Part,45
フォンヤンに着くと、ショウはわき目もふらず宿にむかって歩みを進めた。疲れていたのもあったが、これからのことが予測できていたからだ。
あの二人は、あいつは一体どうなるのだろう。結果はわかっていても、自分にはどうすることもできない。文字通り成り行きを見守ることしかできないのだ。
本当にどうしようもない。ならば、できることをするしかない――
「お客さん、あんたが青藍(セイラン)かい?」
呼び止められたのは宿についた直後のことだった。
「青藍は知り合いですが、何か?」
声をかけたのは先日から部屋を借りていた宿の主人だった。
「青藍って人に会いにきた人がいるんだよ。あんた達、日帰りだって言ってだだろ。女の人だし夜は物騒だから、あんた達の部屋で待ってもらってたんだが……」
主人の言葉にショウは軽く眉を寄せた。
凛(リン)は青藍の母国だ。知り合いが尋ねてきてもなんら不思議はない。だが、この状況で故郷であるシーツァンではなく、わざわざフォンヤンまで尋ねてくる人物とは一体。
「俺が会ってみます」
首をひねりながら、彼は自室にむかうことにする。
シーツァンの誰かに聞けば、青年がここにいるということはすぐわかるだろう。同時にすぐもどるということもわかったはずだ。だったらここに来ずともシーツァンで待っていればいいではないか。
(時間をおしてまでセイに会いたかったってことか)
思い当たる人物は、一人しかいない。
ドアを開けると、待ち人が姿を現す。
「……やっぱり来てたんだな」
部屋の中にいた見知った顔に、ショウは小さく息をついた。
目を開けると、そこには青藍(セイラン)の顔があった。
「気がついた?」
「ここは……?」
「洞窟の中。気を失ってたみたいだよ。覚えてない?」
青年の言葉に、まりいは首を横にふる。
そうなんだ。私気を失って――
「…………」
青年との距離はわずか数センチしかない。そのことを少女が理解するまで数分の時間を要した。
「…………!」
あまりのことに、まりいは慌てて体を起こした。だが、そこはまりい。感情とは裏腹に体が言うことをきいてくれない。
「寝起きなんだから無理はするなよ」
「ごめんなさい……」
顔を見ることができず青藍に支えられながら、まりいは小さなつぶやきをもらす。
ひどい言葉を浴びせた挙句、勝手にいなくなってしまった。どうしよう。嫌われてしまった――
どうしていいのかわからず、まりいはぎゅっと目をつぶる。だが少女が予想していたような言葉は返ってこない。
「……え?」
頭の上にのせられた手に、まりいは呆けたような声をあげる。
「心配したよ」
それはいつもと同じ、でも少し違った青藍の優しい声だった。
「怒って……ないの?」
「怒る? どうして」
いぶかしむ青年に、まりいは首を横にふった。嫌われたと思っていた。なのに心配してくれていたなんて。
「とにかく無茶はしない。いいね?」
青年の真剣な瞳に、まりいは一つうなずいた。
「これならいいだろ?」
まりいを壁によりかからせると青藍自身ももたれかかる。その頃には、まりいは今までもてあましていた感情に名前をつけることができるようになった。
『シーナちゃんはおれが守るよ』
青年に抱いた一つの感情。それはきっと――
「せっかくだから話でもしよっか」
青藍の声に、まりいは顔を向ける。
「このまま休んでてもいいけど眠くなるしなぁ……って、急に話って言っても話せないか」
「ううん、青藍の話聞きたい」
「おれの話?」
まばたきをした青年に、まりいは大きくうなずく。
「生まれ育った場所の話とか、好きなものとか、嫌いなものとか、あと――」
自覚したのはいいが、その後が難しい。
慌てたり赤くなったり。色々考えた挙句、まりいは一つのことに思い至る。
「どうして守るって言ったの?」
それは前から気になっていたことだった。
「言ったよね。『二度も危険な目に逢わせるわけにはいかないから』って。それってどういうこと?」
黒の瞳と明るい茶色の瞳が交差する。
「……言葉通りさ」
いつもと違う真剣な瞳。その色はそれまで一緒にいた少年と同じだが、少年とはまた違う真剣さが感じられる。栗色の髪の少年が買って間もない剣だとしたら、彼はほどよく使い込まれた刀と言ったところか。
それはこれまでつちかってきた経験が彼等をそう見せるのか、他のものからなのか。まりいにはわからない。はっきりとわかったのは、自分は彼が、青藍が気になっているという事実だけ。
「じゃあ退屈しのぎに聞いてくれる?」
目をつぶる青年に、まりいは再び静かにうなずいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
おれがシーツァンの出身ってことは知ってるだろ?
あそこは他とちょっと変わっててさ。十六から成人する、十八になるまでの二年間、他の地で剣の腕を磨くことになってるんだ。いわゆる武者修行? 古臭いかもしれないけど昔からのしきたりだからなぁ。
元々、凛(リン)の国って刀の歴史が古いんだよな。だから老若男女刀がある程度扱えないといけない。言い方を変えればスパルタだよな。物心ついた頃からみっちり仕込まれるんだから。
でも当時はそれが当たり前だったし、身につけておいて損になるようなものでもなかったから、おれとしては何とも思わなかったけど。
……話がそれちゃったな。
そうそう。『二度も同じ目に』が気になったんだろ? 察しの通り、一度目があったってこと。
あれは三年前、旅を始めたばかりのころだったかな。旅の途中で一人の旅人に会ったんだ。
栗色の髪に黒い瞳の女の子でさ、弟を捜して遠い国からはるばるやってきたんだってさ。
女の子を放っておくわけにもいかなかったし、おれも行き先に特にあてもなかったから一緒に着いて行くことにしたんだ。
はじめは『一人で大丈夫です』って意地はってたけど、だんだんうちとけてくれてさ。
こういうのって、なんか普通に嬉しいよな。武者修行の旅とは言われても要はただの旅だったから、それまでは何も感じなかった。
でも一人よか複数の方が断然いいな。こういうのも悪くないなって思えるようになったし。これってシーナちゃんとショウに似てるだろ。あいつが一人だった……ってわけでもなかったんだけどな。
とにかく楽しかった。でもある日、事件は起こった。
事件って呼べるほどのものじゃないかもしれない。旅の途中で獣に襲われた。
刀の扱いはそこそこ慣れてたから油断してたんだろうな。それがいけなかった。ただ気がつくと、彼女が怪我を負ってたんだ。
一瞬の油断が命取り。よくある言葉だけど、まさにそれを身をもって知ったわけだ。
代償は大きかった。
当然、旅は一時中断。彼女も村に帰らざるをえなくなった。せっかくうまくいってたのにな。元どおりどころか一気に険悪に。村につくまで一言も口きいてくれなかった。
でも別れ際に言ってくれたんだ。『弟を助けてくれ』って。
それからかな。修行も旅も真面目に取り組むようになったのは。
今もあんまり変わってない? まぁ性格は簡単に変えられないからなー。ただ、この刀を子供のおもちゃにはしたくなかった。
彼女の弟はあっさり見つかった。そいつとは当然初対面になるはずだけど簡単に見つけられた。なにしろそっくりだったもんな。見た目よりも中身が。しっかりしてるようでどこかぬけてるんだよな。本当にそっくり。
でもさ、なぜか忘れられないんだ。
彼女のこと。話したのはほんの数日なのにな。
「その女の子って――」
「ユリ・アステム。ショウの姉さん」
まりいの問いかけに、青藍は真面目な顔をした。