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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,6 高校生はつらいよ

 季節は十月の末。
 十月と言えば何を思い浮かべるだろう。スポーツの秋、文化の秋。そして――
「それでは一年六組の出し物はクレープ屋に決まりました」
 楠木(くすのき)高校では十一月はじめの文化祭に向けて、着々と準備がすすんでいた。ちなみに体育祭はなく、代わりに全学年、クラスごちゃ混ぜのクラスマッチが九月の終わりにあった。
「また料理なのか」
 黒板を横目に頭をかかえこむ。
 今日も料理、明日も料理。明後日も明々後日も料理。こっちでも料理、あっちでも料理なのか。
 もう一度、黒板を見てみる。
 もぐら叩き・三票
 カレー屋・十票
 クレープ屋・十三票
 カラオケ・十票
 その他・五票
 その他に誰がどんなものを投票したか気になるところだけど、オレのクラスの出し物はこうして決まった。
 オレのクラス、一年六組は四十一人。固い絆で結ばれてるというわけでもなければ全くの疎遠というわけでもなく、クラスとしてはそこそこの仲だった。
 何度も言ってるよーな気がするけど、オレはれっきとした地球人であり高校生でもあり、空都(クート)では公女様の護衛騎士、兼極悪人の弟子という二足、場合によっては三足のわらじをはいている。だから、いくら異世界で忙しくても高校の行事にはちゃんと参加しないといけないわけで。
「お前は何に入れたんだ?」
 同じく兼業学生のショウが近づいてくる。ただしこっちは高校生、兼運び屋というれっきとしたプロだ。
「もぐら叩き。ショウはクレープ屋だろ」
「俺は別に――」
「絶対クレープだろ」
 そう言うとおしだまる。どうやら図星だったらしい。
「コーイチは何に入れたんだ?」
 あ。こいつちゃっかり逃げようとしてる。なんて奴だ。
 その坂井は、菓子パンを片手にこう言った。
「オレ? オレはその他」
『その他?』
 ショウと二人顔を合わせると、坂井はこともなげに言った。
「オカマバー」
 ずざざざざっ!
 そんな言葉が似合うかのように二人手を取り合い逃げる。ちなみにオカマという俗語は空都にもあったらしい。
「お前、いつからそんな趣味が」
「オレがするわけないじゃん。お前らがやったらさぞかし面白いかと。特にそっち」
 そう言って指をショウに突きつける。突きつけられた当人は不思議そうな顔をしていた。
「お前、株が急激に上昇してるぞ。日に日におくられてくる女の子の熱い視線に君は気づかないか?」
「全く」
 坂井の声にも全く動じることなくうなずく。
「……天然って怖いよな」
「天然カナヅチだけどな」
 そんなオレ達を見た後、ショウは大げさに咳払いをする。
「俺のことは置いて、なんでノボルがやると面白いんだ?」
「にぎやかしにもってこいだろ。案外似合ってたりしてな。
 そんな奴らが学校行事とはいえ女装するんだ。きっと盛り上がるぞ」
 まて。なんでそこでオレを見るんだショウ。オレは坂井とは違って真人間なんだ。その奇妙なものを見るような眼差しだけはやめてくれ。
 ついでに数ヶ月前の悪夢が脳裏に浮かんだけど、慌てて頭をふって追い払う。嫌だ。あんな思いだけは二度とごめんだ。
「ともかく、まりいちゃんには気をつかってあげた方がいいぞ」
「シーナに? どうして」
 まだ言うか天然男。
「あー、お前も『椎名』なんて昔の苗字で呼ぶクチか。彼女なんだからちゃんと名前で呼んでやれって」
 前置きにそう言うと、坂井はこと細かく説明してくれた。
 曰く、ショウには隠れファンがいるだとか。まあ天然でも強いししっかりしていることには変わりないからなー。
 曰く、まりいにはもっと隠れファンがいるだとか。あの容姿で性格もよければ言い寄る男もいるだろう。
 曰く、オレには全くこれっぽっちもそんな話がないとか。……ほっといてくれ。
「新聞部にでも入った方がいいんじゃねーか?」
「部活なんかしてたら金稼げないだろ。ショウ君も彼女を手放したくなかったら真面目に取り組むように」
 ショウは『わかった』と答えながらも、釈然(しゃくぜん)としない顔をしていた。まあ、そりゃそーだろ。
「それよりも、さっき配られたこの紙は何だ?」
 手にしたのはB5サイズの白い紙。やりたい係と中身を書く欄が印刷してある。
「アンケート。やりたい係とクレープの中の具を明日までに書いてこいだと」


 二足のわらじをはいてるということは、当然もう片方の役割をこなさないといけないわけで。
 一方、異世界だと――
「はい。お待ち」
 あんまし変わってないような気がする。
『いただきまーす』
 ただいつもと違うのは食べているのが客じゃなくて店員だということ。
 沙漠(さばく)の船の上で、おたまを片手にカレーを差し出す。顔をほころばしてるのは、いかつい顔の怖い――もとい、頼りがいのあるおっさん達。

 正しいカレーの作り方。

 1.玉ネギ、ニンジン、肉を一口大に切る。
   玉ネギは千切り。野菜が嫌いな奴がいる時はとにかく細かくきざむべし。
   肉は塩、コショウ等で下味をつけておくとなおよし。
 2.切った野菜と肉を炒める。
   肉は強火で軽く色がつく程度にしておくと、煮込んでもうまみが逃げないのでよし。
 3.水を入れて煮込む。
   しばらくするとアクが出てくるから間をおいてちゃんとすくっておく。煮込めば煮込むほどおいしくはなるものの、煮込みすぎて焦がさないように注意。
 4.具がちゃんと煮えたらルーを入れて弱火で煮込む。
   ルーを入れたら焦げやすくなるので注意。

