第五章「夏の日に(後編)」
No,4 祭りの夜(後編)
シェリアは階段のすぐそばにいた。ドアの下にしゃがみ聞き耳をたてている。
「何やってんだよ」
(しーっ!)
人差し指をたて、片目をつぶる。目が異様にキラキラ輝いてるのはオレの気のせいだろーか。
(いいところなんだから大きな声出さないで! 邪魔しちゃダメよ)
「邪魔って――」
言い終わる前に。がっしとオレの腕をつかみドアを指す。……ここをのぞけってこと?
(っつーか、なんでドアが開いてるんだ?)
シェリアにならい声のトーンを落とすと物音を立てないようドアの隙間から中を見る。そこには椎名とショウがいた。
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「落ち着いたか? 酒なんか飲むからこんなことになるんだ」
「……うん。ごめんね。心配かけて」
「じゃあ俺、下にいるから」
「待って!」
部屋を出て行こうとするショウの腕を椎名がつかむ――
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(お前さー、こーいうの見てて楽しい?)
(楽しいに決まってるじゃない!)
相変わらず目を輝かせて言うシェリアに絶句してしまう。
こいつって公女様だったよな。オレの記憶が正しければ。でも目の前にいるのは、どこからどう見てもデバガメしてる女子高生だ。
(覗き見なんて趣味悪いぞ)
(でもしっかり見てるじゃない。別に帰ってもいいのよ?)
(オレは、ただ――)
(はいはい黙って。まだ話は続いてんだから)
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「ショウ、聞いてほしいことがあるの」
「なんだよ改まって」
「いいから! お願い」
「……早くしろよ。みんな下で待ってるぞ」
「……うん」
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(何の話をしてるのかしら。あーっ、気になる!)
(…………)
女って一体。
「おい」
((わっ!!))
声をあげそうになるのをお互いの手で口をふさぐことによってなんとかこらえる。
「遅いと思って来てみれば。お前達、何をしているのだ?」
そこにはシェーラがいた。 オレ同様二人のことが気になったらしい。
(なんだよ脅かすなって)
(そーよ。今いいところなんだから!)
「……話がみえない。マリィはそこにいるのだな?」
お嬢が部屋の中に入っていこうとする――
((だからダメだって!))
それを、シェリアが口を、オレが後ろから体を羽交い絞めにして取り押さえる。
(静かにしろよ!)
(こんなのめったにないチャンスなんだから!)
(…………!)
口をふさがれた当人は顔を真っ赤にしてうめいているも二人みごとに黙殺する。
どーでもいいけど、オレ、なんでこんな必死になってシェリアの味方してんだ?
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「あれから一年たったんだよね」
「ああ」
「ショウと別れて、本当に色々なことがあったんだ。ちゃんと『お母さん』って呼べるようになったし家族もできたし。昇くんって弟もできたし」
「そう言えばノボルってお前の弟だったな」
「うん。昇くんには助けてもらってばかり」
「みたいだな。けどお前も成長したな。一年前はろくに男と話せなかったからな」
「うん。こうしているのが嘘みたい」
「お前達姉弟って二人とも俺が見つけたんだったよな。お前は道で倒れてて、あいつはアクアクリスタルを探してさまよってて。地球の人間ってすごいな。気が据わってるというかなんというか」
「そんなことないよ。空都(クート)だって地球だってみんな同じだよ。でも昇くんには感謝してる。はじめて地球でできた男友達だし、大切な弟だよ」
「オレは弟か――」
ゴスッ!
『!?』
「今、何か聞こえたよね」
「ああ。ちょっと見てくる」
ショウはドアを開けて周りを見回した後、しばらくして戻っていった。
「誰かいたの?」
「これがあった。きっとこいつが落ちたんだろうな」
「……掃除機なんてあったかな?」
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パタン、とドアの閉まる音がした。
(……気づかれなかったみたいね)
(そのようだな)
お嬢と公女様が安堵のため息をもらす。
(…………!)
一方オレは、声にならない悲鳴をあげて床にうずくまっていた。
(急に声をあげるお前が悪い)
お嬢が冷たく言い放つ。
だからって掃除機で殴ることないだろ! マジでコブできたぞ。鈍器攻撃もいい加減にしろ!
