Part,3
どうしてだろう。
小さい頃からずっと思ってた。
なんで私は一人なんだろう。
みんな、お父さんやお母さんがいるのに。
なんで私は体が弱いんだろう。
みんな、外で元気に遊んでいるのに。
この世界が嫌いなんですか?
わからない。
今の生活が嫌なんですか?
そうじゃない。だけど――
変わりたいんですか?
――はい。
ならば、扉を開きましょう。
ただし、これはあくまでもきっかけにすぎません。それから先は自分で見つけてください。
あなたに翼の民の祝福があらんことを――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい、起きろ」
……えっ?
「起きろってば。生きてるんだろ? 目、開けろよ!」
死んでない。ちゃんと生きてるよ。
……あれ?
こんな光景、前にも見たことがあった。あの時は男の子の顔が目の前に――
目を開けると、
「やっと気がついたか」
「!?」
『あの時』と同じく、目の前には少年の顔があった。
「アンタ、二回も気絶したんだぜ? はじめは起きる時に頭ぶつけて。まあアレは俺の不注意でもあったけど。でも俺を見てそんなに怯えることないだろ。一応命の恩人ってことになるんだから――って、おい?」
少年がまだ言い終わらぬまま、まりいは慌てて毛布を頭にかぶる。
何? どうして?
どうして夢の中の男の子がここにいるの!?
まりい達のものと似ているようで微妙に違う服。
栗色の髪は一つに束ねてあり、黒い瞳が心配そうに少女を見つめている。
間違いない。昨日の男の子だ。でもどうして?
まりいは完全にパニック状態に陥っていた。それを知ってか知らずか、少年は彼女を見てため息をつく。
「あのさあ。俺ってそんなに信用ない? こっちとしては『助けてくれてありがとう』の一言くらい言ってもらっても罰は当たらないと思うけど」
助けてもらって?
ここでまりいの思考回路がようやく正常に戻る。
助けてもらって――私、この人に助けてもらったの?
「……助けてもらってありがとうございます。あの、あなたは……?」
言われるままお礼を言うと、
「俺? 俺はショウ。ショウ・アステム。運び屋だ」
少年は――ショウはそう名乗った。
「アンタの名前は?」
「アンタって、私のこと?」
「他に誰がいるんだよ」
確かに。ここには少年と少女――ショウとまりい以外誰もいない。
「私……」
そういえば、ここはどこなんだろう。さっきまで自分の部屋で寝ていたはずなのに。
「私は……」
自分の格好を見る。
それは寝る前に着替えた時と同じ格好――パジャマだった。
「……」
目の前には昨日と同じ男の子。でも、あれは夢だったはず。
夢――
「おい?」
ショウもまりいの異変を感じたのか、こちらに近づいてくる。
「そうか、これは夢ね」
「……は?」
まりいの口からもれた言葉に、ショウはあっけにとられてしまった。
そうだよ、これは夢。
夢じゃなければこんなことはありえない。
「それに、どこかで声を聞いたような気がするし……」
「何わけのわからないこと言ってるんだ?」
「わっ!!」
慌てて毛布を再び頭までかぶる。気がつけばショウが目の前まで来ていた。
「ご、ごめんなさい。私の名前ですよね。私は……」
「なあ、アンタ」
まりいが言うより早く、ショウが言葉を紡ぐ。
「アンタ、もしかして――」
そう言って顔を近づける。それに比例して、まりいは毛布をかぶったままずるずると後ずさっていく。
「もしかして、記憶喪失なのか?」
「……えっ?」
今度はまりいがあっけにとられる番だった。
「俺がさっきアンタを受けとめれなかったから」
真面目な顔で何言ってるんだろう、この人。
それまで、まりいが少年に――ショウに抱いていた警戒心が一気に吹き飛んでいく。
「なあ、頭大丈夫か? 他にどこかぶつけてないか?」
表情を崩さないままショウが顔を近づける。彼としては、まりいに怪我がないか確かめようとしたのだが、まりいにとってはそれどころじゃない。
「だ、大丈夫です。どこも痛くないです」
なんとか答えるも彼は表情を変えようとしない。どうやら極度の心配性らしい。
「じゃあアンタの家は? どこに住んでるんだ? 親はどうしたんだよ?」
それ以上顔を近づけることはなかったが、今度はたて続けざまに質問する。
「えーと……」
まりいは別の意味で戸惑っていた。
よくわからないけれど、これは夢なんだ。だからこんな所にいるんだ。夢の中の少年に、『私は日本って国に住んでます』と言って通じるんだろうか?
「やっぱり答えられないんだな?」
沈黙を肯定だと認識したらしい。ショウが不安の色を濃くする。
「いえ、だから、それは、あのっ」
まりいもまりいで、自分でも何を言っているのかわからない。
違うんです! 記憶喪失じゃなくて、うまく答えられないだけなんです!
「わけありみたいだな。わかった。もう聞かない」
ショウは近づけていた顔を元あった位置に戻し再びため息をついた。
全然わかってない!
そう叫びたかったが、できないのがまりいである。
「俺はこれから城に行くけど、アンタはどうする?」
「城?」
「リネドラルド。知らないのか?」
そう問われて答えられるはずもなく。無言でうなずく。
『…………』
沈黙が流れる中、二人は同時に全く違うことを考えていた。
やっぱり、これは夢なんだ。
『リネドラルド』なんて所、見たことも聞いたこともないもの。きっと外国の夢を見てるんだ。
やっぱり、記憶喪失なんだな。
リネドラルドを知らない奴はこのあたりじゃまずいない。重症だな、これは。
「……一緒に来る?」
沈黙を破ったのはショウの方だった。
「一緒?」
「一人じゃ何もわからないだろ? 環境が変われば何かが変わるかもしれないし」
何かが変わる……?
その一言で、まりいの中の何かがはじけた。
「行きます!」
今までの反応が嘘のよう。まりいはそう言ってショウに詰め寄った。
「そんなに簡単に決めていいのか?」
案の定、まりいの態度の変わりようにショウのほうはたじろいでいる。
「いいんです!」
記憶喪失じゃないけれど、もしかしたらこの夢の世界のことを知る上で便利なのかも。それにあの声。
ならば、扉を開きましょう。
もしかしたらこのことだったのかもしれない。きっかけをもらったんだ。後は自分で頑張っていくしかないんだ。
「まあ、いいか。じゃあ名前教えてくれ。それくらいいいだろ?」
まりいはようやく、まだ自分の名前を言っていなかったことに気づいた。
「私は椎名です。椎名まり――」
「わかった、シーナだな」
まりいが名乗りを終えるより早く、ショウがそう言ってうなずいた。
「え?」
「『シーナ』なんだろ? 違うのか?」
そう言って顔をしかめる。
「……はい」
本当は『椎名まりい』だと言おうとしたんだけど。あえて言いなおさないようにした。
……夢だもの。名前くらい、いつもと違っていてもいいよね。
「『シーナ』です。これからよろしくお願いします。ショウ君」
「ショウでいい」
「でも……」
「旅をするのに堅苦しい言葉なんか使ってても仕方ないだろ。その丁寧口調もやめろよな」
「……」
この人、いい人なんだ。
せっかく、目の前の人がこう言ってくれてるんだ。男の子だけど、頑張ってみよう。
「よ、よろしく。ショ、……ショウ」
「? ああ、よろしくな」
一瞬怪訝な表情をするも(まりいが緊張のため顔を赤くしていたからだ)、それをくずしお互い握手を交わす。
かくして、まりいの旅が始まった。