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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,5 師匠と弟子の会話を・その2

「剣術は主に突く、叩き落す、はねあげる、すくいあげる、ひっかけからめる、切り下ろすの用法があります。要はこれらをいかにして活用していくかですね」
 二人の前には的があった。よくテレビで居合い斬りに使っているような、そんなやつ。的の前に立つと、アルベルトは鞘から剣を静かに抜きはなった。
「これが袈裟(けさ)斬り」
 剣を右から左下へ、左から右下へと斬りおろす。
「基本的な斬り方ですね。これは燕返し。あなたの国ではポピュラーな名前でしょう?」
 今度は右から左下。左下から右上へと斬りかかる。的はきれいに三分割。崩れ落ちる様を擬音であらわすなら『ズサッ』だろう。いや、んなことはどうでもいい。
「手首の返しと剣先を返すタイミングが重要です。次は山落し――ノボル、どうしました?」
「一つ聞いていい?」
 続けて新しい技を披露しようとする極悪人に片手でまったをかける。
「どうぞ」
「アンタどこの世界の人間だ」
 ジト目でにらみつけても当人はどこ吹く風。
「この世界(空都)に決まってるでしょう」
 聞いたオレがバカだった。
 じゃあなんで袈裟斬りだの燕返しだの、どう見ても日本にしかなさそうな技知ってんだよ。ついでに言えば、アンタの職業は何だ。
 と言ったところでラチがあかないだろうから黙っておく。
「安心なさい。こんなことあなたが一朝一夕でできるものだとはこれっぽっちも思ってはいませんから。今のはちょっとした余興です」
「余興でんなことするな」
 そう言ってもやっぱり当人はどこ吹く風。鼻歌を口ずさみながら崩れた的を一箇所にかき集めていく。あ、ホウキとチリトリ準備してたのか。律儀だな。っつーか、片付けるくらいならはじめっからこんなことするなよ。
 床が綺麗になるまでおおよそ20分の時間を有した。
「それで。あなたはどこまでできるようになったんです?」
「えーと……」
 なんか極悪人のペースに引きずりこまれてるような気がしないでもないけど、気になってたのは事実だったので指折り数えて考えてみる。
「時空転移(じくうてんい)とスカイア(風の武具精霊)を使った攻撃。あと剣術が少々にリザからもらった工具セットで作った狼ってとこ?」
 リザは極悪人の親友でもう一つの異世界、霧海(ムカイ)の住人。色々な場所を行ったり来たりしては『魔法よろづ屋商会』と称していろんな道具を作ったり売りつけたりする変わった人だ。そしてオレはなぜかその人に道具を作る道具をもらっている。
 あ、でも狼の人形は前に霧海に行った時に使ったからなくなったんだった。時空転移も不安定だからそんなにたくさんは使えないし。それを言うと、目の前で盛大なため息をつかれた。
「全く使いものになりませんね」
「全くってことはないだろ」
 事実ではあっても嫌いな奴に言われると、なんでこんなにもムカつくんだろう。
「では聞きますが、時空転移を制御できるようになりましたか? 狼のことは知りませんがリザのことですから道具はきっと使い捨てでしょう。短剣(スカイア)は少しは使えるようになったようですがそれだけ。剣術だって微々たるものでしょう?
 他に申し開きがあれば聞きますが、どうです」
「…………」
 ぐうの音も出ないとはこのことを言うんだろーか。黙ったままでいると『一つだけでも強化しておきますか』と普通の剣から刃のつぶれたそれに持ちかえた。
「相手をしてあげますから、試しに私に攻撃してみてください」
「……じゃあ遠慮なく」
 そう言ってオレも剣を構える。お嬢にけいこをつけてもらっていただけあって剣だけは握れるようになった。とは言っても重いことに変わりはなく、気を抜いたらよろけてしまいそうだ。
「遠慮なんかできる状況じゃないでしょう」
 まるで貴公子のような優雅な笑み。それでこのセリフを言われた日にはどんな温厚な奴でもキレるだろう。
「やああああっ!」
 声をあげて極悪人に斬りかかる。
 ガッ!
