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SHASHA(しゃしゃ)さんからの頂き物

テスト勉強

 怒られた。
「触れるな騒ぐな抱きつくな」
 が、がーん。
「そ、そそそそそんなっ、大地ってばこの俺を捨てるの!? 命の恩人の俺をっ!?」
「やかましい!!! テスト勉強してんのが見えないのかコラぁぁっっ」
 くわっと大地に怒鳴られて、床に正座した勇気が、シュン、とうつむいた。
「そ、そっか……大地っ、がんばって! 俺はいつだってお前を応え」
「言っておくけど同じ学年同じクラスのお前にもテストが無いわけないんだからね」
「……」
 そう、神在山高校では来週に中間テストがある。「勉強なんかしなくても余裕じゃん」、とクラスメートに言われ続けている秀才大地君ではあるが、彼はこの度、自由と引き換えに月単位の入院生活を強いられた。ヤバイ。何がヤバイって、出席日数が、課題の提出率が、テストの参加率がヤバイ。定期テストで偏差値65を下回る点を取ったことのない彼が補習&課題三昧の生活を送っているのは、そういうわけである。
「全教科学年一位を取れば全単位出してくれるって肉(※ 双子の担任の内田先生のこと。内田の内の変形)に約束したもんね、ふふふふふ」
「そっか、そんなにヤバイんだ……あ、あの、マジで無理だけはすんなよ、お前」
「てゆーかもう単位出してくれるならライティングの加藤のクソジジイにでさえ抱かれてもいいもん」
「やーめーてー!! そんな風に体を粗末にしないでーっ!!」
 そんな調子で、完全に神経質モードの大地だ。受験生にも匹敵する焦り具合である。いくら命の恩人な勇気だと言えど、相手をしてもらえないが故に駄々を捏ねるわけには、いかない。
「遊び行ってくるーっ」
「危なくなったら帰っといでェ」

