第五章「夏の日に(後編)」
No,3 祭りの夜(前編)
「ノボル、これ似合う?」
浴衣姿のシェリアが嬉しそうにはしゃいでいる。
「まあ似合うんじゃない?」
「まりいちゃんも似合ってるよね。そう思わない? ショウ」
「……それなりに」
「もうっ、男性陣ははりあいがないなぁ。こんな時は『可愛いよ』って言ってあげるもんだよ?」
同じく浴衣姿の諸羽(もろは)がリンゴ飴を片手に言う。
8月15日。
お盆の最終日。お盆といえば人が集まり、この時期になるとたいていお祭りがあるわけで。こうして6人で夜店を歩いている。
『ボクの家に遊びに来ない?』
この一言が今回のきっかけだった。
諸羽は榊(さかき)町、楠木(くすのき)市の住人じゃない。じゃあ今はどうしてるかと言うと、知り合いのつてで楠木市のアパートに住んでいる。ちなみに空都(クート)の奴らもそのアパートに住んでいる。剣ってなかなか奥が深い。
その諸羽が実家に帰るということでなぜか全員で押しかけることとなってしまった。
「浴衣まで借りてよかったの?」
「いいのいいの。おいでって言ったのはボクだしかたいことは言いっこなし」
アルベルトとセイルはまだ帰ってきてない。本当にどこにでかけたのやら。ちなみに浴衣は諸羽が二人に貸したらしい。準備のいい奴だ。
「空都(クート)じゃ祭りってなかったの?」
「あるけどこことは少し違う」
「へー。どんなふうに?」
「……少なくとも、こんなものはなかった」
手にしているものを握りしめ、小さくため息をつく。
「確かにそれはないだろーな」
「30分もすることなかったんじゃない?」
ショウが握りしめているもの――金魚の入ったビニール袋を見ながら言う。
「そこまでやるつもりはなかったけどこいつらがさー」
そう言いながら自分の金魚に視線を落とす。はじめはただ面白がってやってただけなんだけど、二人が真剣にやっていたものでオレもつられてやってしまった。ちなみに数は六匹。
「あんな紙で魚をすくいあげるという行為自体が無理なのだ。もっと頑丈であればよいものを」
「そうだよな。あの魚動きが早すぎる。何か特別な訓練をうけてはいないよな?」
手持ち無沙汰(こいつは一匹も取れなかった)のシェーラにショウが合意する。この二人、妙なところでイキが合っている。
「ショウのやりかたが悪いんじゃない?」
シェリアがつぶやくとショウはそれっきり黙ってしまった。
「……今度、もう一度ここに来るぞ」
「はいはい」
ジト目でにらむショウについ苦笑してしまう。こいつって意外と負けず嫌いだったんだな。
「それにしてもお前ってどこにいても目立つなー」
「うるさい」
憮然とした表情でお嬢がつぶやく。
どこにでもあるシャツとジーンズ。でも見た目が見た目だけに目立つことこの上ない。中には――
「すみませーん。一緒に写真とってください」
こんな光景もあるわけで。
「これで6人目ね」
お嬢の容姿は本当に目立つわけで。そのせいか女子高生がやたらと写真を撮りたがる。
「ほら、とっとと行ってこい。サービスしてやれよ」
「なぜわたくしがそのようなことをしなければならない!」
翡翠(ひすい)色の目が剣呑にこっちを見ている。でもここは地球だ。空都ととは勝手が違う。
「じゃー、ボクの家に泊まってるのは誰? 恩をアダで返す気?」
「…………っ!」
にっこりと笑顔で脅迫する諸羽にシェーラの顔色が変わる。
「これも社会勉強だよ。さあ、やってみよー!」
ポンポンとお嬢の肩を軽くたたき、喜々としてカメラのシャッターを押す。
シェーラは何かを言おうとするもそれをやめ深々とため息をついた。お嬢を手玉にとるとは。剣、恐るべし。
「さ、今度はボク達の番」
使い捨てカメラを取り出すと通行人に差し出す。
「もう嫌だ……」
がっくりと肩を落とすシェーラ。
「記念撮影ならいいでしょ?」
「せっかくみんなこうしてここにいるんだもん。みんなで撮ろうよ」
それをフォローするようにシェリアと椎名が笑う。
「何の記念なんだ?」
「このまま平和が長続きしますように?」
「大沢、それ変」
不思議そうな顔をするショウに適当なことを言ってのけるオレ。そこをすかさずつっこむ諸羽。
カシャッ。
写真の中の6人はみんな(一部除く)笑っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「せっかくみんな集まったことだし。やることと言えばこれっしょ?」
