがいなくなってから三十分後だった。
 馬車の中はそう広くはない。仮に探しているとしても遅すぎる。
「シーナ、いるのか?」
 少女の声を呼びながら、ショウは馬車に近づく。
 返事はない。入れ違いになってしまったのだろうか。
「シーナ?」
 もう一度名を呼び馬車をのぞく。そこには誰もいなかった。
 少女の変わりに地面に落ちていたのは青の宝石。なぜか銀色の鎖は引きちぎられている。
 その後、何度も少女の名前を呼び辺りを探した。だが姿はおろか、声すら彼の耳には届かない。
「……っ」
 この場所にはもういない。
 なぜか予感じみたものを感じ、少年は口をつぐんだ。

「俺のせいだ」
 ショウの声に普段のような覇気はない。
「悪気があって置いてきたわけじゃないんだろ? それに彼女だって冒険者だ。最低限のことはできるさ」
「でもあいつはこの世界のことを知らない」
 青藍の明るい声に、ショウは首を横にふって否定する。
 まりいは異世界の住人だ。慣れてきたとはいっても、旅、特に戦闘に対しては知らないことの方が多すぎる。
 しかも今回はただ道に迷ったとは考えにくい。かといって自分から姿をくらましたとも考えにくい。残る可能性は――
「この世界?」
 ショウの思考は青藍によってさえぎられた。
「世界って、ここ以外にあるのか?」
「それは……」
「あるんだな」
 いつもとは違う、青藍の真剣な眼差しに少年は視線をそらす。
「一体何を隠してる? 情報はできるだけ共有することが冒険者の鉄則だってことくらい、お前もわかってるだろ」
「それは――」
 そんなこと、言われなくてもわかっている。でもいくら親しい間柄だとは言え、話してもよいものなのか。
「もちろん、わたしにも話してくれるわよね?」
 まりいとは違う凛(りん)とした女性の声に、ショウは振り向いた。
「二人に一言挨拶してから帰ろうとしてたんだと」
 ショウの意見をくみとってか青年が女性を見て苦笑する。
 姉と兄に挟まれては逃げられない。苦笑すると少年は二人に向き直って口を開いた。
「わかった。話すよ」


『地の星の住人!?』
 二人の声に少年は首を縦にふった。
「『地球』と呼ばれる惑星の住人。それがあいつの正体」
 まりいに関することを全て話し終えた後、少年は息をついた。
「本当にスケールの大きな話の中いたんだな。地の惑星って、三つの世界と言われているやつの一つだろ?」
「悪い。余計な心配はかけたくなかった」
 本当にそれだけだろうか。言葉を選びながら、少年はその意味を考える。
 心配をかけたくなかったというのは確かにある。だがこのような話を一度聞いただけで信じてもらえるとは限らない。最悪、後の人間関係に支障がでる恐れだってあるのだ。
(実はすごいことしてたんだな)
 見ず知らずの場所に一人置き去りにされ、その事実を他人に告げるということがどんなに勇気のいったものか。
「でもお前はシーナちゃんの言うことを信じたんだよな?」
「ああ」
 青年の問いかけにショウは静かに、だがしっかりとうなずく。少なくとも、まりいは嘘はついてないしこちらに危害を加える様子もなかった。肯定する要素がなかったからといって否定する理由もない。
「俺があいつを見つけたんだ。だったら最後まで面倒みないと」
 少女と初めてあったあの日、一緒に来るかと声をかけたのは自分なのだ。旅を続けたいと彼女が言ったのなら、それを手伝う義務がある。
 決意を静かに述べるショウに、青藍は目もとを和ませた。
「愛の力は偉大ってやつか。お前が、まさかこんなに成長してるなんてなぁ」
 そう言って頭を乱暴にかき回す仕草にショウは顔をしかめる。
「だから違うって言ってる」
「またまた。照れなくてもいいだろ」
「本当に違う。それに俺、そういうのはわからない」
「……は?」
 それこそわけのわからない少年の言葉に青藍は手を止める。その手を強引にずらすとショウは言葉を続けた。
「言葉の定義がわからない。そもそも『愛』とか『好き』ってどういう意味なんだ?」
 真顔で幼い子供のような問いかけをする少年に青藍は言葉を失った。
 真面目な顔で何を言いだすんだこいつは。
 いつかの少女と同じ考えを頭に浮かばせつつ青年は少年に聞いた。
