EVER GREEN

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第九章「沙城にて(後編)」

No,2 謁見

 シェーラザード。それは沙漠(さばく)の国の女王の名前。
 代々受け継がれてきたもので、次の代もそのまた次の代も同じ名前の女性が王位を継ぐ。お嬢からはそう聞いていた。
 その現女王は今、オレ達の目の前にいる。
「久しぶりですね」
 緑がかかった金色の髪に翡翠(ひすい)の瞳。
「ご無沙汰しておりました。母上」
 嫌でも人目を惹きつける様は親子と呼ぶにふさわしかった。にもかかわらず、会話に温度が感じられないのは血のつながりがないからか。
 気品というものは環境によって作られると聞いたことがある。だったら目の前にいる偽りの皇女は、一体どんな環境で育ったんだろう。偉い奴が幸せか不幸かはわからない。けどオレの目には、この親子が幸せそうには見えなかった。この二人のいでたちは、一体どれだけの時間と感情によって作られたものなんだろう。そんな考えが頭をよぎった。
「まったく動じないのですね。わたくしのことは聞いていたのでしょう?」
「そなたのことです。逃げ延びていると思っていました」
 女王は大広間にいた。ドラマだとか本とかで、謁見の間だとか呼ばれているあれだ。
 周りには誰もいなかった。護衛の騎士がいるわけでもなく女王一人のみ。裏があることは見え見えだったけど、好都合だったのであえて近づいていく。もちろん、何かあった時のことを充分頭にたたきこみながら。
「それは、わたくしを信用してくれていたということですか」
「ええ。あなたはこの国になくてはならない者ですから」
 シェーラの父親は女王の夫。シェーラの母親は宮中で働いていたらしい。つまりは女王とお嬢の間に血のつながりはまったくないということを指す。
「あなたにではなくて祖国にとってなのですね」
「同じことでしょう。あなたはわたくしにとってかけがえのない娘なのですから」
 お家騒動ってのはよくある話なのかもしれないけど、こうして目の当たりにするといたたまれないものがあるわけで。
「それでは、本物の娘はどこにいるのです?」
 お嬢の問いに女王は何も答えなかった。静かな眼差しをシェーラに向けるのみ。
「エルはどこです」
 再度の問いかけにも女王は返事をしない。代わりに翡翠の瞳を娘から別のものへ移す――
「その者の方が詳しいのではないですか?」
 って、オレ!?
 全員の視線が一点に集中する。驚愕や戸惑い、焦り。状況が状況だけに正直怖い。いや、それよりも。
「エルミージャと同じ部屋へ軟禁されたのでしょう? わらわに問うよりも、先に自分の周辺を調べてからにしてはどうです」
 途端、お嬢の眉がつりあがる。
「なぜ黙っていた!」
「言うタイミングがなかったんだよ!」
 怒号に負けじと言い返す。そうでもしないと迫力にのまれそうだったから。
 シェーラの手には浅葱(あさぎ)色のスカーフが握られていた。セイルから招待状代わりに渡されたもの。『目は口ほどにものを言う』ってことわざがあるけど、あれって本当だ。シェーラの眼差しは今まで見てきた中で一番険しく激しいものだった。
「彼女は無事です」
 こんな時にも女王の物腰は落ち着いていた。さすが国を支えるだけの器だとたたえるべきか。
「本当なのですね」
「女王の名において誓おう」
 それを聞いて安心したんだろう。お嬢の肩の力が少しだけゆるむ。とは言っても本当に少しだけで。厳しい視線を受けながらオレはそれまでのことを説明した。王宮にのりこんだ途端、なぜか集中攻撃を受けたこと。気がつけばなぜかエルミージャさんと同じ部屋にいたこと。脱出を促したものの彼女に拒否されたこと。その前後のことは意図的にぼかした。どう伝えればいいかわからなかったし、知られたくなかったから。
 全てを聞き終えると、お嬢は視線をオレから女王にもどして言った。
「もう一つ聞きたいことがあります」
「なんです」
「母上はなぜ、この者を知っていたのです」
