EVER GREEN

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第五章「夏の日に(後編)」

No,13 失恋

「ショウにはボクのボディーガードをしてもらってたの」
 ミラーハウスを出た後、諸羽(もろは)はそう言った。
「ゲートを調べるためにここに来て、そしたらキミ達がいるっしょ? なんだか様子がいつもと違うし、それで――」
「それで、デバガメしていたと?」
「うん。なんだか面白そう――じゃない、心配だったから。ごめん!」
 前半に思いっきし本音が出てるぞ。だいたいそんなことだろーとは思ってた。
「ショウは止めなかったの?」
「止めはしたけど。『まりいちゃんが大沢のものになってもいいの?』って言ったら自分からついてきちゃった」
 ショウ。お前って……。
 そのショウはむこうで椎名に詰め寄られている。あいつは一体どんな弁解をするのやら。
「あーあ。オレってなんでここぞって時にキメられないんだろ」
 最後はなんとか倒したもののショウの手助けがないと無理だったし。逃げ回ったり諸羽にしがみついたりとカッコいいとこ一つもない。
「うん。すっごいカッコ悪かった」
「はいはい。どーせカッコ悪いですよ」
「けど……カッコよかったよ。ガンバレ男の子!」
 意味不明なセリフを口にすると、いまだに言い訳をしていたショウを引きつれ諸羽は帰っていった。

『…………』
 二人の間に沈黙がはしる。
 時計台を見ると針は夕方の5時を指していた。帰る人もまばらにいたけど遊園地はまだ終わりの気配を見せない。
「椎名、オレ……」
「昇くん、私……」
 そのまま、静かに時は流れる。
「オレから先に言わせて。あと目つぶって」
「……うん」
 何かを察したんだろう。椎名は言われるまま目をつぶった。
 それを確認すると彼女を抱きしめ、耳元で今まで言えなかったセリフを口にした。
「オレ、椎名のこと好きだ」
「…………!」
 椎名が身体を強張らせるのがわかる。けどオレも後にはひけない。
「椎名が誰を好きなのかも知ってる。けど、やっぱ好きだ」
 意識しだしたのは再婚の話を聞かされてから。
 本格的に気になったのは高校に入ってから。
 好きだと気付いたのは、あの現場を目撃した時から。
 なんでこうなったのか自分でもわからない。気がついたらそうなってた。
 今言えること。オレは椎名が好きなんだ――

 どれくらい時間が流れただろう。
「…………ごめんなさい」
 返ってきたのは弱々しく、でもはっきりとした拒絶の声。
 早い話が、フラれてしまった。
「はあああああーーーっ」
 今までの力が一気に抜け、そのまま地面にへたりこむ。
「昇くん!?」
「平気。オレ見かけよりもタフだから。オレってためこめないタチなんだよな」
 こうなることはわかってたし。けど、やれることはやったんだ。後悔はない。
「昇くん……」
「そんな顔すんなって。さて、と」
 反動をつけて起き上がりズボンの汚れをはらう。
「オレ先に帰ってる。あとはごゆっくり。姉貴」
 そう言って笑うのが精一杯。何か言いたげな椎名を残し足早に遊園地を後にした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 家には誰もいなかった。
「…………」
 自分の部屋にたどりつくと静かにドアを閉める。
 誰もいなくてよかった。いたら、きっとすごいことになっていただろう。
「…………っ!」
 ドンッ!
 両手で壁をたたきつける。
 わかっていたけど、きつかった。きつかったけど、言わずにはいられなかった。
 後悔はしてない。けど――
「う……わああああーーーーっ!」
 叫ばずにはいられなかった。
「うっ…………」
 涙は少し、でた。
『泣きたい時は思い切り泣け』
 子供の頃に聞いた親父の言葉が頭をよぎる。
 男のくせにみっともないよ! あの時はそう反論した。
『そう思っている方がよっぽどみっともないぞ? 誰だって泣きたい時は泣けばいいんだ。そのかわり泣き終ったら無理をしてでも笑え。泣いたぶんだけ元気にならないとな』
「笑うなんてできるかよっ!」
 後にはただ、嗚咽がつづくのみ――


