SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,35  

「これでやってみろ」
 ショウは一枚の葉をちぎるとまりいに手渡す。
「……っ、……っ!」
「だから力の入れすぎ。軽く口を押し当てるくらいでいい」
 そう言うと、ショウは草笛を吹く。見よう見真似でまりいもショウからもらった葉に自分の唇を押し当てた。
 ピイーーーッ! 丘の上を甲高い音が流れていく。
「……出た」
「だろ?」
 目を細めるとショウはまりいの隣に腰をおろした。
「これ、お姉さんからの差し入れ」
 紙袋をショウに手渡す。紙袋の中身はクレープだった。そうとうな甘さなのだろう。袋を開けただけで甘い香りが漂ってくる。
(こんなに甘そうなもの、ショウ食べれるのかな?)
 だが少年は紙袋の中身を黙々と食べている。それにならい、まりいも手渡されたクレープに口をつけた。
 甘みが口の中に広がる。食べ終えるとまりいは少年に言葉を投げかけた。
「お姉さん、しっかりした人だね。綺麗で女らしくて。弟として鼻が高いでしょ」
「……あれが?」
 なぜか食べるのをやめて自分の方を凝視した少年にまりいはうなずく。
「私もあんなふうになりたいな」
「それは……」
 なぜか口ごもる少年に、まりいは首をかしげる。どうしたんだろう。変なことを言ったつもりはないのに。
 少しの沈黙の後、ショウは残りのクレープを食べ始める。どうやら答えるつもりはないらしい。少年が袋の中身を食べ終わったことを確認すると、まりいは口を開いた。
「いい場所だね。ここが『いつものところ』?」
「昔はここで遊んでた」
 誰と、とはまりいは聞くことができなかった。ユリの話を聞いていたからだ。
 だから別の質問をする。
「ごめん。ここまで連れてきてくれたんだよね?」
「疲れてたんだろ。村が近かったから助かった。姉貴もいたしな」
 そこまで言うと、ショウはまりいをじっと見つめた。
 黒い瞳と明るい茶色の瞳が交差する。ややつり上がった黒の瞳からは同年代の男の子にはない力強さと意思の強さが感じられる。目を合わせて話をすることは何度かあったが、こうして長い間見つめられるのは初めてだ。
(どうしたんだろう、私)
 今まではこんなことなかったのに。自然と、まりいは胸の鼓動が早くなっていくのを感じた。
 だが少年の口から発せられたのは彼女を突き放すものだった。
「俺はもうすぐ村を離れる。お前はどうする?」
 ショウにとってそれはごく自然のことだった。
 これまで一緒に旅をしてきたとは言え、まりいは女の子。旅をする女性が全くいないわけじゃないし女性蔑視をしているわけじゃない。だがまりいは異邦人なのだ。
 これまでは旅をすることで記憶を思い出すきっかけになるのではと思っていたが、そうなると違ってくる。レイノアで――安全な場所で手がかりを探したほうがいいのではないか。そう思ってのことだった。
「ここに残った方が――」 
「嫌。私はショウと一緒がいい!」
 まりいにとってそれはごく自然のことだった。
 いくら住みやすい場所とはいえ周りは見知らぬ人ばかり。知りあいがいないということがまりいにとっては辛かったのだ。
 だがそれは、ショウにとっては意外な答えだった。
「ここはいいところだと思う。でもね、私がこの世界に、空都(クート)にきたことは何が意味があると思う」
 現にまりいが異世界を訪れる時は誰かの『声』に呼ばれていた。男性なのか、女性なのかもわからない。ただ頭に、心に響くのだ。『あなたは変わりたいのか』と。
「私ね、地球では人と、男の子と全然話せないの。体も弱くて学校にもなかなか行けなくて。
 でもここではショウと話せるようになったし旅をすることだってできる。だからここでは旅を……冒険を続けたい」
 まりいの話をショウは黙って聞いていた。話が終わると黙って二つの指を少女に突きつける。
「交換条件が二つ。
 自分の身は自分で守れるようになる。この旅は王の勅命を受けているんだ。遊び半分で着いてこられて『レイノアにいればよかった』って泣き言を言われても困る」
「言わないよ!」
 頬を膨らませたまりいを見ると、今度は指を二本から一本に戻して言う。
「もう一つ。お前のこと、話せ」
「え?」
 不思議そうな顔をするまりいにショウは半ばいらただしげに言う。
「だから。お前の世界のこと。前にも少し聞いたけど、あれだけじゃまだわからない」