(お前さー、こーいうの見てて楽しいわけ?)
後頭部をおさえながら同じ質問を同じ奴に言う。
(すっごく楽しい!)
(……お前って本っ当に公女様だよな?)
(公女がこんなことしちゃいけないの?)
シェリアが頬をふくらます。普通はダメだろ。っつーか、公女様じゃなくてもしないぞ?
(全く。何が楽しいのだ)
(面白くないなら帰ってもいいのよ? アタシはここで見てるけど)
(誰も帰るなんて行ってないだろ)
(わたくしだって……)
(要するに、二人とも気になってるんでしょ? だったら黙って見てなさい)
シェリアにぴしゃりと言われ仕方なく黙り込む。それを満足そうに見守ると公女様は再び視線を部屋の中に移した。
悔しいけど二人のことが気になるのは事実だった。
『大切な弟だよ』
『昇くんと姉弟になれてよかった』
二つとも同じ人が言ったセリフなのにどうして胸が痛いんだろう。そんなオレの心情を知ってか知らずか公女様が小さく拳を握る。
(さあ、いよいよクライマックスよ!)
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「お前さ、他の男の自慢話聞かされて楽しい奴っていないぞ?」
「そう?」
「聞いてほしいことってこのことだったのか? だったらもう帰るぞ」
「…………」
「なんだよ」
「……もしかしてショウ、ヤキモチ?」
「ばっ……誰が!」
「あー、赤くなってる。かーわいい♪」
「……お前、酔ってるだろ」
「えー、そうかなー?」
「……今日はもう寝てろ。他の奴らには俺から言っとくから」
「…………」
「じゃあな。おやすみ」
「まって! 私が言いたかったのは……」
「……? おい!」
それは、まるで映画のワンシーンのようだった。
足がもつれたのか椎名がショウに倒れかかり、ショウがそれを支える。
「ありがとうって言いたかったの。今までお礼もちゃんと言えなかったから。あと……ショウのことが大好きだよって」
明るい茶色の瞳がショウの黒い瞳をとらえる。その顔はいつにもまして真剣だ。
「ユリの時みたいにすれ違いで後悔する前に言っておきたかったんだ。これからも一緒にいてね。ダメって言われてもそうするから」
言われた方は一言も話さない。支えるのに精一杯なのか、単に動けないでいるだけなのか。
「言いたかったのはそれだけ。……返事は?」
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『………………』
ドアの前で、みごとに三人とも固まってしまった。
「シーナって性格変わったわね」
音を立てないようにドアを閉めながら、シェリアがつぶやく。
「それともあれが本来の性格なのかしら?」
「そうなのか!?」
二人が的外れな会話をする中、オレは黙って立ちつくすしかなかった。
椎名ってショウのことが好きだったんだな。
……そうだよな。わかってた。わかっていたはずだったのに――
「ノボル?」
「下行ってる」
今は、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
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興味本位でのぞくんじゃなかった。
見なければ、こんなに胸は痛まなかった。
「ノボル!」
シェリアの声がする。けど、オレはそれに答える余裕もなかった。
「ノボル、どーしたの? 急に黙って」
「……さい」
「ノボルってば、何怒って――」
「うるさいって言ってるだろ! ついてくんな!」
「!!!」
シェリアが身体をこわばらせる。
「なんなんだよ。あんな場面見せつけて。アンタは面白いかもしれないけど、見せられたこっちはいい迷惑だ!」
興味本位でのぞくんじゃなかった。
見なければ、自分の気持ちに気づくことはなかったのに。
「ごめんなさい、アタシ……」
「あ……」
これじゃいい八つ当たりだ。
「……ごめん。一人にしといて」
シェリアがひどく傷ついた顔をしていたけど、オレにはそれを気にする余裕は全くなかった。
「おい、貴様何をした!」
シェーラの声がやけに遠くから聞こえてくる。
わかっていた。わかっていたはずだったけど、やっぱイタかった。
バカだよな。今の今になって気づくなんて。
オレ、椎名のこと――