Part,2
「…………」
あれ、ここどこ?
何で私、ベッドの上にいるの?
「気がついたか?」
第三者の声にはっとする。
部屋を見回すとそこには少年がいた。
「ここは……」
寝ぼけまなこのまま、何気なく目の前の少年にたずねる。
「ああ、ここは……」
変わった格好の人。髪なんか伸ばして女の人みたい。男の子なのに――
「……?」
ここで、まりいの思考が正常になる。
……男の子!?
「!?」
慌ててベッドから起き上がる。
うそっ!? なんで私、男の子の部屋にいるの!?
「あっ、おい、まだ立つな!」
突然の状況にパニックにおちいり、少年の静止の声も耳に届かない。
なんでこっちに来るの!? 来ないで!!
「危な……」
ドサッ、ゴンッ!
こうしてまりいは気を失った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まりい、起きて」
……誰?
「まりい!」
この声は――
「由香……ちゃん?」
目を開けると、そこには親友の顔があった。
「よかった。急に道端で倒れるんだもの。心配したわよ」
「……ごめん」
「まあ、こればっかりは注意の仕様がないからしょうがないけどね」
由香がため息をつく。
まりいは病気を患っていた。
小児喘息。
普段は生活に何の支障もきたさないが、いったん発作が起こるとひどいことになる。しかも、まりいの場合、一度発作が起きると回復するまでかなりの時間を要する。
したがって、
1.学校も休みがち
2.授業に参加できない
3.人と接する、会話する機会が少ない
結果、対人恐怖症となってしまったのだ。
特に男の子に対してと言うのは、子供の頃男子にからかわれたからだろう。
「あの男の子は?」
「男の子?」
由香が怪訝な顔をする。
「きっと夢を見てたのね。さっきもずいぶんうなされてたもの」
「夢……」
そうか、夢だったんだ。そうだよね。
……でも夢にしては妙に現実味があったような気がするけど。
「由香ちゃんにお礼を言いなさいよ。あんたをここまで連れてきてくれたんだから」
そう言って、ジュースを持った女性がまりいに近づく。
「つかさ、さん」
「……ここに来て三年たつんだから、いい加減『つかささん』はやめてくれない?」
苦笑しながら女性がまりいにジュースを渡す。
つかさと呼ばれる女性。二十代に見えるがこれでも32だ――は、まりいの唯一の家族になる。
まりいとつかさは義理の親子。まりいは孤児だった。
十一年前、とある場所に女の子が置き去りにされていた。女の子は泣いていて、住所や家族のことを聞いてもわからないと首を振るだけだった。その女の子がまりいだ。
唯一の手がかりとなったのは、彼女の服のポケットに入っていた『マリィ』をよろしくお願いします。と書かれた手紙。それがまりいの名前の所以となるのだが、本人はそのことを知らない。
『まりい』と言う名前の孤児。今時分では珍しい名前の人間は少なくないが、それでも当時は十分珍しい部類に入った。施設に入ってからも、まりいはからかわれる――いじめを受けることがあった。もちろん、かばってくれる友達もいたが。
『変な名前ー』
『ガイジン! ガイジン!』
病気がちなのもあって、まりいはますます消極的になっていった。
十一歳の時に現在の母親――つかさに出会い、今の中学へ引っ越してきた。
それまで人と話をすることがほとんどなかったまりい。病気がちなのは相変わらずだったが、学校に行けるようになったのは由香とつかさの賜物だろう。
それでも、まりいはつかさに馴染めていなかった。それから、自分の名前にも。
そもそも、つかさとまりいの馴れ初めが変わっている。
「話し相手がほしいからきた。一人だと退屈でねー」
まるで猫を拾いにきたようないいぐさ。施設の面々も、誰もいい顔をしなかった。
「あんた、まるで猫みたい。近づこうとするとすぐに逃げてくんだもの」
「…………」
当時のまりいは誰とも口をきこうとしなかった。
「一緒に来る?」
それが二人の共同生活の始まりだった。
「さあさあ、今日はもう寝る。由香ちゃんも今日は遅くまでごめんなさいね」
時計は夜の八時をすぎていた。
「えっ、もうそんな時間?」
由香自体も、そんなに時間がたっていたことには気づかなかったらしい。
「いっけない、急いで帰らなきゃ。まりい、またね」
「途中まで送るよ」
「平気平気。隣なんだから」
「いいの! 私が送りたいの」
「おばさん〜」
由香がつかさに目を向ける。
「まったく、妙なところでガンコなんだから。玄関までよ?」
つかさのため息が背後で聞こえた。
「ごめんね。遅くまで引き止めちゃって」
「ううん。私が勝手に残ったんだから。じゃあね」
そう言って、由香が玄関を後にする。
「まりい」
「ん、何?」
「親のこと、あんまり根に持たない方がいいよ。私が言うのもなんだけどさ、ずっと引きずってるでしょ?」
「引きずってなんかないよ」
ムキになって反論する時点で十分引きずっているということになるのだが。まりいはそれに気づいていない。
「そう? けど過去のことでクヨクヨしたってしょうがないんだから」
それは、まりい自身もわかっていた。わかっていたが――
「……ごめん。なんか疲れちゃった。また明日ね」
「まりいっ」
由香のセリフもままならぬまま、玄関のドアを閉めると、部屋に戻る。
どうやら本当に疲れていたらしい。パジャマに着替えてベッドに横になる。
「引きずってなんか、ない……」
そう呟くと、そのまま深い眠りに落ちていった。