「うまくやってるようだな新入り」
 マッチョで色黒の中年オヤジが顔をのぞかせる。
 ゲイザルさん。オレ達が乗っている砂上船『海豚(イルカ)号』の料理長だ。料理長やってるよりもヤクザ屋さん、もしくはボディーガードでもやってた方が似合ってるような気がする。それよりも、こんなおっさんが自分の船にイルカなんてかわいい名前をつけるのもどーかと思うけど、個人の自由なので黙っておく。
「目の前に突き出された時は一体どうなるかと思ったもんだが、なかなかどうして」
 オレも、まさか砂漠の真ん中に突き出されるとは思ってもみなかった。
「どうだ坊主。正式にここの乗組員にならんか」
「つつしんで辞退させてもらいます」
「給料はずむぞ?」
「……遠慮します」
 一瞬だけ心の天秤が傾きそうになったけどグッとこらえる。
『オレは雑用係じゃなくて高校生。目先の小さな誘惑に負けてどーする』そんなセリフを胸の中で何度も繰り返し、理性を保つ。
「それにしても、あの小僧がお前みたいなガキを連れてくるなんてなぁ」
「アルベルトを知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、あのひよこ頭のことだろ? かれこれ十数年ぶりってところか」
 あいつはひよこ頭になるのか。金髪だからそう呼べないこともないけど。それにしてもイルカといい、ひよこ頭といい、見た目に反してかわいい趣味の人だな――よりも、後半のセリフが大いに気になった。
「そこのところ詳しく教えてください!」
 相手の肩をがっしとつかみ、目を見据えて頼みこむ。
 もしかしたらあいつに一泡ふかせられるかも。そんな下心は……もちろんある。ありまくる。
 志が低いとか言わないでほしい。このくらいしないとあいつには勝てない。しかも残念なことに、オレは器が小さいという自覚がある。現に一度、動向を探ろうとして見事に失敗したという経験もある。
「でもなー」
「クレープおまけしますから!」
 船に乗り込むようになってから、色々なものを作らされた。中華料理っぽいものに洋食っぽいもの。そもそも異世界の洋食、和食の定義もわからないからとにかく教えられた通りに作りまくった。中でも好評だったのがデザート類。なんでも疲れたときには甘いものが効くとかなんだとか。事実ではあるが、こわもてのおっさん達に言われると、なんとも怖いものを感じる。
 けど今回は抜群に効果あり。ゲイザルさんの動きが止まった。
「そこまで言われたら仕方ないか」
 芸は身を助ける。料理は男を助ける。十五にして悟った瞬間だった。
「そうだなぁ。あいつは――」
「それ、ボクも聞きたい!」
「諸羽(もろは)!?」
 そこにはなぜか諸羽がいた。背中にはリュックを背負っている。
「師匠さんの昔話興味あるもん。大沢もでしょ?」
 右手にはスプーン、左手にはカレー皿――って、お前も食ってたのか。
「お前、一体何しに来たんだ」
「これこれ」
 ジト目でにらむとリュックの中に手を入れたまま、ごそごそとあさる。出てきたのは銀色の金属片。
「これってこの前の?」
「そ。キミがしっかりぽっきり壊してくれたやつ」
 しっかり嫌味を言いつつ、右手のスプーンを金属片に当てる。
 キーン、と、澄んだ音が船上に響いた。
「剣って元々鍛冶師なんだ。武器から道具までなんでも作るの。
 でも昔は剣ばっかり作ってたから、そうよう呼ばれるようになったみたい。要は世界を直す鍛冶師ってとこ」
「へー。それってなんかカッコいいかも」
「でしょ?」
「オレも道具もどきなら作ってはいたんだけどな」
「へー」
 今度は諸羽が相づちをうつ。
「リザっていう霧海(ムカイ)の人に道具もらってさ。それで人形作ったことある」
 そーいや諸羽のやってることってリザに似てるな。ふとそんなことを考える。
 『魔法よろづ屋商会』と称して文字通り世界各地を転々としているアルベルトの親友。極悪人の親友だけあって、色々なことに詳しいし実際に道具を作ったりもする。実際、風の短剣(スカイア)を作ったのもあの人だ。
 リザには長いこと会ってない。今頃どこで何をしてるのやら。
「リザ? どんな人なの?」
「それよりも、オレとしてはその金属片と空都にきたことの関連性を知りたい――」
「聞くのか聞かないのか?」
 幾分か怒気を含んだ声に顔を見合わせる。そこにはむっつり顔の料理長がいた。
「俺は別に話さなくてもいいんだぞ? お前達が――」
『聞くっ! 聞きます!』
 ここで聞き逃したらいつ聞けるかわからない。諸羽と二人、今度は顔を寄せあってつめよる。オレ達の気迫にけおされたのか、ゲイザルさんは咳払いをすると話し始めた。
「あいつはな――」
 一時間後。
 聞くんじゃなかった。
 二人の脳裏に同じ言葉が思い浮かんだのは言うまでもない。
「人間って聞かれたくないことの一つや二つ、あるもんだな」
「そだね」
「オレ、真面目に剣作るわ」
「そうしなよ。きっとそれが一番だよ」
 空になった皿を片付けながら、二人同時にため息をついた。
 翌日のクレープのアンケートには、やりたい係は楽できるならどこでも、中の具はドライカレーと書いておいた。日本のカレーは異世界うけするらしい。
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