BACK | NEXT | TOP

● 家族写真 ●

第二話

「綺麗なお姉さんができたーーーー!?」
 とんでもない爆弾発言にクラス全員がぎょっとする。
「バカッ! 声がでかい!」
「……そういうお前も声がでかいぞ」
 う、確かに。
 周りの視線を気にしつつ、友人と二人教室のスミに移動する。こいつは坂井幸一(さかいこういち)。小五の時の同級生でそれからずっとつきあってる。早い話が腐れ縁だ。
 親父が再婚する。ついでに新しい姉さんもできる。親父の一言は、一介の中学生にはなかなかヘビーな問題発言だった。
 再婚云々は別として、相手方と食事をすることは決まってしまった。しかもお姉さんの方にオレから食事のことを言わないといけないらしい。しかも相手はあの椎名。一体どうやって伝えるべきなのか。昨日からずっと考えてはみたものの、どーすることもできず今に至る。
「これまたずいぶん急な話だなー」
「オレもそう思う」
 話を聞かされて食事して。もしこのままとんとん拍子でことが進んでいくとなると……人生ってすごい。何があるかわからない。
「言っとくけどまだできてない。これからできるかもしれないって言ったんだ」
「それもそれですごい発言だな」
 確かに。
「それで? お前の話が間違いなかったらお前の親父さんと椎名の母さんが再婚する。ひいては椎名が昇の『綺麗なお姉さん』になるわけだ」
「その『綺麗なお姉さん』の発想はどこからきた」
「ノリ的に。でもあの椎名がねー」
 オレのツッコミをさらりとかわし、一人の女子に視線を向ける。その先には友人曰く『綺麗なお姉さん』になるかもしれない人がいた。
 
 椎名まりい。焦げ茶色の長い髪を二つ結びにした女子。
 オレと同じ榊(さかき)中学の3年2組で出席番号27番。物静かで大人しく、明るいか暗いかと言われれば間違いなく後者になる――と思う。学校は休みがちで、同じクラスの佐藤由香といることが多い。今のところオレの知ってる情報はこれくらい。そもそもたった一日で情報が集まるはずがない。
「でも椎名って絶対磨けば光るタイプだよな」
「そんなもん?」
 椎名のことってそんなに見たことなかったからわからなかった。さらに言うと、この話がなかったら気にもとめなかったと思う。当時のオレにとって椎名はそれくらいの存在でしかなかった。
「そんなもんだ。オレの野生の勘がそう言っている」
「ああ、そーですか」
 真面目に相談しようとしたオレがバカでしたよ。
「それで昇は何について悩んでるんだ?」
「だからさっきも言ったろ? どーやって話を切り出すかって――」
 そこまで言ってふと相手の顔を見る。
「ん? どうした?」
「いや、普通はもっとはやしたてない?」
「騒いでほしかった?」
「んなわけないけど……」
 こんな話になったら普通はもっとはやしたてるものかと思ってた。しかも目の前の奴が奴だけに特に。
「まぁ人生色々あるからなー」
 それだけ言うとにっと笑った。こいつのこーいうところには正直救われてる。他のところには迷惑こうむってる気もするけど。
「とにかくだ。今お前に足りないものは……」
「ものは?」
「情報量だ。お前は椎名について何も知らなすぎる! このままでいーのか? よくないだろ」
 なんでお前の方がはりきってんだ? とつっこみたいとこだけど、勢いに押されてついこくこくとうなずく。
「と言うわけで心優しい坂井くんが秘策を授けてしんぜよう」
「秘策?」
「まあがんばれ。やってやれないことはない」
 肩をポンと叩くと坂井は教室を出て行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「これのどこが秘策だ」
 やっぱり坂井に言うんじゃなかった。心の中でしっかり毒づく。最も今となっては後のまつりだったけど。
 急に先生から呼ばれ、何事かと思えば『坂井から話は聞いてる。頼むな』との声。わけがわからずプリントの束をおしつけられ、わけもわからず職員室を出ようとすると、同じクラスの女子と入れ違いになる。
「ああ、椎名も来たな。これ二人で今日中にとじといてくれ」
『え?』
 期せずしてオレと女子――椎名の声が重なった。どーやら椎名も知らないことだったらしく、オレとプリントの束を交互に見つめている。
 ここまできてようやくわかった。坂井は秘策としょうじて日直の仕事をオレにおしつけたってわけ。
「冊子作るの手伝ってくれるんだろ? 本当なら日直の坂井と椎名のはずだったけどお前がひどくやりたがってたから代わってくれって頼まれたって言ってたぞ?」
 なぜか説明口調の先生にひきつった笑みを返し今度こそ職員室を後にする。ピシャン! とドアは音をたててしまった。
「……っ!」
 背後で小さく息をのむ気配がする。
「……あ」
 そうだった。ここにいたのはオレだけじゃなかった。
 椎名はこころもとなげにこっちを見ている。妙にうわずった肩が気になるけど、これってオレが怖がらせたことになるんだろーか。
「別に怒ってるわけじゃないから。いや怒ってるけど。坂井に変なことおしつけられたからそれに腹がたったっつーか」
  だんだん言いわけじみてくるのが我ながら情けない。……坂井。後で会ったら覚えてろ。
「……運ぼうか。これ」
 オレの一言に椎名はこくりとうなずいた。

