SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,34  

 話が終わった後も、まりいはベッドを離れることができなかった。
「ごめんなさい。辛気臭くなっちゃったわね」
 ユリの後姿をまりいはじっと見つめる。
 知らなかった。ショウにそんな過去があっただなんて。
 まりいとて親はいないが施設に預けられたため、衣、食、住に困ることはなかった。だが少年は自ら苦労の道を進んだのだ。彼はなぜ村を離れられたのだろう。この人はなぜ笑って送り出せたのだろう。たった一人の肉親なのに。
「シーナさん、ショウを捜してくれませんか?」
 急に話をふられ、まりいは声の方を見た。声の主はこれまでのことなど微塵も感じさせることなく笑っている。
「ずっと寝たままでいるのも退屈でしょう? それからこれを。そのままじゃ目立つだろうから」
 制服姿のまりいにユリは二つの紙袋を手渡す。一つの中身は服。もう一つは――
「ショウに会ったら渡してください。きっとお腹空いているだろうから」


『あなたはこの世界の人間ではない。少なくともこの世界で育った人間ではない』
 そういえばミルドラッドで水の精霊も言っていた。あれは一体どういう意味なのだろう。そもそもこの世界はなんなのか。
 白の上着にスカート――ユリから借りたものだ、を着てまりいは村の中を歩いていた。
『この世界があなたにとって何なのか。それは私では答えられません。あなたが夢だと思うのであればそうでしょうし、逆もしかりですから』
 この世界を夢だと思いたくはない。でも私にとっての現実はむこうで。学校に行って倒れて。
 考えれば考えるほどわからなくなる。なぜこの世界に呼ばれたのか。なぜ自分でなければならなかったのか。
「おや、あんた見かけない顔だね」
 声をかけられたのはそんな時。ふりむくと、そこには数人の女性がいた。その隣には赤いワンピースを来た女の子もいる。先ほど窓から見えていた景色は彼女達なのだろう。
「こしてきたのかい? お名前は」
「あの――」
「ほらあの子だよ。ショウが連れてきただろ」
「その――」
「ああ、あの時の娘さんか」
「あの子もあんな歳になったんだねぇ」
「…………」
 まりいが答える前に、矢継ぎ早に会話を交わす女性達。好奇心からか、表情は皆輝いているように見える。
「あの、ショウがどこにいるか知ってますか?」
 話のこしを折られたことを気にすることもなく、「いつものところでしょ」と言うと女性達はまた自分達の会話をはじめる。
 とは言われても、まりいにわかるはずもなく。まりいは曖昧な笑みを浮かべることしかできない。『あの場所』とは一体どこなのだろう。そんなことを考えていると、くいくいと誰かがまりいの手を引っ張る。
「連れてってあげる。ショウお兄ちゃんきっとあそこだよ!」
 手を引っ張っていたのは赤いワンピースを着た女の子だった。彼女はまりいの目を見てにっこりと笑った。
「おねえちゃんはお名前なーに?」
「私は……シーナ」
 女の子に自分の名前を継げ、まりいは苦笑した。『まりい』じゃなく『シーナ』に馴染んでしまった自分が可笑しかったのだ。
(これってこの世界になじんだってことなのかな)
 もちろんそんなことは目の前の子供にわかるわけもなく、女の子は不思議そうに首をかしげた。
「あなたのお名前は?」
 女の子の元にしゃがんで尋ねると、『リン』という返事が返ってくる。
「リンちゃんはショウのこと知ってるの?」
 そう問いかけると、リンの顔がぱっと顔が輝いた。
「リン、ショウお兄ちゃんだーいすき! いっつもねリンと遊んでくれるの。優しいの」
 目を細めて頭をなでると、女の子は嬉しそうに笑う。
 そうだ。少年は優しい。口ではそっけないことが多いけど、ちゃんと自分を見てくれている。
「ショウには村にいる時はいつもこの子の遊び相手をしてもらってたんですよ。他の子供達もそうじゃないかしら」
 リンの肩を抱き、彼女の母親らしき女性が言う。
 もしかしたらショウは有名人なのかもしれない。お父さんも有名な人だったって言ってたし。
 ふとユリの会話を思い出し、まりいは彼女達に質問した。
「ショウのお父さんってどんな人だったんですか?」
「アスラザさんを知らないのかい?」
 まりいの問いに女性達は顔を見合わせる。小さく息をつくと、今までとはうって変わった淋しげな表情で言葉を告いだ。
「アスラザ・アステム。立派な人だったよ。村一番の名士さ」
「名士……ってことはすごい人なんですか?」
「それはもう。あの『黒い翼を持つ英雄』と並ぶくらいのね」
 ならどうしてそんな顔をしてるのだろう。
 それ以上は聞いてはならないような気がして、まりいはその息子のことを尋ねる。
「ショウってどんな人ですか?」
「それはあんたが一番よく知ってるだろう? 父親に負けず劣らずの立派な子だよ」
「ショウにユリ。特にショウは幼い頃から二人で暮らしていましたからね。ショウ君はこの子にとって優しいお兄さんじゃないのかしら。もちろん他の子供達にとっても。
 そういえばショウがレイノアに戻ってきたのは三ヶ月ぶりかしら」
「本当にできた姉弟だよ。なのにどうして……ねぇ」
 あれだけ賑やかだったにもかかわらず、最後はしんと静まりかえってしまった。
「あんた、ショウを頼むよ」
 それは本当に心から心配している顔だった。
 どうしてショウがこの村を離れたのか。まりいにはなんとなくわかったような気がした。
 ここの人達は優しすぎる。そして、その思い出も優しすぎる。いい人であればあるほど思い出は美化される。そして――比べられていく。本人の意思とは無関係に。身内にとってそれは誇らしい反面、辛いものなのかもしれない。
「ママ、早くしないとショウお兄ちゃんがいなくなっちゃうよ」
 重い空気を取り払ったのはリンの声だった。母親はほっとしたようにリンの頭を撫でると言った。
「はいはい。ちゃんとお姉さんを案内してきなさい。夕方にはちゃんと帰ってくるのよ?」
「うん!」
 まりいは半ばリンに引っ張られる形でその場を後にした。
「ショウはいつもその場所にいるの?」
「うん。いつも。『思い出の場所』なの」
「思い出の場所?」
「いろんなものがたくさんあるの。風に流れて飛んでいくの」
 言葉の意味に首をかしげていると『ほらあそこ!』と丘の上を指差す。
 それは、まりいにとって初めて目にする光景だった。
 丘の上で子供達が緑色の葉を口に当てている。その中心にいるのは栗色の髪の少年。
 目をつぶり草笛を吹いている。唇から流れたのは一つの旋律だった。
 穏やかで、でも胸を締め付けられるような曲。涙が流れそうになるのはなぜだろう。
 子供達とたわむれ、時々首をかしげ、時々笑いながら草笛を吹く少年をまりいは黙って見つめていた。
「おねえちゃんショウお兄ちゃんのところに行かないの?」
 手をひっぱる女の子にまりいは首を横にふって答えた。
「……おねえちゃん用事思い出しちゃった。リンちゃんだけ行ってきて。私もあとから来るから」
 そう言って手を離すと、別方向に向かって歩き出す。
 リンは不思議そうな顔をするも、すぐに少年のもとに駆け出した。


