SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,44  

「シーナっ!」
 苦しそうに体をくの字に折る少女を見て、彼は叫んだ。なぜならそれは、いつもの彼女ならありえない光景なのだから。
 洞窟一面を照らすまばゆい光。その光の中心にいるのは先刻別れたはずの少女。
 一体何が起こっているのか。青年と一緒ではなかったのか。そんなことを考えている余裕はない。気がつくと少女に向かって駆け出していた。
 だがあと一歩というところで行く手を阻まれてしまう。
 彼を阻んだもの。それは光の壁だった。いや、違う。壁ではない。それは少女の背中から見えるものだった。
 少女の背中を覆うもの。例えるならばそれは光の渦。例えるならば、それは。
「……?」 
 やがて光はだんだん色あせ、最後には跡形もなく消える。 
 光が完全に消えたことを確認すると、ショウはまりいの元へ近づいた。
 息はある。怪我をしているようでもない。ただ気絶しているだけのようだ。青年もいないのだ。気がつくまでここにいるしかないだろう。
 少女を横たえようとして、彼は音を耳にする。
「セイ……」
 それは小さなつぶやきだった。だが理解するのには充分だった。かといって他の男の名を呼ばれても釈然としないものがあったが。 
「だからって俺にどうしろってんだ」
 誰にともなく一人つぶやく。もちろんつぶやいたからといってどうにかなるわけではないこともわかっていたが。
 改めて少女を見る。
 無垢な寝顔――とは言えないが、まりいの表情ははじめに比べると安らかなものになっている。この様子だと、目を覚ますのも時間の問題だろう。
 変な場所を歩いてきたのだろうか。よく見ると服はおろか、顔まで汚れていた。
(このくらいはした方がいいか)
 荷物の中から布を取り出すと、ショウは少女の顔をぬぐう。まりいが元の顔を取り戻すまで時間はさほどかからなかった。 
「う……」
 顔をぬぐい終わったのと少女が声をあげたのはほぼ同時。反射的に手を戻すも、まりいは軽く身じろぎをしたあと、目を開けることなく寝返りをうつ。
(そう言えば初めて会った時もこうだったな)
 あの時は洋服棚がぶつかったんだよな。
 苦笑して、そっと少女の顔にかかった髪をはらいながらつぶやく。
「……俺じゃないんだな」
 別に深い意味があったわけじゃない。別に呼んでもらいたかったわけじゃない。口からもれた声に、少年は再び苦笑した。
 手を少女の髪から自分のものに移す。初めの頃はただの願掛けだった。それが今じゃなかなか切れずにいる。
 長髪が気に入ってるわけじゃない。気がついたら長くなっていた。これは決意のあらわれ。自分自身の意思。
「お前はこれからどうしたい?」
 視界に映る焦げ茶色の髪を見ながら少年はつぶやく。
「俺はこれからどうしたい?」
 視界に映る栗色の束を見ながら少年はつぶやく。
 思惑はどうであれ、少女は自分についていくことを選んだ。だったら自分はどうするべきなのか。
 フロンティアを探し、任を終えたら自分はどうなるのか。そもそも、この髪に見合ったふるまいができているのか。願いは叶うのか。突き詰めていけばきりがない。
(やっていくしかないよな)
 頭をふって弱気な考えを振り払う。足跡が聞こえたのはそんな時だった。
 手を振って答えると、予想通りの人物が姿を現す。
「シーナちゃんは?」
「眠ってる」
 横たわる少女の姿を視界にとらえると、青年は安心したように腰をおろす。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「道がここにつながっていた」
 結局、分かれ道は一つにつながっていた。先ほどの一件も、一度合流しようと少年が引き返そうとした矢先の出来事だった。
「セイ、なんでシーナと一緒じゃなかったんだ?」
 疑問を口にすると、青年は表情をかたくした。
 しばし無言の時間が流れる。
「……嫌われちゃったのかな」
 沈黙を破ったのは青藍(セイラン)の独白。
「全然おれの方見向きもしないから聞いてみたんだ。そしたら怒られて逃げ出された。おれってデリカシーないからなぁ」
「正しくて間違ってる」
「なんだよそれ」
 少女は青年のことを嫌っていない。むしろその逆だ。そして青年はデリカシーがない。と言うよりも無頓着なのだろう。
 そこまで口にして説明するのも癪(しゃく)だったので、ショウは別の言葉を返した。
「セイ」
「うん?」
「守るってどういうこと?」
 再び沈黙が洞窟を支配する。それはさきほどよりも長くて、ずっと重いもの。
「本当に大切なら自分の側に置いておくものじゃないの? 守りたいなら代わりじゃなくて当人にそうしてやった方がいい」
 青藍は答えなかった。何かに耐えるかのように目をつぶっている。
「昔みたいになりたくないからシーナにかまってたんだろ?
