EVER GREEN

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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,9 沙海のカラスもどき

「いつも通り砂海を旅してたんだ。そしたら獣がいて」
 傷の手当てをしていると、被害者の男が大まかな事情を話してくれた。
 被害にあったのは船の乗組員。腕には鋭利なひっかき傷がある。声が聞こえたのはオレ達だけじゃなかったらしく、いつの間にか厨房のスタッフや料理長までもが集まっていた。
「どんな獣だ?」
 獣ってのはいわゆる魔物。温厚なやつもいればゲームのモンスターみたいに凶暴な奴だったりと様々で、今回は後者らしい。料理長が問いかけると被害者の男は息もたえだえに話を続ける。
「小さくて見た目は砂トカゲに似てた。急に船の窓に飛びついてきたんだ」
 そう言うと船の小さな窓に視線をやる。いつもなら日よけの布がかけられているそれが、今日ばかりは日の光を浴びてさんさんと輝いていた。
「そいつ、額に紅い石がくっついてなかったか?」
 料理長の言葉に男はたじろぎながらもうなずいた。
「すぐさま捕まえたけど、別に害もなさそうだったし石が金目のものになりそうだったからそれだけ取り上げて外に出そうとした。そしたらそいつ巨大化して。みんなうろたえちまって……」
 途端に料理長の顔色が変わる。
「バカヤロウ! そいつは紅トカゲっていうんだ! だから言っただろ。砂海のカラスには手を出すなって」
「紅トカゲって?」
 話がみえずにつぶやくと、乗組員の一人が教えてくれた。
「砂海に潜む体長30センチくらいの小さなトカゲだよ。比較的温厚で向こうから襲いかかってくることはまずない」
「額の赤い石が特徴で、光物が好きらしく見ると飛びついてくる癖があるんです。ですから別名『砂漠のカラスもどき』。体の中には宝石を溜め込んでいて、たおすと中から金銀財宝が出てくるって話もあります」
 乗組員の話を引き継いだのは極悪人だった。……こいつ、いたのか。
「ですが、それを知っている人間は紅トカゲはおろか、トカゲにすら近づこうとしません。なぜだかわかりますか?」
 極悪人の言葉に頭をひねる。温厚であるはずなのに誰も近づこうとしないってことは、
「そいつに特殊能力があるとか?」
 あるいは手痛いしっぺ返しをくらうとか。
 あてずっぽうで言うと、極悪人はうなずきを返した。
「ご名答。元々、砂海のトカゲには自己防御の能力があって、大抵の場合こっちが痛い目にあってしまうんです」
 へ? けど――
「沙漠(さばく)の移動って砂トカゲ使ってるんじゃないの?」
 オレの胸中を代弁するかのような諸羽(もろは)の声に、アルベルトは首を縦にふる。
「ここの砂トカゲだけは別なんですよ。料理長が強引に手なづけてしまいましたから」
 隣を向くと、『そんな昔の話はどうだっていいだろ』とにらまれた。さすが料理長。極悪人の知り合いだけあってすごい人だ。
 みんなの視線に気づいたのか、料理長は咳払いをひとつすると言った。
「紅トカゲは沙海(さかい)の生物で一番タチが悪い。あいつの体に触れる、額の宝石を少しでも傷つけようとすると、みるみるでかくなって凶暴になっちまうんだ。こっちから攻撃をしても無駄だ。なにしろダメージを受ければ受けるほど巨大化していくからな。
 しかも運が悪いことに、仲間を呼びやがる。まぁ、そっちのほうは気を抜かなけりゃすぐにたおせるけどな。ただその数が多いことが難点だ。本体をたおすのも一苦労だってのに仲間とまで戦ってたらこっちの身がもたない」
 そりゃ沙漠の真ん中でそんな獣と戦ってたら間違いなくこっちがやられるだろう。宝石と自分の命。どっちかを取れと聞かれたら、間違いなくオレは後者を選ぶ。
「普段は気をつけてさえいれば攻撃されることはまずないから、出会ったときはなるべくそいつから離れた道を通るようにする。光物をとられても見て見なかったことにすることだ。間違っても宝石欲しさに傷つけようとしてはならない」
 今回はまさにそれをやってしまったわけだ。さらに詳しく話を聞くと、追い払おうと何人かの乗組員は砂上船を離れて出て行ってしまったまま帰ってこないらしい。しかもそのほとんどが怪我を負っているとか。助けを求めた人物は『すみません。そんなことちっとも知らなくて……』とすっかり青くなっていた。
「弱点はないんですか?」
「額に埋め込まれた宝石です。もともとはそれを守ろうとして巨大化するんですから」
「じゃあそこを狙えば」
 そう言うと、今度は料理長にかぶりをふられた。
「そううまくいくなら誰も苦労はしねーよ。一体どのくらいの大きさになると思う?」
「三メートルくらい?」
 質問に答えると、料理長は両肩をがっくりと落とした。
「全長七メートル。大きいのになると軽く十メートルはこえるって話だ。でかくなるにつれて強さも凶暴さも増していくからな。そうならないうちにどうにかするしかない」
 砂上船でおこった突然の危機。見捨てるには寝覚めが悪すぎるし、乗組員(特に料理長)の気質からしてそんなことは絶対にしないんだろう。かといって、あくまでこの船は砂上船。海賊船や軍の船ではない以上、戦力はほとんどないに等しい。
 ふと隣を見ると、アルベルトが目をつぶっていた。あごに手をやり、『そうですねえ』とまるで人事のようにつぶやく。
 やがて、オレと目が合う。その表情はとても清々しくにこやかだ。
 こーいう時の師匠の行動は、なぜか手に取るようにわかる。
 アルベルトがこーいう表情をする時は、何かよからぬことをたくらんでいる時。
「ゲイザル、取り引きをしませんか?」
 そして、決まってオレに身の危険がせまっている時。
 極悪人が視線を料理長に移すと、料理長は怪訝(けげん)な顔をした。
「私達が紅トカゲをなんとかしますから、全員の船代をチャラにしてください」
「できるのか?」
「この子達しだいですね」
 そう言ってにこやかに微笑む。視線の先にはオレと諸羽――って、
『は!?』
 期せずして、オレと諸羽の声が重なる。
 だってそうだろう。話を聞いてただけでもその獣がとんでもない奴だってことがわかった。それをオレ達になんとかしてこいって言うのだから。
「聞こえませんでしたか? 砂漠で暴れている紅トカゲを二人で頑張って完膚なきまでにたおしてきてくださいと言っているんです」
 しかもご丁寧に解説までしてくれるし。
 無茶言うな。
「でもボク戦えないんだよ?」
 諸羽の抵抗も、極悪人の前には無に等しい。
「あなたはノボルのサポートをお願いします。その武器の効果も見たいんでしょう?」
 視線をさっき出来上がったばかりの武器に向けて呼びかけると、諸羽ははっとした表情を見せた。少し考えるそぶりを見せた後、『剣』はわかったと返事をする。
「って、オレの意見は無視かよ!」
 危うく流されるところだった言葉を叩きつける。それなりに稽古(けいこ)はつけてもらっててもまだまだ未熟。一人で獣をたおすのは難しいだろう。っつーか、無理。
「あなたは今まで何のために鍛錬をしてきたんですか?」
 対して極悪人は正論を突きつける。
「ただの習い事ではないでしょう。こんなところで手こずってどうするんです」
 わかってる。オレだってもの好きで夜な夜な稽古をしてきたわけじゃない。お嬢を助けるために、自分のことを知るためにやってきたんだ。こんなところで時間をくってる暇はない。
 正論をつかれて押し黙っていると、今度はそのままの笑みで肩を叩かれる。
「試験だと思えばいいんですよ。あなたの世界にもあるでしょう?」
 ――けど、これはどうかと思う。
 第一、んな生と死と隣り合わせな試験は一度も受けたことがない。
「私は他の方の治療に専念させてもらいます。あなたが代わりにやってくれますか?」
 さらにたたみかけるようにしてこのセリフ。
「……わかったよ」
 苦虫を噛み砕いた顔ってのはこんな時のことを言うんだろう。返事をすると、特大級のため息をついた。


