EVER GREEN

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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,8 剣と『剣』

 おれ、ねーちゃんのこと大好きだ。
 だから、絶対だれにもわたさない。
 だから、あいつのこと大きらいだ。ねーちゃんを泣かすあいつが大っきらいだ。
 今にみてろ。あいつなんかあっという間に追い抜いてみせるから。
 まってて。おれ絶対『いい男』になってみせるから。
 ねーちゃんのこと、おれが絶対幸せにしてみせるから。
 だからおれのお嫁さんになってください。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 沙漠(さばく)の朝は早い。気がついたら、あっという間に日が昇ってて、気がつけばあっという間に日が落ちている。
 温度差もすごい。原因は雨がほとんど降らないのと植物がほとんどないからだそうだ。それに、直射日光も半端じゃないから気をつけないと日焼けどころじゃすまない。
《なんだかぼーっとしてますねー》
 そんな中、スカイアがオレの顔をのぞきこむ。
「気のせいだろ」
《ノボル、なんで顔が赤いんですかぁ?》
「日焼けのせいだろ。もしくは日射病」
《それだけですかぁ?》
「それだけです」
 更なる風の精霊の問いかけを黙殺し、今日も今日とて金属片に模様を彫る。
 今、オレ達が横断している砂海は正式名、ルナ砂漠。地理的には草原の国、凛(リン)とお嬢の故郷であるカトシアの境目にある。
 ここの砂漠はあまりにも範囲が広いから、別名『沙海(さかい)』とも呼ばれている。水が少ないから沙の海、水が少ない場所だから『沙漠(さばく)』とはよく言ったもんだ。
 水の少ない場所じゃ生物も育ちにくい。だから動物も当然のごとく限られてくるわけで。
 じゃあ沙漠を移動する時には何を使うかというと、オレ達みたいな砂乗船もしくはラクダ……じゃなく、砂トカゲという獣。こいつ、見た目は馬なみにでかいトカゲのくせに、すばしっこくて軽量、かつ暑さにも強い。ただ移動用として人間と打ち解ける――乗りこなすまでに時間がかかるとか。
 砂漠の話はここまでにするとして。
 じゃあなんで、スカイアがそんなことを言ったかというと――
「変な夢みたからだ」
《変な夢ってどんな夢なんです?》
「どんなって――」
 口を開きそうになって、やめる。
「なんで精霊に誘導尋問されなきゃならんのだ」
 首をふって再び作業に集中する。まずい。もう少しでひっかかるところだった。
《ちっ。ひっかかりませんでしたか》
 お前、今舌打ちしなかったか? 仮にもオレはお前の主なんですけど。
 スカイアが言うように、ぼーっとしてたのは日焼けや日射病のせいだけじゃない。昨日みた夢が原因だ。
 空都(クート)に来るようになって、たびたび見るようになった変な夢。最近は昔のことが多かったから、小さい頃の欠けてる記憶の一部なんだろうとそれなりに覚悟はしてた。
 どんなに嫌なものでも目を開けて見てみようと。けど昨日のは明らかに不意うちだった。
 場所はどこかわからない。けど誰かに、女の人にしゃべっていたことは確かで。それだけならまだいい。言ってる内容が問題だ。
 あれじゃまるで――
「プロポーズだって」
 盛大なため息とともに顔に手を当てる。何が悲しくてんな夢見らにゃならんのだ。
 『ねーちゃん』って呼んでるってことは、相手は年上の女子なんだろう。言ってる内容が内容だけにいただけない。年上の女にプロポーズ。一体どんな子供だったんだ、五年前のオレ。
《ノボル、とうとう夢の中にまでツッコミを入れるようになったんですねー》
 本当だよ。オレはなんで夢の中でんなこと言ってんだよ。
「って、おい!」
 手を離し、慌てて視線を前に向ける。そこにはさっきと全く変わらない全身緑の精霊の姿。
「まさかお前、オレが考えてたこと聞こえてた!?」
《聞こえてませんよー》
 スカイアの声にほっと胸をなでおろす。さすがに精霊にも無理があるか。
 と思ったのが間違いだった。
《『あれじゃまるで』から『五年前のオレ』までしか♪》
「しっかり聞こえてるじゃねーか!」
 金属片を放り出して怒鳴りつける。こんな時、実体がないのって不便だ。もしあったら間違いなくはがいじめにしてただろう。
「精霊って人間の考えてることが読めんの?」
 ジト目でにらみつけると、風の精霊は首を横にふった。
《いつもじゃありませんよぉ。時々聞こえてくるんです。叫び声とか、祈りとか、どうでもいい声とか。この前は『夕飯はクリームシチューと酢豚、どっちがいいだろう』でしたよね》
 確かに三日前考えてたさ。結局両方作って親父が両方たいらげましたよ。けど本当にどーでもいいだろ、それ。
《でも声が聞こえても相手が聞こえないなら意味ないじゃないですか。ノボルだけですよ。ワタシの声が聞こえて、かつそんなふうに反応してくれるのは》
「じゃあオレの考えてることって常に筒抜け!?」
 かつオレしかその苦労はわからない!?