 本当にわからなかったのだ。前にまりいはショウとシェリアに自分が異世界の人間だということを話していた。あまりの話に内心あっけにとられていたが、まりいが嘘をついていないということだけはわかった。だがこれからも一緒に旅をするとなると別だ。もっと相手のことを知らなければ旅では最悪命取りになってしまう。
「ちゃんと話せるかわからない」
「それでもいい。知っていた方がこれから先、力になれるかもしれないだろ」
「でも……」
「いいから話す!」
「はい!」
 半ば強引に言われ、まりいは少しずつ自分のことを話した。
「私は空都(クート)とは違う世界から来た人間で――」


「……つまりだ。
 シーナは『地球(チキュウ)』と言う異世界の人間で、空都(クート)とは夢のようなものでつながっている。そういうことか」
「多分、そうだと思う」
「今こうしてここで活動してるってことは、お前の世界では夢――眠っていることになるんだな?」
「多分……」
 なるほど。それで時々服装が違っていたわけか。初めて会った時に見た変わった服は異世界のものだったのだろう。自信なさそうにうなずく少女に少年は一人納得した。
「それで、前に一人でいなくなったとき、水の精霊に『別世界育ちの人間』と言われた……と」
 ショウの言葉にまりいはこくこくとうなずく。
 まりいの話が全て終わると、ショウは口を開いた。
「この世界……俺の世界だけど。ここじゃ三つの世界が存在すると言われている」
「三つの世界?」
「神様ってそっちの世界――地球にはいるのか?」
「わからない。物語ではよく聞くけど」
「ここでも似たようなもんだ。神様には三人の娘がいて、この世界は彼女たちの手によってつくられたんだ。それが空と海と大地の惑星。この世界は空都――『空の惑星』。
 ……この意味がわかるか?」
 ショウの問いかけに、まりいは首をかしげ、言葉の意味を考えてみる。
 神様の三人の娘達がつくったと言われる世界。
 ショウのいる世界は空都――空の惑星。そしてまりいのいる世界は――
「地の惑星?」
「できすぎてるけどな。『地の惑星』か」
 ショウの言葉に、まりいは愕然とした。
 はじめはただの夢だと思っていた。だが一つ一つ紐解いていくとつじつまが合いすぎる。やはり、まりいがこの世界にやってきたのは何が理由があるのだろうか。少なくとも『ただの夢』で終わることはなさそうだが。
 先ほどとは全く別の意味で見つめあうこと数分。先に視線をそらしたのはショウだった。
「このことは考えてもわからないから後回しにしよう。もう一つ。『別世界育ちの人間』か」
「心あたりがあるの?」
「別に。……そういえばお前とシェリアって似てたよな」
「え? ……うん」
 急に別の話題をふられ、まりいは戸惑うも素直に感想を述べる。
「私も驚いた。まさかあんなに似ているとは思わなかったから」
 それはショウにとっても同じだった。背格好が似ているとは思っていたがまさかあそこまでとは思わなかったのだ。逆を言えば、お互いが似たような格好をしなければわからないということにもなる。もしラズィアの一件がなければ気づかずにすごしていたことだろう。
「ショウ?」
「なんでもない。それより『シーナ』って名前も偽物だったんだよな。なんで名前まで変えたんだ?」
「それはショウが勝手に勘違いしたんだよ。『わかった、シーナだな』って」
 実際にそうだった。自分の名前を言い終わる前に目の前の少年が名前を決めてしまったのだ。
「……そんなこと言ったか? 俺」
「言ったよ。
 椎名まりい。これが、私の本当の名前」
 首を傾げるショウに、まりいは苦笑しながら答える。どうやら少年には自覚がなかったらしい。
「『シイナマリイコレガ』? 異世界の名前って変わってるな」
 真顔で思案するショウに、まりいは別の意味で不安を覚えてしまった。今になってわかったことだが、この少年は時々一方通行になってしまうことがある。それが悪気がないだけに困ってしまうのだが。
「『シイナマリイコレガ』じゃなくて『まりい』! ま・り・い!」
 耳元で大きな声で言うと、ショウは目をしばたかせた。
「……マリィ?」
「そう。だけど『シーナ』のままでいいから。自分の名前好きじゃないから」
「なんで?」
「それは――」
 自分を捨てた親がつけた名前だから。
 その一言はのみこんだ。そんなこと言ったところでどうにもならない。だからまた、別の質問をする。
「ショウはお父さんやお母さんのこと、好き?」
 少女の問いかけに少年はしばし言葉を失った。 
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