 沙漠に突如として現れた危機。
 戦力になる奴はほとんどいない。極悪人は、それをオレ達だけでやってこいと言う。
「――と言うわけで、助っ人をお願いします」
『は!?』
 少し前と全く同じ反応を残された二人はやってみせた。余裕があるなら面白がって見れるのかもしれない。けど余裕がなければ、そんなこと茶番にしかならないわけで。
「紅トカゲをオレ達でぶったおして船代をチャラにしてこいだと」
「無茶を言うな!」
 正論かつ大いに賛同したい意見が即行で返ってきた。
「お金よりも命の方が大事だろう。カトシアにつく前に死ぬつもりは毛頭ない!」
 オレだって異世界で死ぬつもりはもうとうないわ!
 と言いたいところをぐっとこらえる。ここで機嫌を損ねてしまったらますます分が悪くなる。
 真面目な顔をすると、眉をつり上げたお嬢に諭すように言い聞かせる。
「いいか。お前はなんのためにこの船に乗ったんだ?」
「祖国に帰るために決まっている」
「だろ? だったらこんなところで時間をさいていていいわけないよな?」
 肩をたたき、シェーラの翡翠(ひすい)色の瞳を見つめる。男同士んなことやっても気色悪いだけだけど、こーいう場面ではこういうことも必要だ。
「敵は砂トカゲとその他。大丈夫。みんなでやれば怖くない――」
「アルベルトにそう言われたんでしょ」
 シェリアにつっこまれ、辺りを冷たい風が吹きぬける。
「アルベルトってそういう交渉に長けてるものね。大方言いくるめられたんじゃない?」
「お前――」
「とにかく頼む! 協力してくれ!」
 反論を言わせる間もなくお嬢の腕をがっしとつかむ。こーいう時、余計なプライドは捨てるに限る。オレの熱意が伝わったのか、お嬢は幾分か視線を和らげた。
「わたくし達だけでどうにかなるのか?」
「アルベルトがそう言ったんでしょ? だったらちゃんと倒す手立てはあるはずよ」
 オレの言ったことをフォローするかのように公女様が言う。けど、
『本当に?』
「……多分」
 三人ににらまれ、公女様は小さくつぶやいた。言っちゃ悪いが極悪人の言葉には説得力があると同時にうさん臭さを感じてしまう。
「それで、道はあとどれくらいだ」
「もう少しみたい。ついたら教えてくれるって師匠さんが言ってた」
 後をひきついだのは諸羽。肩にはスカーフを、手には錫杖(しゃくじょう)を抱えている。
「どちらにしても後にはひけなということか」
「そーいうこと」
 お嬢のため息に苦笑すると、スカイア(風の短剣)と出来上がったばかりの銀色の剣を腰にさす。
 まさか実戦で使う羽目になるとは思わなかった。と嘆いても後の祭で。
「あそこだ!」
 船を出て料理長が指差したのは砂海の西側。
「どこ?」
「だからあそこ――」
「どうしたの?」
「あれは……」
 そこには深い傷を負った乗組員の面々と、巨大なトカゲの姿があった。
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