 好きならちゃんと言った方がいい。姉貴はセイの名前を出したんだ。もう許してるはずだ」
「……ありがとう」
 少年の顔を見ず、青年は小さくつぶやいた。
「前から思ってたけどさぁ。お前って歳と中身があってないよな」
「そうか?」
「そうだろ」
 首をかしげる少年に青藍は人差し指を突きつける。
「落ち着きすぎなんだよ。しっかりしすぎって言うかな。もうちょっと人に頼れよ」
「だからこうして頼ってる」
 真面目に答えるショウに青年は苦笑を返す。
「意味が違うんだよ意味が。
 こういうところは歳相応、もしくはそれ以下か」
 どうやらまだわかっていないらしい。眉根を寄せるショウに青藍は再び苦笑した。
「先に帰ってる。宿の手配が必要だろ」
 荷造りを終えた少年に、青年は意地悪な笑みを浮かべる。
「シーナちゃんを置き去りにしていいのか? おれが何かするかもしれないぜ?」
「するわけない」
「もしものことだってあるだろ?」
「できないだろ」
 即行で返ってきた返事に青藍は言葉を失う。
「降参。おれの負けです」
 両手を上げて降参のポーズをとると、体ごと壁にもたれかかる。
「お前達姉弟って放っとけないんだよな。しっかりしているようでどこか穴が空いてて」
「そういうことは本人に言った方がいい。それに俺は別だろ。俺はあそこまで……個性的じゃない」
 だから、そういうところが放っとけないんだ。
 そう言おうとして青年は口をつぐんだ。言ったところで本人に自覚がない以上無駄だろう。
「ショウ」
「何?」
 今度は青藍が少年に言葉を返した。
「シーナちゃんはお前にとって何だ?」
 青年の質問に少年は言葉を詰まらせる。
「…………」
 青年の質問に少年は腕を組んで考える。
「…………」
 青年の質問に少年は目をつぶって考える。前にも誰かに同じようなことを聞かれた気がする。その時は何と答えただろう。
 しばしの沈黙の後、組んでいた腕をとき目を開ける。
 口から出た言葉は――
「……相棒?」
 実は天然だったんだな。
 なぜか疑問系で答えるショウに、青藍はため息をついた。
「なぁ。本当にシーナちゃんとなんともないのか?」
 再び問いかけてきた青年にショウは苦笑した。
「こいつは俺の所有物じゃない。それに、そんなこと言ったらこいつに失礼だろ」
「はいはい」
 再び諸手を上げた青年に少女のことを任せると、少年は洞窟を後にした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 連れと言うには多くの時間を共有してきた。自分にはできないようなことをしでかすし、すごいと思うし尊敬できることもある。嫌ってはいないし嫌っていたらそもそも旅などできない。
 だからと言ってそれ以上の、それこそ青年の言うような感情が自分にあるとは少年には思えなかった。 
「相棒……か」
 青年に答えた言葉を唇にのせる。
 ずっと旅をしていれば、なるほどそのようなことが起こりえるかもしれない。だがその線も薄そうだ。なぜなら先刻あれを見てしまったから。
 少女には何かがある。そして自分にも何か関係があるのではないか。少年はそう確信していた。
 一体これから先何があるかわからない。だが一緒に旅をする以上助けるつもりだし場合によっては助けてもらうかもしれない。それ以上でもそれ以下でもない関係。
「相棒……だな」
 少なくとも今は、それでいい。
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