BACK | NEXT | TOP

● 家族写真 ●

第一話

 部屋の前で深呼吸。ノックをしようとして――やめ、帰ろうとして、また元の場所にもどる。
 落ち着けオレ。別に悪いことしようってわけじゃないんだ。堂々としてればいい。これ渡して部屋にもどる。ただそれのこと。
「……よし」
 再び深呼吸をして、ドアを二回たたく。
 少ししてドアが開き部屋の住人が姿を現す。部屋の中から出てきたのは焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳を持つ女子。
「昇くん、どうしたの?」
「写真できたから渡そうと思って」
 それだけ言うと女子に袋を手渡す。
「写真ってこの前の?」
「そ。学校帰りに店に寄ってきた」
 目の前にいる女子は椎名まりい。一週間前に正式にオレの姉になった人。人生って何が起こるかわからない。それを身をもって教えてくれた人。
 よし渡すものは渡した。後は部屋にもどるだけ――
「せっかくだから入って。一緒に写真見ようよ」
「え」
 腕をひっぱられ、なし崩し的に姉の部屋に入る。
 机にベッド、洋服棚。床にはカーペットがしいてありクッションが置かれてある。いや、引越しの時にオレが荷物運び手伝ったんだから覚えてはいたんだけど。けどこうしてみるとやっぱ女の子の部屋なんだよなーと思ってしまうわけで。
「どうしたの?」
 明るい茶色の瞳が心配そうにこっちをのぞいている。正直なところ、椎名は――あ、もう『大沢』になるのか。言い馴れないからまだ『椎名』にしとこう――可愛い部類に入る。けどもてたとか彼氏がいるとかって浮いた話は一度も聞いたことがない。理由は全く目立たなかったから。きっとこれから目立っていくんだろう。そう考えるとオレって幸せな奴なのかもしれない。
『可愛いあの子がある日突然お姉さまに。オレも一度でいいからそういう幸運に恵まれてみたいよ』この前友人の坂井が言ってた。オレもまさかそれを地でいくとは思わなかった。ああ、人生ってすばらしい。いや、別に椎名に変なことをしようってわけじゃないし、下心なんて全く――少しはあるかもしれないけど。これでも健全な高校生だし。
「昇くん?」
 椎名の声に我にかえる。ダメだ。余計な雑念はカットしよう。
 とは言え、我が家だってすんなり話がまとまったわけじゃない。一年前はそれなりに色々あったんだ。
「なんでもない。ほら、これができたやつ」
 袋から取り出したのは大きめサイズの写真。そこには出来立てほやほやの家族の姿があった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 あの頃の椎名のことは、ほとんど記憶にない。
 同じクラスにいる少し変わった名前の女子。それくらいの認識しかなかった。
 ――あの時までは。

「俺、再婚することにしたわ」
 それは、いつもより遅めの夕食を食べている時のことだった。
「……は?」
「だから。再婚するって言ったんだよ。お前に新しい母さんと姉さんができるんだ」
 ……はい?
「明日の夕方あちらさんと食事することになってるから。決定事項だからお前もちゃんと準備しとけ」
 ……なんだって?
「どうした? 感動して声もでないか?」
 爆弾発言をした人物は飄々(ひょうひょう)とした顔で寿司を食べている。オレといえば、落としたはしを拾うのも忘れて爆弾発言の主を、親父を見つめることしかできなかった。
「そーかそーか。そんなに感動したか。お父さんは嬉しいぞ」
 寿司を食べながら震えるオレの肩に手をかける。言葉が出ないのは、肩が震えてるのは、間違いなく感動の類からくるものじゃなかった。
「感動もいいがちゃんと食べろ――」
「食えるかっ!!」
 イスから立ち上がり、バン! とテーブルをたたく。手は痛かったけどそれどころじゃなかった。
「感動してたんじゃない。純粋に驚いてるだけだっ!」
 しかもさりげなくとんでもないこと言いやがって。誰が、誰の何になるって? 決定事項ってなんだよ。
 眉をつりあげたまま台所のドアを開ける。
「食わないのか?」
「いらんっ!」
 それだけ言うとドアを閉め、二階の自分の部屋へあがった。