「じゃあこの前、なんでおれに助言なんかできたんだよ」
「姉貴の様子見てれば嫌でも気づく。セイも似たような感じだったし」
 確かに、これまでのことを考えればそうなのかもしれない。だが先ほどの台詞はどう説明するのか。
 ふとある考えが浮かび、青藍は少年に尋ねた。
「……念のために聞くけど、お前今まで付き合ったことある?」
「あるに決まってるだろ」
 今さらなにを聞くのかと半ば呆れかえった口調の少年に、青藍は胸をなでおろす。
 ――が、
「単独行動はよくないって教えてくれたのはセイだろ? フォローに回ってもらったり逆に回ることもあった。大抵が年上ばかりだったから教訓になることもあったし」
 それこそ普段と全く変わらない口調の少年に、青藍は頭をかきむしりたい衝動にかられる。
「そうじゃなくて。
 同じ歳くらいの女の子に言い寄られることはなかったのか? お前のなりじゃ一度や二度お誘いがあったはずだろ」
 青藍が言ったことは事実だった。腕がたつのは勿論だが、目の前の少年には意思の強さを感じさせるものがある。何より誠実で真面目なのだ。そんな異性が真近にいれば、旅先でも注目を浴びるだろう。
 その少年は、軽く眉をよせた後こう返してきた。
「確かにそう言われたこともあった。けど」
「けど?」
「付き合えと頼まれて『どこへついていけばいい?』って答えたら逆に怒られた……セイ?」
「天然にもほどがあるぞ……」
 ショウの肩に手を置きつつ青藍は嘆息した。
 確かに少年は誠実で真面目だ。人の感情の機微にも聡い。だからこそ騎士団に入ることもできたし旅をすることができたのだ。
 だがそれは仕事や旅に対してのみのこと。自分に向けられる好意、とりわけ異性から向けられるそれには異常なまでに鈍かった。どうやら天は彼に二物を与えなかったらしい。
「いいか。今度みっちり教えてやるから。そのままだともったいなさ過ぎるぞ」
「は?」
「だから――」
 ショウの耳元で何かをささやこうとした矢先、
 ドン!
 轟音が響いた。振り返るとそこには涼しい顔でお茶の準備をするユリの姿があった。
 咳払いをすると、青藍は再びショウ耳元でささやく。
「じゃあお前、今までどんな気持ちでシーナちゃんと旅をしてきたんだ?」
「どんな気持ちでって……」
 少年は腕をくんで考えた。
「どんな気持ちだったんだろう?」
 表情に伴ってない発言に、青藍は今度こそ完全に脱力した。
「あなた、まさかシーナさんに変なこと言ってないでしょうね」
 青藍と同じくため息をつく姉に、ショウは首を横にふった。
「そんなことはしてない。ただ――」
『ただ?』
 三度変な発言がもれるかと青藍とユリは息をのんだ。
 だが口から漏れたのは別の言葉だった。
「ほっとけなかった。あいつは俺の……相棒だから」
 それは彼の本心だった。目の前で倒れていたから、見捨てるには目覚めが悪かったということもあるが。
 見知らぬ服を着て、目を覚ましたとたんに倒れて。かと思えば記憶喪失になっていて。
「泣いたかと思ったら領主をひっぱたいたりして、目が離せなかった。だから――」
「要するに手伝ってほしいんだろ? シーナちゃんの捜索」
「ごめん」
 少年は素直に頭を下げた。
「頼れる相手がいればちゃんと頼れ。これも基本中の基本だろ?」
 そんな弟分を見て、青藍は笑って肩をたたく。
「そういうことで、ユリ。悪いけど……」
 村に帰るのは遅くなる。
 そう言おうとして振り返るも、ユリの姿はなかった。
「宿の手続きはすませました。後は出発するだけ」
 声の方を向くと、そこには旅支度を終えたユリの姿がある。
「この状況を放っておくわけにはいかないでしょ?」
 軽く肩をすくめる彼女を目の前に、青藍は戸惑いの声をあげる。
「でも君に旅は危険――」
「その心配なら全くないから」
 青藍の手を完全にどけると、ショウは二人に向かって頭を下げた。
 自分が一体どんな感情で少女と旅をしてきたのか。それは彼自身わからない。だがこのままで終わることは嫌だった。
 だから。
「頼む。力を貸してほしい」
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