「さきほどから叫んでばかり。まるで猛獣だな」
 振り返るとそこにはシェーラがいた。片手にはなぜかビニール袋をさげている。
「……なんでお前がいるんだよ」
「たまたま用があってここに来たまでだ。留守かと思えば妙な声がしたものでな」
「笑いに来たのか? だったら出てけ」
 赤い目でお嬢をにらみつける。よりによってこいつに見られてしまうなんて。情けないにもほどがある。
「…………」
 ドンッ!
 有無を言わさず床にビニール袋を置く。
「飲め」
「……は?」
「飲めと言っている」
 袋の中から缶を取り出すと開けると中身をあけ、そのまま一気に飲み干す。
 中身はあっという間になくなりそれに比例してお嬢の顔がほんのりと赤くなる。
「お前、それ酒――」
「わたくしには一人の側近がいた」
 空になった缶を床に置き、オレの目を見据えながら淡々と語りだす。
「彼女からは色々なことを教わった。剣術も、学問も、礼儀作法も。わたくしを外の世界へ連れ出してくれたのも彼女だった」
「……その人は今どこに?」
「わからない。だが一刻も早く見つけなければ。エルミージャ……」
 酔ってるからかそれ以外のものからか。シェーラの顔が苦痛にゆがむ。ここまで言われるとさすがのオレでもこいつの言わんとしていることがわかった。
「お前、その人のこと……」
「むこうにとって、わたくしは仕えるべき主としてだけの存在でしかないのかもしれない。歳も離れているしな。だがわたくしは――」
 ……好きなんだな。その人のこと。
「離れてるってどのくらい?」
「11だ」
「は!?」
 お嬢の爆弾発言に目を丸くする。確かこいつの歳は14だった。ってことは25!? いくらなんでも離れすぎだろ!
 そう言いかけたのをかろうじてこらえる。なぜならそう言ったお嬢の表情がひどく自嘲(じちょう)めいて見えたから。
「お前の思っている通りだ。だが、わたくしにとって彼女は幼少の頃からともに歩んできた、姉のような――それ以上の存在なのだ。お前の一度や二度の失恋などわたくしに比べれば生ぬるい」
「……だから、元気だせって?」
「うぬぼれるな。悲嘆にくれるのは勝手だが周囲に被害をこうむるなと言ったまでだ」
 情け容赦なくぴしゃりと言い放つ。いつもなら頭に来るはずのセリフだけど、今は不快なものには聞こえなかった。
「はいはい。けど、まさかお前にはげまされるとは思ってもみなかった」
「…………」
 スッと翡翠(ひすい)色の目が細くなる。
「刀はなしだからな!」
 慌てて両腕で防御の姿勢をとる。
「お前が取り上げただろうが」
「あ、そっか」
 目が元にもどったけど今度は呆れ顔になる。
「モロハが言ったことをわたくしなりに考えてみたが、結局わからなかった。帰る方法がわからない以上どうしようもない。わからないから、お前の真似をすることにした」
「なんだよそれ?」
「前に言ったではないか。『なんとかなるさ』と。本当にそうなるかはわからないが、今はお前の言う『ナツヤスミ』とやらを楽しむことにした」
「……あっそ」
「…………」
 刀の代わりに今度は手刀が直撃しようとする。
「サンキュな」
 けど白羽取りでなんとかセーフ。オレ、反射神経だけは絶対レベル上がった。
 こいつなりに考えてのことなんだろう。今までだったらそんな余裕なかったはずだ。これって成長したってことなんだろーか。
「今度はオレが相談のってやるよ」
「ふられた奴に相談しても話すだけ時間の無駄だ」
 ほんっとコイツ、可愛げのない……!
「何を騒いでいるんです。話が筒抜けですよ」
 振り返ると今度は極悪人がいた。手にはお嬢同様ビニール袋をさげている。
「なんでアンタがここにいるんだ?」
「聞きたいんですか?」
「……やっぱいい」
 つっこむのはやめとこう。空しすぎる。
「じゃあ始めましょうか」
「何を?」
「あなたの励まし会です。今日は飲むんでしょう?」
「……未成年者は飲めねーんだぞ」
「何を今更。せっかくあなたのために用意したんですから」
 そう言って今度はお嬢の時の倍の数、缶ビールを置く。ご丁寧につまみ代わりの菓子までそろえてあった。
「こういう時は飲むに限ります。幸いここには三人しかいません。思う存分お飲みなさい」
「親父達が帰ってくるだろ」
「ぬかりはありません。先ほど留守を任されましたから」
 ……つっこむのはやめとこう。空しすぎる。
「さあ飲みますよ。シェーラも社会勉強だと思って付き合いなさい」
 そう言って静かに缶を開ける。
「これで貸し二つだからな」
 完全に酔いのまわった顔でオレをにらみつけるとお嬢も新しい缶に手をつける。
 もしかしなくても、オレが椎名を好きだってことってはじめからバレバレだったんじゃ。
 ため息を一つ。二人にならい缶を開ける。
 あーあ。なんでオレってこうなんだろ。
「……じゃあ、飲みますか」
「ノボルの幸を願って」
「乾杯」
「変な言い方すなっ!」
 男三人の飲み会は夜中まで続いた。
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