 村を一通り見て、帰ってくるころには日も暮れていた。再び丘にやってきた時は少年はおろか子供の姿も見えなかった。
「…………」
 草葉に座り、周囲を見回す。
 ショウの思い出の場所。時間が遅かったため視界にはほとんど入らない。昼間だったらどんな景色が見えたのだろう。
 あの時、なぜショウに声をかけるのをためらったのか。まりいにもわからなかった。ただ、邪魔をしてはいけない。そんな気がした。
 いつもとはまた違う穏やかな表情。どことなく幼く――まりいと同じくらいの歳に見えた。そう見えたのは故郷に帰れたからだろうか。それとも普段は無理をしている?
『それはあんたがよく知ってるだろう?』
 少し前に交わされた会話を思い浮かべ、まりいは膝を抱える。
(私は何も知らないんだ)
 この世界のことも、ショウのことも。今までたくさん世話になってきたのに。
 側にいた少年がひどく遠くの存在に思えてならない。自分だって全てをさらけだしたかと聞かれれば嘘になる。それはきっと彼も同じで。まりいはその事実が悲しかった。
 ふと、足元の草に目をやる。そういえば昼間はここで笛を吹いていたっけ。
 葉をちぎると、まりいは見よう見まねで唇を当てる。だがかすれた音が出るだけで音は一向に鳴らない。
「あれ? ええと――」
「やりかたが悪いんだ。そんなに力は入れなくていい」
 見上げると、そこには栗色の髪の少年がいた。 
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