EVER GREEN

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第九章「沙城にて(後編)」

No,1 合流

 諸羽(もろは)とシェーラに再会したのはそれからしばらくしてのことだった。
「大丈夫か?」
 チェック柄のスカートにノースリーブのシャツ。そういえば地球じゃ十二月の終わりだった。その格好寒くないのか。
「ボク達は平気。そっちは?」
「こっちは……」
 けどよく考えてみりゃ空都(クート)じゃ沙漠(さばく)のど真ん中。季節感もお構いなしか。
「なんとか。ま、約一名は地球で療養中ってことで」
 そんなことを考えながら言葉を返す。内心、そんな軽口をたたけるようになったことに安心しながら。
「あいつのことだからなんとかなるって」
 大丈夫。あいつのことだ。きっとよくなる。
 そんなことを考えてると、顔をのぞきこまれた。
「ふーん」
「な、なんだよ」
 黒の瞳に映るのは同じく黒の瞳。漆黒でもなければ青でも空色でもない。
 しばらくすると、諸羽は顔を元の位置に戻した。
「まずは目の前の問題から」
 そう言うと、それまでのいきさつを話してくれた。
 敵地にのりこんで分散する。そこまではアルベルトの言った計画通りだった。ところがいつまでたっても仲間と会えない。一旦地球に戻っても何の気配もなし。もう一度空都にもどったところでシェーラと再会。二人で隅々を探し回った後、現在にいたる。
「大変だったんだよ。途中ではぐれるしシェーラと出会わなかったらどうなってたことか」
「そーいやお前って方向音痴だったよな」
 『剣』には一族だけの術らしきものがあるらしい。地球にもどるのもそれを使ったんだろうけど、もしかして、その……あの状況を見られたりしたんだろーか。
「しっつれいだなー。せめて『うっかりさん』くらいにしといてよ」
「頭に『場所をよく間違う』がつくけどな」
「普通それを『方向音痴』って言うけどな」
 話の内容からして、心配していたものは杞憂に終わったことを悟る。意図的なのかそうでないのか。くりひろげられた会話は拍子抜けするくらい普通のものだったから。
「二人ともホントに失礼だなー」
『事実だ』
 頬をふくらます諸羽にツッコミを入れる二人。その横であいづちをうつシェリア。
 ふいに、シェーラが眉をひそめる。
「服装が変わっているな。何かあったのか」
「別に」
「……今、即答じゃなかった?」
「オレ、別に女装キャラってわけじゃないぞ」
「違ったのか」
 こめかみが引きつりそうな会話も今となっては心地いい――わけがない。けど、さっきの状況よか数倍マシだ。
「シェリアも何か言ってあげなよ」
 諸羽の声に公女様は目をしばたかせる。
「え? アタシ?」
「そう。今の大沢ってどこか変っしょ」
『いつも変かもしれないかも』と余計な一言をつけたし、諸羽が同意を求めるような視線を送る。
「えーと……」
 なぜか言いよどむ公女様に視線を合わせると、今度は視線をさ迷わせる。明るい茶色の瞳に映るのは、ありふれた黒の瞳だった。
「普通だよな。全っ然、普通だよな」
「えーと……」
 全員の注目を集めること数秒。
「普通じゃないわよ」
 公女様はとんでもないことを言ってのけた。
「髪の毛薄くなってるもの」
 真顔でそらおそろしいことをのたまいやがった。
「マジ!?」
 それに反応するオレ自身もどうかと思うがあえて気にしない。
「まだ気にしていたのだな」
「まだとはなんだ! まだとは」
「へー。大沢って髪の毛気にしてたんだ。納得」
「納得すなっ!」
 諸羽やシェーラの声に反応してしまっても、非難されるいわれはないはずだ。たぶん。
「だって、普通その歳で気にすることじゃないっしょ」
「その歳でとはなんだ。髪の毛は人類にとって最も重要なことなんだぞ?」
「前から思ってたけど、なんでそんなに髪の毛気にしてるの?」
 顔をのぞきこんだシェリアに、今度はオレが視線をそらす番だった。
「それは……」
「それは?」
 小首をかしげる様と表情からすると、単純に不思議に思ってるんだろう。けど言えない。
「なんでもない」
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「いや減る」
 言えない。っつーか、言いたくない。あれだけは言えない。もはや子どもの頃からのトラウマなのだから。
「減らないでしょ」
「減るったら減るんだ!」
 そもそも何が悲しくて公衆の面前で、こいつの前でんなこと言わなきゃならんのだ。
「どーいう理屈よ!」
「知るか!」
