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第五章「夏の日に(後編)」

No,12 不思議の館で(後編)

 一言で言えば小柄な狼。二言で言うならいかにも獰猛そうなでっかい野犬。少なくとも今のオレにはそう見えた。
 って――
「なんでこんなのがここにいるんだよ! どーみたってこっち(地球)の生き物じゃないぞ!」
「言われなくてもわかってるよ!」
 怒鳴りあいながらもお互い腰がひけてるのが情けない。
 いかにも獰猛そうな顔にとがった爪。忘れもしない。空都(クート)で初めてお目にかかった獣こと狼もどきだ。
「とにかく。こいつをどーにかしよう。外に出したらマズイだろ?」
 こんなものが遊園地に現れたら本気でシャレにならない。
 幸い今回は一匹。二人で力を合わせればなんとかなる――よな?
「でも、ボク戦えないよ?」
 ……はい?
「まったく?」
「まったく。全然」
 こっちの問いかけにさも当然かのように答える。
 嘘だろ? こいつど素人!?
「大沢は?」
「この前見たろ?」
 セイルに襲われた時も結局二人して逃げ出すことしかできなかった。自分で言うのもなんだけど、はっきし言ってめちゃくちゃ弱い。
「何かないのか? 一族だけに伝えられてる術とかなんとか」
 『剣』って呼ばれてるからにはちゃんと意味があるはずだろ? 一体なんなんだよ『剣の一族』って。
「そんなのないよ。『剣の力は極限の状態でこそ発揮されるものだ』ってご先祖様の遺言があって教えてくれなかったもん」
「使えないご先祖だな!」
「先代に八つ当たりしても仕方ないっしょ!」
 再び口論になろうとするも、
「グルルル……」
 獣のうなり声で我に返る。今はそれどころじゃなかった。
「『グルル』だって。怖いよね」
「怖いよな。オレ前にあいつに追い回されたことあるし。なんで平穏無事な日常ってこうも簡単にくずれてくんだろ……」
「日ごろの行いが悪いからじゃないの?」
「オレほど日々真面目に生きてる人間はいないはずだ――」
 三度口論になろうとするも、
「大沢、うしろ!」
「へ?」
 言われるまま振り返ると狼もどきが目の前にいた。
「うわあああああっ!」
 叫び声をあげながらミラーハウスを走り抜ける。諸羽もいるはずなのになぜかオレの方にだけ襲いかかってくる。
 これ、だいぶ前にもやったぞ? なんて進歩がないんだオレ。
 ちなみに短剣(スカイア)は家に置いてある。こんなことなら持ち歩いときゃよかった。っつーか、なんで地球でまでこんな目に遭わなきゃならねーんだオレ。やっぱり呪われてんのか?
「あああああああっ!」
 もーダメだ。異世界でも死にたくないけど地球でもやっぱ死にたくない!
「大沢! 手伸ばして!」
 遠くから声が聞こえる。
「そんなことして何になるんだよ!」
「いいから早く! 死にたくないっしょ?」
 オレだってこんなところで死にたかない。言われるまま手を伸ばすのと、狼もどきが跳びかかってきたのはほぼ同時だった。獣の爪が空しく宙を凪ぐ――
「……へ?」
 ……浮いてる?
「まったく。キミってば無茶しすぎ」
 そこには長いスカーフをはためかせ両手でオレの腕を必死につかむ諸羽(もろは)の姿があった。
「そのスカーフも『剣』の力なのか?」
「スカーフじゃなくて羽衣(はごろも)。ボクの家に代々受け継がれてる代物なの。いつも肌身離さず身につけとけって言われてたんだけど、こういうことだったんだ」
 諸羽自身使ったのは初めてだったらしく感慨深げに言う。確かに、こいつはいつもスカーフを巻いていた。
 とは言え女子の腕で男の体を支えるのには無理があるわけで。なけなしの握力を使ってよじ登り、半ば諸羽にしがみつくような形で体勢を整える。ある意味恥ずかしいけど今はそんなこと言ってられない。
「あんまり動かないでよ。あと変なとこ触らないように」
「誰がっ!」
 思わず大声をあげようとして――やめる。本当にそーいう場合じゃなかった。
 とりあえずの危機は脱したものの完全に安全というわけじゃない。現に狼もどきは足元でくぐもった声をあげてるし。
「やっぱアレかな。これって術の副作用ってやつ?」
「……そうかも」
 時空転移(じくうてんい)を使えば時と場所を越える、要するにワープすることができる。けど、それと引き換えに余計なものまでつれてきてしまうってわけか。
 ……あれ? じゃあさっきみた変な夢は? 一体どこからどこまでが副作用なんだ?
「ごめん大沢、ちょっとまずいかも」
 諸羽の声で再び我に返る。そーだった。副作用の件は後回しにして、マジでどーにかしないと。
「オレが時間稼ぎするしかないよな。その間に何か策考えといて」
 本当は二度とやりあいたくない相手だけど。けどこのまま二人力尽きましたってのも嫌すぎる。
「ダメ! 今度こそ殺されちゃうよ!」
 とんでもないと言わんばかりの形相で首を横にふる。オレ、そこまで信用ないですか?
