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SHASHA(しゃしゃ)さんからの頂き物

リベンジ☆テスト勉強

 前回までのあらすじもどき。
 清森勇気十六歳は、ぴっちぴちの男子高校生。ちょっとした進学校で落ち零れている、おちゃめな二年生である。テスト八日前、お友達の咲良漂君十六歳、高校一年生、に例の謎部屋で出会った勇気は、こてんぱんにやっつけられちゃいました。「勉強しなよ」。ぐさっ。
 で、本日テスト六日前。
「し、してやろうじゃん、勉強っ」
 勇気は前も後ろも両方削った鉛筆を左手で……左利きなのだ、一応……握り締め、数学のテキストを広げて、一人意気込んだ。
 とりあえず、英語と数学だ。化学と物理は諦めよう。あんなもの、高校生のやるべきことではない。
 自分の家で勉強しようとすると、集中力を発揮できないまま兄弟の誘惑に負けてしまうので、勇気は一人、人が集い出す前の例の部屋にやって来ていた。ここなら遅い時間まで人が集まらないし、テレビやお菓子で誘惑してくる兄弟はいない。
 よーっし、勉強するぞっ☆
 五分経過。
「え、えーっと、何だっけ、これ……え、全然違うし……てゆーか、こんな公式習ったっけ……? いや、えーっと、この記号、何て読むんだろ……つーかもう積分は人間のやるもんじゃねーよ……誰だよ微積思いついたヤツ……あ、この教科書、それぞれ単元ごとに数学家の説明ついてる。おもしれー、こいつこんな顔してたのかよ。落書きしちゃえ。……あれ、ニュートンって林檎の人じゃねーの?」
 十分経過。
「ぜーんぜんわかんないや。あはっ♪」
 勇気は諦めた。あっさり諦めた。
 と、その時だった。ドアが開いたのは。勇気の大きなおめめがキラキラ輝き出した。
 のだが。
 入ってきたのは、これと言って特徴のある顔立ちではないが、勇気にとってはとっても可愛らしい少年だった。やはり勇気より数センチ背が低いが、漂よりはほんの少しだけ高い。
「昇ーっ!!」
「うわっ、勇気!?」
 いきなり抱きついて押し倒してみたりして。
「わーんっ、会いたかったーっ、会いたかったよーっ」
 昇は赤い顔で戸惑っていたが、途中で諦めて、溜息をついた。
「俺もだって。なんか、勇気、最近忙しかったみたいだから」
 「下りて」と言われてしまったので、勇気がしぶしぶ昇の上を退く。昇が大きく息を吐きながら起き上がり、抱きつかれた拍子に床に落ちてしまった、持ってきていた参考書を拾い上げる。
「最近っつーか、今修羅場? あはっ」
「えっ、ひょっとして、大兄ちゃんの体調、悪いの?」
「い、いや……体調っていうか、機嫌が……って、大地は置いておいて。俺、ヤバイかもしれない」
「ヤバイって、何が」
「中間テストが」
 しばらく黙った。しばらく黙ってお互いの顔を見た。黙って、黙って、黙って。昇がポツリ。
「……来年、同じ学年に」
「うるあぁっ、必殺回し蹴りっ」
「うがっ、ひ、ひでえよっ!」
 昇が後頭部を涙目で擦りながら、「テストがどうしたんだ?」、と。
「来週テストなんだよ」
「そっか。勇気もなのか」
「へ? 勇気も、って?」
「俺の学校も来週テストなんだ」
 盛大な、溜息が。
 そう言えば、昇も参考書らしきものを持ってきている。おお、同志発見か?
「その割には今日この部屋に来んの早くねェ? 勉強はいいの?」
「いや、さっきまでしてたんだけど、ちょっとわからなくてさ。漂かセーメーがいれば教えてもらえるかな、と思って」
「漂はわかる。せ、セーメーも頭いいの?」
 二人揃って遠い目。
「大体が学年五位以内とかだって……」
「り、理不尽な世の中だよな……」
 でも、これはチャンスかもしれない。と、勇気は思った。この間漂にずたずたにされたプライドを取り戻すチャンスかもっ!
「あー、おっほん。目の前に先輩がいると思うのですがね」
「あ、そう言えば、勇気って二年生なんだよな」
「な、なんだよそれっ! そうだよ俺は二年だよ一個先輩なんだよーっ!!」
「わ、悪い悪い。なんか最近年上って感じが」
「今殺意を感じたぜ昇……」
「うっ、殺意って」
 それから昇は静かにうなずいて、「教えてもらおうかな」、とつぶやいた。勇気がパッと明るい笑顔を作った。
「カモン☆」
「じゃあ、お言葉に甘えて。この問題だけど……」
 彼は手にしていた参考書を持ち上げて、勇気に見せるように広げた。勇気が笑顔のまま、硬直した。
「数列1/2・5,1/5・8,1/8・11,… の初項から第10項までの和を」
「どうせ俺はバカだよっ!」
「うわっ、早速開き直ったし。まだ問題も全部読んでないのに」
「いいよ。もういいよ。数学なんてクソ食らえだ。俺は英語をがんばる」
「そ、そんな、いいのか?」
 勇気はテーブルの上の数学問題集を放り投げると、英語のテキストを引っ張り出してきた。昇は慌てて数学を拾い上げ、ちょっとだけ笑ってしまった。
「勇気が勉強してる」
「おお。勇気が勉強してる」
「なんか、来て良かった」
「なんでだよ」
 昇がちょこんと勇気の隣りに座った。一昨日、勇気が漂にしたのと、全く同じ位地と体勢だ。手元を覗き込まれると、なんだかやっぱりやりにくい。天空で慣れているし、昇なので、許してあげるけれど。
「……なぁ、勇気?」
「ん? 何?」
「一つだけ、いいか?」
「あぁ。いいぜ」
 苦笑して、しばらく黙ったが、やがて静かに口を開け、
「二の三、ofだと思う」
「……」
 ちょっと待て。
「だ、だって、仮主語の、えと、本当の、動作の主体になるヤツだっけ、えと」
「うん、確かに普通はforなんだけど、kindとか人の性質を表す形容詞の場合は違うんだって」
「そんなのアリかよ」
「う、うーん……参考書とか持ってないの?」
「ある。ここ」
 勇気が学校で買わされた分厚い参考書を差し出すと、昇が事も無さげに、数十秒でその項目を探し出した。
「ほら、ここ」
「げっ」
「……な?」
「昇、あったまいー……」
 昇は瞬間「高校生なら常識だろ」、と言いそうになって、やめた。
「ちなみに五番も、shouldが省略されてるから原形に」
「は? どこにそんなもん入るんだよ」
「heとangryの間だって」
「マジで? そんなんないし」
「でも、これ、naturalが、当然〜のはずだって感じになって」
「〜のはず、って、shouldかよ。〜すべきだ、じゃねーの?」
「う、うーんと」
「ま、まあ、とりあえず原形なんだよな、原形原形」
「時制の一致が」
「うるっさーい!!!」
 あまりの惨劇に、勇気が半泣きでじたばたし出した。昇が「来年は勇気と同学年かも」、とちょっと諦めた顔をした。
「ちっくしょーっ! ちょっと勉強ができるからってぇ」
「そういう意味じゃないって」
「どいつもこいつも俺をバカにするーっ」
「してないだろ、教えてやってるんじゃ」
「一年生に教えられてる二年生がおりますかーっ!」
「う……それは」
 しばらく首を傾げた後、昇が「あ」、と手を叩いた。
「大兄ちゃんに教えてもらえばいいだろ」
「あ、そっか」
 そうだ、どうして今までそれを思いつかなかったのだろう! 大地なら優しいし、頭も良いし、大地の前でなんて意地を張る必要はゼロだ。
 勇気はさっさと勉強道具を片付けて、「ごめんなっ」と言って立ち上がると、がしがし昇の頭を撫でた。昇は笑って「やめろよっ」と言ったが、さして抵抗はしなかった。
「んじゃな、俺は帰るっ! テストが終わったら遊ぼうぜっ」
「ああ、またな!」