 『キイィィン!』じゃなくて『ガッ!』。映画やドラマのように澄んだ音なんか全くしない。それでも当てることはできた。極悪人本人じゃなくて極悪人の持つ剣にだけど。
「ふむ。当てられるようにはなったようですね」
「当然!」
 これでもそれなりに練習してきたんだ。一本も当てられなくてたまるか!
「伊達にやられ慣れしているわけじゃないというわけですか。ですが」
 剣をひいた。
 と思ったら、足首を蹴りつけられた。
「足が留守になってますよ」
「っとととっ!」
 バランスをくずして床に倒れる。一本目、みごとに撃沈。
「これで終わりですか?」
「まだだ!」
 起き上がると二本目を当てにかかる。
 足に気をつければいいんだよな。足、足――
「どこを見ているんです?」
 今度は両腕をやられた。鈍い衝撃と共に剣がぶっ飛ぶ。
「そんなふうでは狙ってくれと言ってるようなものです」
 見かけと違って怪力だということ忘れてた。二本目、はずれ。
「そもそも持ち方がいけませんね。力を入れすぎです。剣の柄、を……こう。かるく添えるくらいでいんです」
 極悪人にならい、今度は剣の柄をさっきよりも軽めに握る。いつも思うけど、なんでオレは神官に壷で殴られたり剣術を教わったりしてるんだろう。
「剣先は物を突く、剣身(剣の鍔から先端まで)の両面の刃では斬りつける。各部位の特徴も理解しておかないといけませんね。
 例えば相手が固い武器で攻撃した場合、あなたはどうします?」
「受け止めるんじゃないの?」
 そう答えると、またため息をつかれた。
「避けるしかないでしょう」
「剣持ってるのに?」
「なんでも受け止めればいいわけではないんですよ? 剣は、特にあなたの扱うものは軽いものなんです。第一、重いものだったらあなたに扱えるはずがないじゃないですか。
 無理に当てたり受け止めようとするよりも、タイミングと相手のスキを利用するんです」
 そーいうもんなのか。勉強になる。
 って、だからなんで神官がそんなことを知ってる。
「そして避ける瞬間を利用して刃先ではね切る、もしくは腕を切りつける。損傷をまねがれますし、相手は武器を使えない。一石二鳥ですね。
 まあ今のあなたでは一朝一夕でできるようなことではないでしょうが」
「じゃあどーすりゃいいんだよ!」
 どれだけ頑張っても意味ないじゃん。
 続けてそう言おうとして、視線でさえぎられる。
「簡単なことですよ。一撃で終わらせればいいんです。相手に隙を与えることなく一回でしとめれば問題ないでしょう?」
 そんなこと誰ができるか。オレはいたって普通の高校生だ。剣道だってやったことないんだぞ。
「他にはないわけ」
 今度は『我侭(わがまま)ですねえ』と返された。いや、オレとしてはごくごく当たり前のことを聞いてるだけなんですけど。
「そうですね。他に方法があるとしたら――」
「したら?」
 ごくりと唾を飲むと、極悪人はいとも簡単に言ってのけた。
「仮面をかぶるんです」
「なんだよそれ」
 わけがわからない。
「常に平然としているんです。どんなに痛くても苦しくても、決して表情を崩さない。いわゆるポーカーフェイスですね」
「オレにアンタのエセ笑顔をやれって?」
「失礼な。どこからどう見ても聖職者にしか見えないじゃないですか」
 そのどこの聖職者が袈裟斬りだの燕返しだのできるんだ。
 と言ったところで時間の無駄だからまた黙っておく。
「そうすれば相手は多少なりともひるみます。そこに付け入るんです」
『もっとも、よほどの忍耐力がなければできませんが』そう言うと極悪人は背を向けた。
「ノボル」
「何だよ」
 それは静かな声色だった。
「私はね、世界を手に入れたいんです」
 背中ごしだから表情は見えない。けど、それには静かな迫力があった。オレに語りかけてる――いや、自分に自分の夢を言い聞かせている。そんな気がした。