 もっともな質問に予想したくない答えが頭をよぎる。オレと女王は当然ながら初対面。にもかかわらず女王はオレのことを知っていた。
 高校生のオレに王族の知り合いはほとんどいない。ましてやカトシアという国で出会った王族は限られているわけで。それから導かれるものは。
「つまりはこういうことだな」
 声がしたのと物音がしたのはほぼ同時。
 囲まれたと知ったのは質問の答えを理解した時。事実、背後にはたくさんの兵士がいた。
「久しぶりだな。シェーラザード」
「お久しぶりです。叔父上」
 あまりにも冷たすぎる伯父と姪の会話。当然だ。二人は憎みあっているのだから。
 エルミージャさんに外を見ることを勧められ、半ば脱走という形で王宮を飛び出したシェーラ。お嬢を追って暗殺者を差し向けたシャハリヤール。二人の間にいい感情があるとは思えない。
「無事だったのだな。心配していたのだぞ」
「心配していただきありがとうございます。ですが、わざわざ招待状を渡す必要はなかったのでは?」
「姉上があまりにも心配しておられるのでな。姪を心配するのは伯父として当然のことだろう?」
 女王と皇女の時以上に温度差のある会話。内容が内容だけに、本当に笑えない。
「烏(からす)の君が男だったとはな。その格好も似合っているぞ」
 銀色の髪に褐色の肌。忘れるはずがない。ほんの少し前にお目にかかったばかりだから。
 王弟から詳細を聞いていた。これが質問の答えだった。女王はオレ達を待っていたわけじゃない。王弟に脅されていたんだ。
「叔父上」
『烏の君って?』
 三人の問いかけはほぼ同時。ちなみに女性陣は全く同じ質問だった。
「聞くな」
 まさか女装していたところを見られたからとは言えない。ましてやエルミージャさんに抱きつかれましたとも言えない。
 渋面のままでいると、王弟殿下はさも面白そうに言葉を重ねた。
「先ほどのいでたちでもよかったのだがな。天使と呼ぶにはふさわしいだろう?」
 表情が固まるっていうのはこういうことなのかもしれない。
「天使って?」
「訊くな」
 さっきとは幾分か語調を強くした口調。理由はわかっていた。一番触れてほしくないことだったから。
 天使化のことはシェリア以外誰も知らないはずだ。それをあえて口にしているということは。
「世界の色を宿した者は天からの遣い」
 前に聞いた時と全くおなじセリフ。初めて聞いた時は何のことだか全くわからなかった。けど今は違う。
「『その能力は未知数。もしそいつの力を扱えることができれば、そいつはとてつもない力を得る』か。
 世界中をくまなく捜していたつもりだが見つからなかった。当然だな。天使はこの世界に存在しないのだから」
「なんでオレに言うんだよ」
 明らかに意図的なセリフ。にらみつけても口の端を上げるのみ。
「観客に説明してあげなければ話についていけないだろう? 大沢昇くん」
「なんのことだよ」
《我を知っているのか》
 挑発だということはわかっている。でも自分の中の何かがそれに反発している。
「それとも別の名前でお呼びした方がいいのかな。天を司りし者――」
「やめろ!」
《我を愚弄するな!》
 二つの声が響く。
「その名を口にしていいのは我が主のみだ! 気安く誠名(まことな)を口にするな!」
 この声は誰のもの? オレのもの? それとも。
「ノボル……?」
 戸惑いの声にあわてて口を閉ざす。
 主ってなんだよ。オレ、一体何を口走ってんだよ。
「……っ!」
《それだけ時が近いということだ。汝もわかっているのだろう?》
 頭の中に響く声。わかってる。こいつの正体をオレは前から知っている。
 前から? いや、違う。忘れていたんだ。
 いや、それも違う。封じていたんだ。解かれることが怖かったから。
 知られることが怖かったから。
「今さら何を怖がってるんだよ」
 思考を元に戻してくれたのは皮肉にも聞きたくない奴の声だった。
「ゼガリアはどこ?」
 対峙したのは青の瞳。
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