EVER GREEN

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第五章「夏の日に(後編)」

No,5 『弟』という壁

 気になっていたのは確かだけど、まさかここまでとは思わなかった。

 祭りの翌日、オレ達は即行で家に帰った。本当はもっと寄り道して帰るつもりだったけど状況が状況だっただけにそんな気力も起きなかった。そして家に着くなりダウン。そこから先は覚えてない。
「…………」
 ベッドの上で目をつぶってみる。だからってどうにかなるわけじゃないけど。
 これってこの前と同じだ。あいつのワガママっぷりにキレて、怒鳴りちらした時。その後の表情が頭から離れなくて妙な罪悪感にかられた。
「…………」
 目を開けてみる。そう。目の前のこいつだ。こいつにやられたんだ。
 三日月刀を椎名に預けといてよかった。突きつけられたものがモップじゃなかったら間違いなく首がとんでただろうから。
「それじゃ全くきまってないぞ」
「シェリアに謝れ」
 オレの軽口もなんのその。そこにはモップの柄をオレの首に突きつけるシェーラの姿があった。その視線はいつも以上に鋭い。
「言い訳があるのなら言ってみろ。返答しだいでは――」
「わかってる。全面的にオレが悪い。ちゃんと謝るよ」
 両手をあげて降参のポーズをとると、視線はそのままにようやくモップをどけた。
「ならば早くしろ」
「はいはい」
 こいつって見かけによらずフェミニストだったんだな。そんなことを考えながら体を起こす。
「わたくしの言った通りになったな」
「なんだよ、それ」
 そもそも前に何か言われたっけ?
「彼女とお前とは不釣合いかもしれないがな。わたくしの勘もあながち嘘ではあるまい?」
「だから、なんだよそれ――!?」
 お嬢の意図がわからず首をかしげるも、やがてその意味がわかり絶句する。
『お前はシーナが好きなのか?』
 確かにこいつはそう言った。『それは、これから先どうなるかわからないということだな?』とも。
「黙っているということは肯定の証だ」
 やっと気づいたのかと言いたげに、お嬢が不敵な笑みを浮かべる。
「勝手に決めつけるな!」
「事実を突きつけられた時ほど人は反抗するものだ」
「……っ!!」
 すっげームカつく。けど言い返せないのが悔しい。
 悔しいけど事実だった。それが認めたくないものであればあるほどムキになって反論してしまう。それが意図することは、つまり――
「シェリアに謝る方が先」
 ここで押し問答しててもしょうがない。それだけ言うと部屋を後にした。
 こいつにまでこんなこと言われるなんて重症だな。オレも。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「シェリアならいないよ? いるのはボクだけ」
 意を決してシェリア達の住むアパートに向かったものの出迎えてくれたのは諸羽(もろは)だけだった。
「ボクだけって、他の奴らは?」
「シェリアは急用ができたって出かけちゃった。ショウには社会勉強がてら買い物頼んだし。師匠さんとセイルならまだ帰ってきてないよ」
「まだって、あれからけっこうたつぞ?」
 今日は8月18日。夏休みも終わりにさしかかろうとしている。確か三日ほど外出するとか言ってなかったっけ。あいつ。
「ホントにどこに行ったんだろうねぇ? 電車や飛行機の乗り方とか切符の買い方とか聞かれたし。あと地図も頼まれたから買ってあげたけど」
「地図ってどこの?」
「日本地図。観光でもするつもりだったのかなー?」
 ……本当にどこに行ったんだ?