そう言って全員にコップを配り中に液体を注いでいく。
祭りも終わり、ここは諸羽(もろは)の家の大広間。
「これなーに?」
明るい茶色の目がいつも以上に輝いている。
「チューハイ。お祭りの後に飲む飲み物なんだ。地球じゃ常識だよ?」
いや、それはおおいに間違ってるぞ。しかも『未成年の飲酒は法律で禁止されてるんじゃないですか?』って極悪人が見たら言いそうだし。
「ほらほら。ぼさっとしてないで大沢も手伝う」
「どーなっても知らないぞ?」
「堅いこと言わない。家の中から出なければ大丈夫」
諸羽の顔がほんのりと赤い。こいつ、すでに酒飲んでるな。
「ほら、まりいちゃんも」
顔を赤くしたまま椎名に酒を勧める。
「じゃあちょっとだけ……」
勧められるまま椎名が液体の入ったコップに口をつける。
「おいしいっしょ?」
「…………」
椎名は口を開かない。
「シーナ、大丈夫?」
椎名の異変に気づいたのかシェリアが駆け寄る。
「…………」
椎名は口を閉ざしたまま。よく見ると顔が真っ赤だった。
「ごめん。アルコール弱かったんだ。ボクの部屋貸すからしばらく横になってなよ」
「うん、そうさせてもらうね……」
そう言いながらも足元がふらついている。危なっかしいことこの上ない。
「椎名、大丈夫――」
「ほら行くぞ」
オレがそうするよりも早く。ショウが椎名を支える。
「階段を上がってすぐ右だから」
二人は一つうなずくと、そのまま階段を上っていった。
『…………』
会話が続かない。
「二人のこと気になる?」
シェリアがいたずらっぽく笑う。
「一つの部屋に男と女が二人きり……なのよね」
「ショウに限ってそのようなことあるわけがないだろう!」
なんでお前がムキになってんだよ。それに、少なくとも椎名はそんなことするやつじゃない。……多分。
「アタシ、ちょっと荷物取ってくる」
二人に続きシェリアまでいなくなってしまった。
『…………』
広間には三人。やっぱり会話は続かない。
「大沢、シェーラ。せっかくだから今のうちに言っとく」
顔を赤くしたままオレ達の方に向き直る。顔の色とは対照的に、その瞳は真剣だった。
「大沢はあの時『時空転移』を使ったよね。でも術は未完成な状態で発動してしまった」
「あれは……悪かったよ」
本当に記憶がなかった。自分の言ったセリフもこの前アルベルトに言われて思い出したくらいだし。
「ううん、責めてるわけじゃない。むしろあの状態でここまでこれたことのほうがすごい」
そう言って一枚の紙切れを手渡す。
「これはこの前の『精霊の契約』――あの時キミが言ったセリフだよ。今度からはそれを言うだけでいい。
ただ、術は完全じゃない。未完成な術はそれにともなうリスクも大きい。今の状態で使ったらどうなるか。それだけは覚えておいて」
要するに副作用があるってわけか。せっかくファンタジーらしきものを使えるようになったと思ったのに。
「あとシェーラ。単刀直入に聞くけど、キミはこの先どうしたいの?」
『え?』
これはシェーラだけじゃなくオレも聞き返してしまった。
「まがりなりにもキミは地球へ、異世界に来ることができた。でも、これから先はどうするつもりだったの?」
全く考えてなかった。シェーラを地球に連れてくることだけ考えてて。いいタイミングで諸羽(もろは)が見つかったからトントン拍子で話が進んで。でもその後のことは――
「ほとぼりがさめたら元の世界へ帰るもよし、ずっと地球にいるのもよし。ここから先は自分で決めなきゃ」
「…………」
お嬢はうつむいたまま動かない。
「ごめんね。真面目な話しちゃって。ボクお菓子買ってくるね」
苦笑すると、諸羽は家を出て行ってしまった。
『…………』
二人きりの広間で、残された二人は終始無言だった。
確かに何も考えてなかった。これから先のこと。これから先の自分。
これからオレはどうしたらいいんだろう。これから先、シェーラは――
「……シェーラ?」
隣を見ると、そこには真剣な顔をしたお嬢の姿があった。視線をなぜか階段に向けている。
「ショウ、遅くはないか? まさかとは思うが――」
「まっさかー」
お嬢の発言に苦笑いを浮かべる。まさかあの二人に限ってそんなことはないだろう。
でも……
「オレ、呼んでくる」
三人に引き続き、なぜかオレまでも二階に上がるハメになってしまった。