 わけのわからぬ口論がくりひろげられようとしたその時。
「お前たちはどこの幼子だ」
 お嬢の一言で二人、我にかえる。
「髪の毛でいい雰囲気になるのも珍しいよね」
 続いて諸羽の一言で顔が近づいていたことに気づき、
「もう少し時と状況を選べばどうだ」
『そんなんじゃない』
「って!」
「の!」
 再度のお嬢の声に声を高らかに叫ぶ。その後それぞれの手によって口を塞がれたのはお約束だった。
 その間、わずか数センチ。周りの指摘がなかったらどうなってたことか。……何も起こらないような気もするけど。
「とにかくだ。まずは女王様に会って確かめるしかないだろ」
 咳払いをすると本来の目的に注意をそらす。どうやら異論はなかったらしい。『それもそうだ』と言わんばかりに四人歩みをすすめることとなった。
 シェーラと諸羽の言っていたことはあながち間違いじゃない。時と状況を選ばなきゃならないのは身にしみてわかっていたから。
「シェリア」
 名前を呼ぶと公女様は足を止めた。
「オレ、どんなふうに見える?」
 口の端を上げていつもと変わらない口調で。明るい茶色の瞳に映っているのは笑顔だと信じたい。
 地球に戻った後、アルベルトをベッドに運び、シェリアと共に眠りについた。眠ったといっても変なことが起きたわけじゃなく、気がついたら朝になっていたと言った方が正しい。
 目が覚めると隣に公女様がいて、さらに言えばオレの肩の上に彼女の頭があった。状況が状況じゃなかったら、おいしいシチュエーションだったんだろう。けど状況が状況だったから何事もなく時が流れた。
『お前は一人じゃない』そう言ったのは誰だっただろう。ただ、隣にいることで安心できたのは確かで。額にかかった髪を耳にかけてやったのと、額にその……したことを行動にふまえるのなら、さっきのは少し訂正しないといけない。
 再度目を覚ました時、肩先までのびていた髪は元にもどり、瞳の色も黒にもどっていた。けど床に散らばっていた白い羽根が事実であることを物語っていた。
 あと、別のものが聞こえるようになったことも。今までは決して聞くことのできなかったもの。それは初めて耳にしたもののような、遠い昔に聞いたことが――自身によって紡がれたような。
 何が原因であの姿になったのか。何が原因で元に戻ったのか。正直わけがわからない。ただ空都に戻らなきゃいけないことだけはわかってたから時空転移を使った。
 互いに見つめあった時間はどれくらいだっただろう。
「大沢昇、でしょ?」
『今更何言ってるのよ』と続けられた声は最後まで聞き取れなかった。表情を見られないよう、下を向いて片手で顔を覆うのに精一杯だったから。そういえば、こいつがオレのフルネームしゃべるのって初めてだよな。しかもちゃんと発音できてるし。そんなどうでもいい考えも、胸の裡を隠すことはできなかった。
 気づいてしまった感情。
 今は伝えるべきじゃない。伝わったとしても、その先は見えているのだから。
 心のどこかでひっかかっている違和感。それはきっと。
「大沢ー!」
「何をしているのだ。早く行くぞ」
 顔を上げると諸羽とお嬢が仁王立ちしていた。眉は気持ちいいくらいにつりあがっている。距離からして、どうやらさっきの会話は聞かれなかったらしい。
「あなたは大沢昇なの。それ以外の誰に見えるって言うのよ」
『ほらね』とばかりに笑いかける姿は、今まで見た中で一番まぶしいものに思えて。
 どうしてだろう。どうしてこいつは。
「……昇?」
 精神的ダメージは大きい。アルベルトだってどうなるかわからないし、オレ自身もどうなるかわからない。だけど、オレは一人じゃない。
 深呼吸をすると床を蹴って駆けだす。
「今行く!」
 ……もう少しだけ、このままで。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 声がする。
「いつまでそうしているつもりだ」
《ナクシタクナインダ》
「なぜ我と変わらない」
《コワイ》
 弱々しい声。ふとした拍子に壊れてしまいそうな。
「時が近いのだぞ。わかっているのか」
《シッテル》
 否。そうではない。この者はもとから――
「ならば、役割を果たせ。我はそのためにつくられた。汝はそのために」
《ワカッテルヨ! ダマッテロ!》
 震える声に瞳を閉ざす。沈黙の後に聞き取れたのは静かな哀願だった。
《ワカッテルカラ。……モウスコシダケ、コノママデ》
「ならばよい」

 急がなければ。我に――我らに残された時間は少ない。
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