第五章「夏の日に(後編)」
No,14 夏の終わり
翌日。
「二人ともだらしないですねえ。このくらいで二日酔いになってどうするんです」
8月27日。オレはこうして……床にダウンしている。
結局昨日は缶ビール10本飲んだ。酒は何度か口にしたことはあったけどあれだけ飲んだのは初めて。おかげで強力な二日酔いを体験するはめに。一緒に飲んでいたシェーラもさっきからピクリとも動かない。
「……なんでアンタは平気なんだ」
顔だけ起こしてアルベルトをにらみつける。
「あなた達とは鍛え方が違うんです。悔しかったらもっと大人になることですね」
どーいう鍛え方だ一体。そもそもこの中で一番飲んだのはこいつだったはず。
いっそこいつの上でもどしてやろうかと本気で考えたその時だった。
「何やってんだ? アンタ達」
視線を動かすとそこにはショウがいた。
考えてみればこいつはオレの恋敵。そいつの前でヤケ酒飲んだあげく二日酔いでダウンしてるオレって一体。
ふと隣を見るとシェーラがこっちを見ていた。どーせ『無様だな』とでも言いたいんだろう。何もしゃべってないくせにこーいうことだけはなぜか手に取るようにわかった。
けど対抗する手段もないから『うるさい! お前だって似たよーなもんだろ!』という視線を送り返した。
無言のにらみ合いがしばらく続く。
「お前らって実は危険な関係だったのか?」
『違うっ!!』
キイィィィン!
「うっ……!」
「痛ててて……!」
急に大声をだしたもんだから二人して再び床にダウンする。
「一体なんなんだ? お前ら」
「いいところに来ましたね」
ショウが声をかけたのと極悪人が肩をつかんだのはほぼ同時だった。
「だからなんなんだよ?」
ショウ、頼むから大きな声ださないでくれ。こっちは重病人なんだ。
「これから遊びに行くんです。二人とも何をぼさっとしてるんです。いい加減起きなさい」
「オレ、今日はパス……」
「行くんです」
オレの主張もなんのその。エセ笑顔で無理やり手を引っ張られた。こいつ本物の鬼だ。
「どこに行くのだ」
青い顔のままようやく立ち上がったシェーラがつぶやく。
「プールです。夏休みもあとわずかなんでしょう? 若者がこんなところでくぶっていてどうするんです」
ちなみにプールという用語、空都(クート)にもあるらしい。もっとも設置してあるのは大金持ちの屋敷か公共の施設だったりとこっちと同じなんだそうだ。
「だからってなんでプールなんだ?」
「俺、行かない」
オレの声とショウの声が重なる。顔色が悪いように見えるのはオレの気のせいなんだろーか。
「絶対行かない。先帰ってる!」
「行くんですよ。夏休み最後の思い出作りです」
ショウの腕を極悪人がしっかりつかんで言う。それにしてもこの動揺っぷりは一体なんなんだ?
それはあとでよーくわかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さー、ショウ君。プールに入りましょーか」
「嫌だ! 絶対入らない!」
プールサイドに栗色の髪の男の叫び声がこだまする。
ショウ・アステムはカナヅチだった。
本人曰く『海のないところで育ったんだ。泳げなくて何が悪い!』とのこと。生まれ育った村が小さかったから水泳の授業はなかったそうだ。
「だったらなおさら練習しとかないと」
「今更やっても無駄だ!」
「もし海で敵に教われでもしたらどうするのだ」
「海の中じゃないからいいんだ!」
なんか小学生と化してないか? こいつ。狼もどきを倒したのと同一人物とはとても思えない。
「あれほどの使い手がカナヅチとはねぇ。今度アンタとやりあう時は海の上でやりゃいいってわけだ」
「ほらこいつもこう言ってることだし」
「二人とも面白がってるだろ」
『気のせいだろ』
ジト目のショウに二人そろってそっぽを向く。
なんでセイルまでここにいるかというと極悪人が無理矢理連れてきたから。はじめは面倒くさがってた暗殺者も今はオレ同様この状況を楽しんでいる。ちなみにオレはそれなりに泳げるし他の奴らも普通に泳げる。城から一歩も出たことのないはずだったお嬢もなぜか泳げてるし。
「往生際が悪いですねえ。あなたのためにわざわざ女性陣を遠ざけてあげたというのに」
アルベルトが言うように、ここにいるのは男だけ。女子達は買い物に行ってる。不自然だとは思ったけどそーいうことだったのか。
「まずは水になれることが先決だな」
そう言ってショウに浮き輪をかぶせる。
「そうですね。『習うより慣れろ』とよく言いますし」
「良心が痛むけどここは心を鬼にしなきゃね」
「そのようだな」
四人でショウの体をつかみプールの端まで移動する。
「おい、もしかして……」
目の前の男が顔面蒼白になってるけどあえて無視。
『いいからとっとと入ってこい!』
四人でショウの背中をおもいっきり蹴りつけた。
ドボーン!