 なんなんだよ。一体。
 部屋に入るとベッドにあおむけになる。
 珍しく特上寿司買ってきたかと思えばそーいうことか。顔もしっかり赤かったしな。まあそれは単に酒飲んでたんだろーけど。だからって、そんな重要な話を酒飲みながらするか? こんな時くらいちゃんと話せよ!
 オレ、大沢昇(おおさわのぼる)は普通の中学に通う、ごく普通の中学三年生だった。
 気になることと言えば、この歳なら大半が頭を抱えることになるだろう進路くらい。進学はするつもりだし地元の公立高校を受験するから普通に勉強してればまず落ちることはないだろう。難しかったとしてもあと半年はあるんだ、挽回はいくらでもできる――それくらいのことだった。
「おーい。寿司なくなるぞ。食べないのかー?」
 下から親父の声が聞こえるけど無視する。少しぐらい反省しろってんだ。
 少しだけ他の家と違うのは片親だけということ。この場合、オレにいないのは母さんでオレが10歳の時に死んだ。死因は――あまり言いたくない。まあそれこそ珍しくない話だし、片親だけの家庭だって今の時勢じゃ少なくもないんだろう。
 再婚の話も何度か出てはいたけど、ことごとくはねのけてきた親父。親父のことは嫌いじゃない。親父だって夜遅く帰ってくることはあるものの、ちゃんとオレのことを気がけてくれてるのはわかってるし。少々むさ苦しいかもしれかいけどそれだけ。高校行って就職して。このまま親一人子一人の毎日が続いていく。漠然とそう思ってた。
 それが、さっきの一言であっけなく崩れさった。
「本当に美味いぞ。特上寿司なんて滅多に食べれないぞー」
 しかも全然反省してないし。
 再婚に反対というわけじゃない。賛成かと聞かれるとそれもまた違うけど。ただ驚きと不安とそれ以外のものが入れ混じってなんとも言えない気持ちになる。そんな状態で明日食事について来いと言われても絶対に無理あるって。
「お前少ししか食ってなかっただろ。降りてこないなら俺が食べるぞ」
 まだ言ってるし。
 他の家では知らないけど寿司は我が家では高級品。しかも特上と言えばなおさらだった。おまけに口にしたのは最初の一つだけ。気持ちとは裏腹に腹は激しく自己主張をしてる。
「……食べる」
 悔しいことに空腹には勝てなかった。

「話を聞いてくれる気になったか?」
 台所では親父がゆのみに日本茶を入れてる途中だった。……まさかそれでさっきのことチャラにしようってわけじゃないよな。
「話だけ。それから先は別」
 お茶を受け取るとずずずと音をたてて一気に飲みほす。どうせ部屋には男二人。たいして気にすることじゃない。
 とにもかくにも話を聞かないことにはなんとも言えない。会って話をしてみなきゃいいともダメだとも言えないんだ。今まで見合いの話を断ってきた親父がそう言ってるんだ。会う価値はあるんだろう。
「あのさ、さっき『姉さん』って言わなかった?」
 自分の食料を確保しながら親父に問いかける。寿司はもう三分の一までなくなっていた。本当に残り食べられてたのか。
「なんだ。ちゃんと聞いてたんだな」
 残りの寿司を差し出しながら親父はクシャクシャと頭をなでる。
「言葉通り。その人な、連れ子がいるんだ」
 まあ今の時勢オレと同じ境遇同士が再婚してもなんら問題はないんだろう。それにしても我が家の父親は思い込んだら吉日の猪突猛進型だな。
 そんな息子の気持ちを知ってか知らずか、親父はさらに言葉を重ねる。
「しかも聞いて驚け、姉さんになる人はお前と同じ学校、同じ学年だぞ?」
 ……はい?
「その人の名前って何?」
「『椎名つかさ』さんだ。綺麗だぞー。まさに嫁さんにもってこい!」
「のろけはいーから」
 『きゃっ』と語尾にハートマークをつけそうな中年男性のセリフは完全に無視して頭をフル回転させる。『つかさ』って、なんか男みたいな名前だなー。いや名前じゃなくて探すのは苗字か。『椎名』かー。椎名って苗字で同じ学年――
「……いた」
「おっ。わかったか?」
 『椎名』って苗字は少なくないけど多くもないからすぐわかった。しかもオレの予想が正しければ――
「……『オレの姉さんになるかもしれない人』って下の名前、変わってない?」
 そう言うと、親父は目を細めて笑った。
「よくわかったな。『まりい』ちゃんだ」
「……ビンゴ」
 いた。確かにいた。
 同じ学校どころか同じクラスにいた。

 オレの姉になるかもしれない人。そいつの名前は椎名まりい。
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.