「いきなりなんだよ。世界征服でもするつもり? アンタだったらそんなことすぐにできるだろ」
「それが、残念なことに一人ではどうにもならなかったんです」
 振り返って微笑んで。その表情だけ見たら誰もが善良な聖職者だと信じて疑わないだろう。言っている内容を除いては。
「じゃああきらめんの?」
「まさか。単独でできないなら複数。協力者を得るまでです」
「協力者って――」
 笑おうとして絶句し、床にしりもちをつく。
 アルベルトの顔は真剣だった。付け加えるなら抜き身の剣をオレの喉元に突きつけていた。その視線の先にあるものは――
「冗談だろ?」
 背中を冷たい汗が流れていく。
 いくら刃がつぶれているとはいっても物騒なことに変わりはない。そもそも話が飛びすぎている。そう思って言ってはみたものの、表情に変わりはなかった。
「なあ、ホントに――」
「冗談に決まってるじゃないですか」
 あっさりすんなり答えは返ってきた。キン、と、それこそ映画にでも使われそうな優雅な仕草で剣を鞘にしまう。
「仮に世界征服をしたいといったところで、そんな絵空事、誰が協力してくれるんです。それこそ考えるだけ時間の無駄ですよ。
 大方、自分のやっていることが正しいのかとでも考えていたんでしょう? そんなこと誰にもわかるはずがないじゃないですか。あなたにはやらなければいけないことが山ほどあるんです。そんなことを考える暇があったら剣術の一つでも……ノボル?」
「もういい」
 少しでも心配したオレがバカだった。悩んだオレもバカだった。
「強くなれましたか?」
「……ご覧の通り」
 アルベルトの手を借りてなんとか立ち上がる。ちょっとしか時間はたってないはずなのに手と足が痛い。この様子だと明日は筋肉痛だ。
「アンタは」
 服についたホコリをはらった後、アルベルトの青い目を見据える。
「アンタにはたくさんのことが見えてるんだろーな」
 オレなんかよりずっと。
 その言葉はのみこんだ。そうじゃなかったら、さっきみたいな顔はできないはずだ。
 こいつはいつもオレの前を進んでいる。肉体的にも、精神的にも。当たり前だけど、そこのことがなんか悔しかった。
「当たり前でしょう。私はあなたの1.5倍は生きてるんですから。もっとも全てを知っていればいいというわけではないですけどね」
 こいつは――師匠の言うことは難しいけど、噛み砕いていけばちゃんと意味がある。
 師匠は決して優しくない。っつーか極悪人そのもの。
「覚えていてください。事実と真実が同じものであるとは限りません。そしてそれは、必ずしも優しいものだとは限らないんです」
「また謎かけ?」
「あなたの言う、大人とやらからのありがたい助言ですよ。
 それでも進むと決めたのはあなた自身じゃないですか。だったらつべこべ言わずに自分を信じて進みなさい」
 けど、ただの極悪人じゃない。
「迷っても怖くても、泥だらけになってもいいから進みなさい。死んでもいいから進むんです」
「それは物理的に無理だろ」
 口とは裏腹に、胸のつかえは消えていく。ここに来たのは正解だった。悔しいけど素直にそれを認める自分がいる。なんだかんだ言って、師匠は、アルベルト・ハザーという男はすごい。
「ものの例えです。そもそも人をうらやむ暇があるのならもっと精進なさい」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「はーい……ってオレ、高校生なんですけど」

 強くなること、大人になること。答えはまだ見つかってない。
 けどこの道を選んだのはオレ自身。迷いはしても後にはひけない。
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