あたりに盛大な水しぶきがとぶ。
「ショウ、人間の体って水に浮くようにできてるんだぞー」
「これも試練。耐えるのだ」
「ぼくジュースでも買ってこようか?」
「そうですね。私はコーラを」
数分後、プールに水死体が浮かんだというのは別の話。
「うまくなったじゃん。犬掻きで10メートルだけど」
「嬉しくない。普通突き落とすか!?」
ぶすっとした顔でショウが言う。こりゃ本気で怒ってるな。
「なんで水泳なんかあるんだ。泳がなくても人間は生きていける!」
ふてくされた表情でジュースを飲む姿はどう見ても年相応、下手すりゃ小学生だった。
「かっわいー! とてもプロの運び屋とは思えない!」
腕をショウの首に回してしめつける。
「ノボル、手を離せ!」
「やだね。たまには強気にでてもいーじゃん」
首をしめつけたまま冗談めかして言う。
「オレ、あの後椎名に告白したんだー。あっさりフラれたけど」
「……?」
ショウが眉をひそめるも気にしない。これだけは絶対聞かなきゃいけない。
「お前も椎名のこと好きなんだろ? はっきり言えよ。じゃないと殴るぞ」
オレだって本気だったんだ。もし中途半端な気持ちだったりしたらただじゃおかない。
お互いに黙ること数分。
「……嫌いだったらここにいるわけないだろ」
それはいかにもショウらしい返事だった。
「姉貴のこと頼む。絶対泣かすなよ」
そうやって腕を離す。
「わかってる。ほんと、お前らって姉弟だな。俺、なんかお前らにずっと振り回されてばっかのような気がする」
何日か前に聞いた時と同じセリフを言う。前は戸惑ったけど今日はそう言われて悪い気はしなかった。
「気にするなって。これからもよろしくお願いしますよ。兄上様」
「誰が兄だ!」
恋敵のはずなのになぜか晴れ晴れしかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あれ大沢?」
家の前には諸羽(もろは)達女子組がいた。
「ちょうどよかった。花火やろうと思って買ってきたんだ」
そう言って花火セットをちらつかせる。
「近くに海があるからそこでやろーぜ」
「うん。あ、カメラ持ってくるの忘れちゃった」
「カメラとはこの前使ったもののことか?」
「うん。思い出はたくさん作っとかなきゃ♪」
シェーラの質問に諸羽が嬉々として答える。確かに。夏休みも残りわずかだもんな。
「使い捨てなら家にある。とってくるからみんな先行ってて」
水着一式を部屋に置き代わりに使い捨てカメラを持ち出す。
玄関を開けるとそこには椎名が一人立っていた。
「椎名? 待っててくれたんだ」
「うん……」
昨日の今日だけにさすがに話しづらい。かと言ってそのままにしとくのも嫌だし。
「昇くん、昨日は――」
だから、最後に一つだけ質問する。
「一つだけ答えて。椎名の好きな奴ってショウなんだろ?」
「…………うん」
顔を真っ赤にしながらうなずく。
「オレのこと、少しは真剣に考えてくれた?」
「当たり前だよ! 昇くんいい人だしそんな邪険になんか考えられないよ!」
「……サンキュ」
ポンと片手を椎名の上に置く。
結局オレはいい人どまり、弟どまりだったってわけか。
内心深々とため息をつく。でもそれだけ言ってもらえれば十分だよな? 昨日の今日ですぐに立ち直れはしないけど失恋の痛手は自分で乗り越えていくしかないよな?
「この話はここまで。みんな待ってるよ」
「……うん」
そう言いつつもなかなか家の前から離れようとしない。仕方ないから彼女の手をとって走り出す。
「ほらいくぞ? まりい」
「…………うん!」
これから先、オレは椎名のことを苗字で呼ぶことはなかった。
バチ、バチッ。
「わー、きれい!」
「こっちにも火ぃつけさせて!」
花火はもう始まっていた。
「ノボルー、シーナ! 遅いわよ!」
花火を片手にシェリアが大きく手を振る。
「悪い遅れて。って危ないぞ! それ」
「そーなの?」
「そう。ほら早く水につけろって。これから打ち上げするぞ」
燃え尽きた花火をバケツにつけ、打ち上げ花火にライターで火をつける。
シュ……。
「あれ?」
「消えちゃったの?」
シェリアが花火に近づいていく。
「バカ近づくな!」
「え?」
シュウゥゥゥ!
「きゃっ!」
シェリアがその場にしりもちをつく。
「びっくりしたー」
「そのわりには楽しそうですね」
「もっちろん。むこう(空都)じゃこんなことできないもの」
そう言った公女様の顔は本当に楽しそうだった。
「花火って空都(クート)じゃないの?」
「あることはあるけどこんな身近でできるものじゃないわ」
「そうなんだ」
「花火――火薬はカトシアの交易品だったな」
「へー」
ショウの言葉に適当にあいづちをうちながらオレも新しい花火を探す。
「これで夏休みも終わりかー」
一ヶ月前は、まさかこんな夏休みになるとは思ってもみなかった。
「どうでしたか? 夏休みは」
線香花火を片手にアルベルトが近づいてくる。
「アンタ達のせいでさんざんだった」
暗殺者には襲われるし謎の一族には会うし空都の人間がこっちにくるし。けど――
「……ま、こんな夏休みも悪くないかもな」
そう言って夜空を眺めた。
こうしてオレの長いようで短い夏が終わった。