 あんなことやそんなことも、おちおち考えてられないってことか!? ……いや、別にいつも考えてるってわけじゃないけど。
《ワタシしか聞いてないんだからいーじゃないですか》
「ちっともよかないわっ!」
 半ば血を吐く勢いで再び怒鳴りつける。けどスカイアは涼しい顔でそれを受け流す。
《あんまり大声だすと周りから変な目で見られますよー?》
 まだまだ怒鳴りつけたいところだけど、相手の言ってることも一理あるのでしぶしぶ黙る。話してるのは二人なのに、他人から見えてるのはオレだけ。
 精霊の声が素で見えたり聞こえたりするのは今のところオレくらいで。だから大声出してもただの危ない人になるだけで。この差はなんだろう。とてつもなく不条理なものを感じる。
《ところでノボル、それ何ですかぁ?》
「諸羽(もろは)に弁償するやつ」
 明らかに話題そらそうとしてるだろ。と思いつつも、床に落としたものを拾い精霊の質問に答える。ちなみに今いるのは海豚(イルカ)号の外――じゃなく、中。さらに言うなら厨房の隣の休憩室。身売りされたとしても、休むところぐらいは与えてやろうと料理長の心温まるはからいだ。どこかの極悪人にもぜひ見習ってもらいたい。
「これをこうやって……と」
 柄(つか)と刃の部分をつなぎあわせれば完成。
 出来上がったのは銀色の剣。柄と刃には、スカイア(風の短剣)と同様、簡単な模様が彫られてある。剣にしてはやや小ぶりで、どちらかと言うと小太刀と呼んだほうがよさそうな代物。柄には青と銀の飾り紐をくくりつけた。
 ちょっとした不注意で折れてしまった諸羽の剣。けど見た目ほど損傷はひどくないことが判明。だったらおわびもかねて直してみようと努力した結果がこれ。実際ほぼ完成してたし手直しするのにも、思ったほど時間はかからなかった。
 もしかしなくても、剣を作る(正確にはちょっと違うけど)高校生ってオレくらいじゃないんだろーか。けどこれって元々は諸羽が持ってたもんだしなー。もしかするとあいつが作ったものかもしれない。
 そんなことを考えているとスカイアが剣を見つめてつぶやいた。
《狼の時もそーですけど、ノボルって無駄に器用ですね》
「無駄で悪かったな」
「へー。ちゃんとできたんだ。感心感心」
 わって入ってきた声に視線を向ける。そこには諸羽がいた。
「これで文句ないだろ」
「ちょっと見せて」
 出来上がった剣を片手に『へー』『ふーん』とひとしきりうなっている。
「キミってすごいね。なんだかんだ言って、ちゃんと完成させてんだもん」
「だろ?」
 剣を壊したのは悪かったけど、こうして元通りにしたんだ。これで全部チャラなはず。
「じゃあ名前つけたげて」
 見ていた剣をオレに手渡し諸羽は言った。
「名前って、これの?」
「これの。
 この前も言ったっしょ。ボク達は腕利きの鍛冶職人の一族なんだ。その中でも剣を作るのが一番多かったから『剣の一族』って呼ばれるようになったわけ」
 なるほど。それで『剣』なわけか。一人納得していると諸羽はさらに言葉を続ける。
「作った武器には製作者が名前をつけることになってるんだ。だから大沢がつけたげて」
「けどこれって諸羽のじゃないの?」
「作りなおしたのは大沢っしょ。第一、ここまで変わってるんだもん。これじゃボクが作りましたとは言えないよ」
 確かにはじめに見た剣は、もう少し細長くてもう少しカッコよかったような気がしないでもない。っつーか、明らかに別物だった。ってことは、
「やっぱこれって、諸羽が作ったものだったのか?」
 七割がた変形してしまった剣の成れの果てを指差し、目の前の『剣』を見る。その『剣』は何を今さらといったふうに肩をすくめた。
「この前のはボクの家の宿題だったの」
「宿題?」
「そ。宿題。剣っていう武器を作ってくるの」
 うなずくと、諸羽は『剣の一族』についてことこまかく説明してくれた。
 曰く、一族には世界を見てくることと、武器を作るという二つのしきたりがあるらしい。
 世界を見て回るのは見聞を広めるからで絶対条件だとか。でも方向音痴じゃ見聞どころの話じゃないとオレは思う。
 剣――作る武器も、一番はじめから、それこそ料理をするときのように材料選びから製作まで自分でやらないと一人前とは認められないだとか。例外として、別のことをやることで宿題からまぬがれることもあるけど、諸羽は製作の方をとったらしい。
「なかなかすごい一族だな『剣』って」
 一通り話を聞いて息をつく。なにより『世界』や『宿題』の意味が広すぎる。
「でしょ? きっとご先祖様が変わってるんだよ。他の世界からわざわざ地球にやってきて、そのまま住みついちゃったぐらいだから」
「へー。そーなんだ……って、初耳だぞそれ!?」
「言ってなかったっけ?」
 驚くオレに、あっけらかんと応える諸羽。確かに地球から空都(クート)に行き来してんだから、その逆もありなんだろう。ってことは、霧海(ムカイ)から地球にって奴もいるんだろーか。世界ってなかなか浅くて広い。
「とにかくボクがいいって言ってるんだからいいの。名前早くつけたげなよ」
 どうやらそーいうものらしい。目の前の奴がいいって言ってるからには、つけてやるのが礼儀なんだろう。けど急に名前と言われてもなー。
 ふと隣を見る。そこには一番最初に名前をつけた風の武具精霊がいた。
 考えてみれば、こいつと初めて会った時も同じようなことしたんだっけ。名前がないっていわれて思いつきでスカイアって呼ぶようになって。嫌がってないってことは、きっとそれで納得してるんだろう。
 改めて手にした剣を見る。両刃(もろは)ではあるものの、銀色のそれは剣というよりやっぱり刀、日本刀に近い。持ち手の飾り紐はある種の動物を思わせる。
「えーと。じゃあ、そ――」
 剣の名前を呼ぼうとしたその時。
「助けてくれ!」
 事件は起こった。
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