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 しばらく待ってはみたもののシェリアは一向に帰る気配をみせず、手持ちぶさたのまま家に帰ってきた。
「明日また行ってみっか」
 部屋の中で一人つぶやく。このまま気まずいのも嫌だし。
 コンコン。
「はい?」
「ちょっといい? すぐすむから」
 声の主は言うまでもないだろう。けど、今入られたらヤバイ気がする。
 かと言ってもずっと一つ屋根の下なんだ。このままずっと顔をあわせないわけにもいかない。
「……いいよ。入ったら?」
「……うん」
 ためらいがちに返事をすると、椎名が部屋の中に入ってきた。
『…………』
 この前のこともあって、なかなか目を合わせづらい。正確にはオレ達三人が二人を覗き見してただけだからむこうは気づいてないだろうけど。けど妙な後ろめたさが残っていることには変わりはないわけで。
「何の用?」
「うん。えーと……」
 気のせいか声がかたい。もしかして覗き見がバレたのか!?
 しばらく視線を宙におよがせた後、意を決したようにこう言った。
「シェリアがね、『ごめんなさい』って伝えておいてって」
「へ?」
「あ、アタ……私はよくわからないんだけど。なんだかとても落ち込んでいたみたいだから。私が言ったことは内緒ね?」
 大げさに手をぶんぶんふっている。
「もしかして、本人が謝らないと気がすまないタイプ? だったら今度本人連れてくるけど――ノボルくん?」
 心配して損した。まあらしいと言えばらしいけど。
「そんなことないけど。オレも謝ろうと思ってたし。椎名が気にしなくても大丈夫だって」
「よかったぁ」
 ふっと肩の力が抜け、同時に焦げ茶色の髪も肩に落ちる。その姿がなんだか微笑ましかった。
「椎名っていい奴だよな」
「え?」
「友達のフォローするためにここまで来ないだろ。シェリアもいい友達もったよなー」
 オレなんか自分のことで精一杯で周りのことなんか頭に入ってなかったのに。
「うん……。そうね。本当に大切な友達よね」
 伏目がちに小さな声でつぶやく。
「……普通、自分で自分のことをいい奴なんて言わないけど?」
「え?」
 明るい茶色の瞳がきょとんとしてこっちを見ている。
「あっはは。久々に出た。椎名の天然」
「なによー」
 ようやく自分の言ったことの意味がわかったのか、椎名が頬をふくらます。めずらしーな。椎名がこんな反応するなんて。可愛いからいーけど。
「さっきの続きだけど、椎名はそのままがいいよ。人のことを自分のことのように心配できるって奴そうはいないもんな。この前さ、オレに言ったろ? 『姉弟になれてよかった』って。あれすっげー嬉しかった」
 今でもそう思う。本当に椎名と知り合えて、姉弟になれてよかった。
「椎名」
「?」
 さっきのが気に障ったのか頬を膨らましたままの椎名に右手を差し出す。
「別にとってくおうってわけじゃないって。これからもよろしくってことで」
 人のために頑張っている椎名を見たら、当人の目の前でやきもきしている自分がおかしかった。
「……うん。これからもよろしくね」
 差し出されたその手は、細くてあたたかかった。

 このまま、何事もなく別れるはずだった。次のセリフがなかったら。

「ノボルくんは私の大切な弟だよ」
 手を握ったまま、そう言って笑いかける。

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 何気ない一言。その一言が引き金になった。
「……オレって、椎名にとっては『弟』?」
「え?」
 自分でも、なんであんな行動をとったのかわからない。ただ気がつくと彼女を抱き寄せていた。
「オレ、戸籍上じゃ弟だけど。でも血はつながってない」
 抱きしめて、焦げ茶色の髪に顔をうずめる。
「知ってた? オレ、男だよ」
「ノボルくん!?」
 明るい茶色の瞳に恐怖と戸惑いの色が灯る。手と同様、細くて華奢(きゃしゃ)な身体。このまま力をこめたら折れてしまいそうだ。
「椎名はさ、あいつのことどう想ってるの? オレは椎名のこと――」
 いっそのこと、そうしてみようか。全てをぶつけたら、彼女はオレをどんなふうに見るだろう。この関係は終わってしまうのだろうか。

 できるわけないだろ。そんなこと。
 これ以上、お前は何を望む気だ?
 もう充分だろ。同じ過ちをまた繰り返す気か。
 今までだって、さんざん大切なものを傷つけてきたくせに――

「ノボル……」
「なーんてな。ごめん、冗談」
 苦笑して手を離す。
「冗談?」
「――にしてはタチ悪すぎだったな。ごめん」
 目の前でパンと手を合わせる。目はあえて合わせないようにした。オレ自身自分の行動に戸惑ってたし。
「ノボルくん、アタシ……」
「なんでもないって! 今のなし!」
 照れ隠しで慌てて手をひっこめる。今思えばそれがまずかった。
「きゃっ!」
 力が強かったのか、椎名がバランスをくずし、オレのほうに倒れかかってくる。
「っぶねっ!」
 慌ててそれを防ごうとしたけど間に合わない。結果、二人みごとに床に倒れる形となってしまった。
 ゴンッ!
『………………!!』
 頭をぶつけた痛みよりも別のことに気がまわってしばらく動けない。
 それは、ちょうどこの前の場面と同じ状況だった。
 ただ一つ、違うことと言えば――
「ごめんなさいっ!」
 椎名は顔を真っ赤にすると、足早に部屋を出て行った。
「…………」
 一歩、二歩。
 そのままずるずると壁にもたれかかる。
 鏡がなくてよかった。もしあったら、さっきの椎名以上に赤い顔がうつってるはずだ。
 マンガではよくある話だけど、実際にやるとは思ってもみなかった。
「……やっべぇ」
 呆然とつぶやき顔に――口に手をやる。

 今日は色々な意味で眠れそうにない。
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