 ……で。
「だーいーちーっ」
「ウザイ。ウザイウザイウザイ」
 大地は振り向きもしなかった。勇気ショック。
「だ、大地がイザっぽくなってる……」
「はぁ? あんなんと一緒にしないでほしいね」
 勇気がシュンとした表情で、巨大なテディベアを抱えた。それから、大地の手元を覗き込んだ。数学Cにもなれば、勇気にはほとんど理解できない領域なのだが。
「…………なに?」
「勉強、教えて」
 大地が鉛筆を置いた。少々乱暴なその手付きに、勇気は怒られるかな、と思って、ベアを抱く腕に力を込めた。ずっと横を向いていたその顔が、ようやくこっちを見た。
 次の瞬間。
 ぎゅっと抱き締められた。
「……大地?」
「よし、棚にあったポテトチップス食おうぜ。そろそろトリビアの泉始まっちゃうし」
「え、でも、勉強」
「なに? 一緒にお風呂入りたいって? しょうがない子だね」
「大地ってば」
「勇気は勉強しなくていーの」
「なんでだよっ、お前がしろって言ったんじゃん」
「だって、よく言うでしょ?」
 にっこり。
「バカな子ほど可愛いって」
 ………………しょーっく。
 
END



しゃーこさんからいただいた誕生日プレゼント。めちゃくちゃ嬉しいです。
勇気と大地と。二人は昇にとっての大事な兄貴です。
ちなみにこのお話は二つに分かれていて、前編は以前送りつけた漂君が出てます。