 けどオレだって男だ。頼ってばっかじゃカッコ悪いし、それくらいできないでどーする。
「これ借りるぞ!」
 諸羽の手から錫杖(しゃくじょう)をひったくり地面に降り立つ。
 これには聖獣の『竜』――大地の力が込められてるって言ってた。『地の民』には力を引き出す才能があるって誰かが言ってたし、生粋の地球人のオレならどーにかなるかもしれない。少しぐらい手荒に扱っても壊れない……よな?
「やあああっ!」
 雄たけびと共に狼もどきに殴りかかる。
 パリーン!
 でも、当たったのは鏡だった。
 よほど頑丈に作られているのか錫杖には傷一つない。おまけに狼もどきもどこにいるのかわからなくなった。
「……ほら来いよ。オレを食べたいんだろ?」
 どこにいるのかわからない獣に錫杖を構える。
 まさか自分がこんなセリフを言うとは思わなかった。あー、スカイア(風の短剣)連れてくりゃよかった。今度から絶対肌身離さず持ち歩いてやる!
 錫杖をにぎりしめたその時だった。
「昇くん!」
 視界にさっき別れたはずの椎名の姿が映る。なんでここにいるんだ!? よりによってこんな時に!
「帰ってくるのが遅かったから坂井くんに聞いたの。そしたらここだって」
 坂井――!
 心の中で毒ついても今となっては後の祭り。
「椎名! 来るな!」
「え……?」
 タイミング悪く。椎名と狼もどきの視線がぶつかる。
「まりいっ!」
 駆け寄ったところで何かができるってわけじゃない。けど気がつくと錫杖を片手に走りだしていた。
 ポゥ……
「……?」
 先端に紅い火が灯る。これって霧海(ムカイ)の時と同じだ。だったら!
「我は地を司りし者。竜の加護を受けし者の名において、汝(なんじ)を……」
 前に一度だけ言ったリズさんのセリフをまねる。えーと、続きは――
「とにかくあいつをやっつけてくれ!」
 ありったけの力をこめて錫杖を床に突き刺す。
 ズン……
 鈍い音がした後、床から、地面から数本の鋭利なトゲが生えてくる。例えるなら、そう――槍。
 石の槍が獣に襲いかかる!
 ――けど、当たったのは一本だけ。あとはすんでのところでよけられてしまった。代わりにやってくる疲労感。くそっ! 付け焼刃じゃ無理なのか?
「ガウッ!」
 足をやられたことに腹を立てたのか狙いをオレの方に変えて再び襲いかかってくる。
「昇くん!」
「大沢っ!」
 二人の声が聞こえるけど動けない。くそっ、告白もできずにこんなところで終わるのか!?
 キイィィィン!
 と、その時。ちょうどのタイミングで斧が獣の爪をはじく。
「ノボル!」
 聞きなれた声とともに何かを投げつけられる。手には確かな感触。
「一気にいくぞ!」
「わかった!」
 なんでこいつまで? と思ったけどやっぱり後回し。
 疲労した体にムチ打ってなんとか構えをとる。なにはともあれ助かった。こいつがいれば百人力だ。
「スカイア!」
 短剣を使って風の精霊を呼び出すと、
「いっけーーっ!」
 風の刃が獣を包み動きを封じる。
「りゃあああああっ!」
 そこにショウがすかさず斧を振り下ろす。
 ザシュッ!
 獣は床に崩れ落ちた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「サンキュ。これのおかげで助かった」
 額の汗をぬぐい錫杖(しゃくじょう)を諸羽(もろは)に返す。
「すごいよなー。さすが『竜』の力が込められてるってだけあるな」
 命中はしなかったものの、まさか自分一人であんなものが出せるとは思わなかった。
「あ、うん……」
「諸羽?」
 こいつにしては妙に歯切れが悪い。しばらく考えるようなそぶりを見せた後、視線をオレの方に向ける。
「こんなこと前にもやったの?」
「まーな。その時はオレが増幅装置になったって言ってたけど」
 霧海(ムカイ)で二体の像をやっつける時。オレに杖を握らせてリズさんが術をぶっぱなしたんだった。『君の力――生命力をわけてもらったから』って笑顔でえげつないこと言われたっけ。
「そうなんだ……。とにかく気をつけなよ? 見てるこっちがひやひやするんだから」
「はいはい。――で。なんでお前がここにいるんだ?」
 視線をここにいる四人目の人物に変え、諸羽の時とまったく同じ質問をする。
「……その……」
 四人目の人物ことショウは三人目とまったく同じ反応を見せた。まあ何をやってたのか予想はつくけど。
「……見て!」
 椎名が驚きの声をあげる。それにならって声のする方へ視線を向けて、絶句する。
 獣の姿が霧になっていく。
「なんで――」
「これは空都(クート)の生物なんだよね? 他の世界の生物が地球で死ぬとこうなるんだ。まあ逆もしかりだけど」
 諸羽が説明している間に獣は完全に周りの風景に溶けてしまった。
「これも術の副作用?」
「わかんない。でも可能性はある。これにこりたら時空転移は多様しないこと」
「……身にしみてわかりました」
 こうしてミラーハウスでの長いひと時は幕を閉じた。
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