 プリントは数学の問題集。本題をけちったのか、取り寄せるのが面倒だったのか。紙も白のコピー用紙じゃなくて色あせた藁半紙。しかもこのプリント、結構重い。一体何部すったんだ?
 んなこと言っててもしょーがないか。不本意だけど、これは坂井がくれたチャンス。この機会に情報収集しとこう。
「椎名、大丈夫?」
 呼びかけても返事はない。
「椎名?」
「……はい」
 消え入りそうな声。そーだよ。考えてみれば椎名は極度の恥ずかしがりや。オレが声かけたくらいでこれだもんな。
「重いだろ? 半分持とっか?」
「…………いえ、いいです」
 またもや消え入りそうな小さな声。オレを避けてるってのが傍目から見てもわかる。
 オレ、そんなに目立つ奴じゃないし、けど友達はそれなりにいる。相手が男子でも女子でも大人でも子供でもそれなりに話せる。けど相手がこんな感じじゃどーしようもない。
 あーもう!
「椎名!」
 大きな声で呼ぶと隣にいた女子はびくっと肩をすくませた。
「オレ、何か悪いことした? もし何かしてたならあやまるけど」
「そんなこと、ない、です……」
 だったらそんな態度取らないでください。そう言いたいのをぐっとこらえる。ここでおれなきゃ(仮にも)坂井が作ってくれたチャンスが無駄になる。
 一つため息をつくと椎名の手の中からプリントの束を強引に取り上げる。
「とにかく。これ仕上げないと帰れないみたいだから。さっさとすまそーよ」
「……はい」
「あと同じクラスなんだからタメ語でいいって」
 そう言うとまたこくりとうなずく。
 こーいう時ってどう対応すりゃいーんだ? 本当にこんなんで姉弟なんてやってけるのか? そう思うもかぶりをふる。ダメだダメだ。再婚云々の前にこんな調子でどーする。
 そもそも再婚は決まってないから食事のことだけ伝えりゃいいんだ。
「椎名」
 立ち止まって椎名の目を見る。明るい茶色の瞳。へー、黒じゃなかったんだ。そーいや髪の色からして珍しかったもんな――じゃなくて。
「あ、いや、ちょっと話したいことがあって」
 呼び止めたにもかかわらずぐるっと反対方向を向く。はたしてこの先一体どう切り出すべきか。
『急なことで驚くと思うけど、オレと椎名って兄弟になるみたいなんだ』
 ……意味不明な上に唐突すぎ。本当に驚くわ。
『オレの父さんが椎名の母さんに一目ぼれしたみたいなんだ。せっかくだから一緒に食事でもどう?』
 新手のナンパか。
『椎名のお母さんとオレの親父が再婚するらしいんだ。今日の夕方食事しようって言ってるけど椎名は大丈夫?』
 こんなとこだよな。悩んでいてもしょーがない。ここは事実を言うに限る。
「椎名、あのさ……」
 視線を廊下に落とし頭に思い描いてたセリフを言う。
 返事はない。
「……椎名?」
 待たせすぎたかな。だったらあやまらないと。そう思って向き直って――声を失う。
 目に映ったのは床にに散らばるプリントの束。そして――
「椎名!」
 そこには廊下に倒れ、苦しそうに息をする椎名の姿があった。
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.