 で。
 扉を開ければ、いつもの部屋。まだ早い時間なので、誰もいないのだが。
 ソファに身を投げて、のほほんと天井を見上げる。なんだか、ホッとする。
 早く誰か来ないかなぁ。
 ドアが開いた。勇気は漆黒の瞳をキラキラさせて、がばっと身を起こした。
「漂ーっ!」
 入ってきたのは、勇気より十センチほど背の低い、制服らしきブレザーを着た少年だった。ボサボサの髪に愛想が良いとは言えないような表情をしているが、勇気は、彼が友達想いのとってもイイヤツであり、いざという時は頼りになることを知っていた。本人はそれを少々嫌がるが。
 ……ん、制服?
 彼は顔を上げて、勇気の顔を見て、「こんばんは」、とつぶやいた。で、溜息をついた。
「あれ、今日、どしたの?」
 いつもはパジャマ中心の私服なのに。
「学校から帰ってきて、部屋に入ろうとしたら、いきなりここ」
 非常にかったるそうにそう言うので、勇気がちょっと笑う。そう言われてみれば、重そうなカバンを肩にかけていた。
「なんか、カバンめっちゃ入ってない? 勤勉なんだなぁ」
「いや、来週テストだから、特別」
「え、漂んとこも来週テストなの?」
「勇気の学校もなの? 勉強しなくていいの?」
「う」
「……この間、留年するかもとか、言ってなかった?」
 ぐさっ。凹んだ勇気に、漂が盛大な溜息をついた。
「大地と卒業したいんじゃなかったの?」
「ひょ、漂……実はお前、俺が嫌いなんだろ? この部屋に入ったら俺しかいなかったことにショック受けてんだろ?」
「……勉強、しなよ」
「やーめーてー!! 俺が聞きたいのはそんな言葉じゃなーい!!」
 漂は再び溜息をついて、仕方なさそうにローテーブルの正面へ座り、カバンを下ろした。それから、カバンの中身を引っ張り出して、問題集とノートを広げた。勇気が興味津々という顔で、後ろから覗き込んでいる。
「……なに?」
「勉強、すんの?」
「一応。……この部屋、来ちゃったし。勉強道具持ってて良かった」
「偉いなー。それでも勉強すんのかー」
 隣りにちょこんと、勇気が大人しく座り込む。が。
「…………邪魔、しないでほしいんだけど」
「えっ、ええ!? 俺良い子にしてんじゃんっ、黙ってるじゃん!!」
「いや、そんなに見られてたら、気になるし」
「わかった!」
 突然手を打った勇気に、漂がきょとん。
「漂、今一年だよな」
「そうだけど?」
「俺、教えてやるよ。勉強」
「……勇気が?」
「なっ、何だよその顔っ! 俺だって一応進学校行ってんだぞっ、進学する気全くないけどっ」
「いや、そんなん、僕もだよ」
「俺は二年生なのっ! 先輩だぞ先輩っ、ありがたく教われっ」
「ありがたく教われって、なんか押しつけがましいんだけど」
「いーちーいーちーもーんーくーをーいーわーなーいー」
 漂はふと考えた。そう、勇気は二年生なのである。こう見えても、一個年上なのだ。そこそこの学校に通っているならば……、それでも落ち零れるのは落ち零れるけれど。
「教えてくれるの?」
 それに、勇気の分身とも言うべき大地の方は、全国模試で順位一桁などという怪人技をやってのけるのである。そう考えてみれば、勇気の通っている学校そのものの方がよっぽど平均偏差値が高く、だから勇気が落ち零れているように見えてしまうだけ、かも、しれない。
 漂にじっと見つめられ、勇気はコクコクコク、と三回もうなずいた。
「じゃ、教わろうかな」
「わーいっ、漂大好きっ」
「……お金は出さないよ?」
「好意でやってんのっ、ボランティアでやってんのっ!」
 勇気が漂のペンケースから勝手にシャーペンを取り出し、ニコニコしながら質問を待った。漂はちょっと眉根を寄せたが、何も言わずに問題を解き始めた。
 十分経過。
「……わかんなく、ない?」
「わかんなく、ない」
「あったまいーんだな」
「大地ほどじゃないと思うけど」
「あくまで大地なのがポイントなんだよな、そりゃ」
 二十分経過。
「……もっと難しい問題をやりなさい」
「……って、言われても」
 勇気がクッションを抱えてフルフル震え出した頃、漂がようやく顔を上げた。
「あ、勇気。これ」
「えっ、なになになに!?」
 嬉しそうな顔で振り返った勇気を、漂は地獄へと叩き落した。
「ちょっと問題読むから。聞いてて」
「うんうんっ」
「関数 y=2sinθcosθ+sinθ+cosθ について次の問に答えよ。で、この一番で t=sinθ+cosθ って置いたんだけど、二番、tの取りうる範囲を求」
「はーいはいはい一年坊が三角関数なんかやっちゃいけませーんっ!」
「いや、テスト範囲」
「数学没収! 他は無いのかっ、他はっ!」
「それじゃ、化学」
「理系科目は全部しまいなさい」
「……勇気、理型って言ってなかったっけ」
「だ、だってっ、大地が理型に進むって言うからっ」
「……自主性っていうのは、無いの?」
「う……ま、まあ、とにかくだな」
 勇気は一つ咳払いをすると、胸を張って言った。
「文系科目なら任せなさいっ。古典だろうが世界史だろうが」
「グラマー」
「はい却下」
 即答。怪訝な目が勇気を襲う。
「……文系……」
「え、英語なんか嫌いだもん……俺は日本男児だもん、大和魂だもん……」
 漂が盛大な溜息をついた。
「じゃあ、何なら教えてくれるの?」
「だから、古典とォ、世界史とォ、倫理政経」
「社会科目は暗記ものだから、教えてもらっても」
「……国語系ならっ」
「古典は助動詞を覚えられればそんなに難しくないし……」
「遠慮すんなよ。百人一首全部言えるぜ、俺。源氏物語の冒頭も暗記してるし」
「百人一首全部言えても、人生においては何の役にも立たないよ。源氏物語は一年じゃやらないし。……とにかく、古文はいい。漢文も」
「げ、現代文っ」
「勇気、今から教科書とテキスト両方読んでくれる?」
「……っっっ」
 とうとうふて腐れました。
「あーどうせ俺はバカさ。悪いかよ。なんか文句あんのかよ」
「……そこで開き直られても」
「大体なぁ、お前、偉そうにしやがって。お勉強がどれっくらいできるっつーんだよ、えぇ? あぁん??」
「……偉そうになんかしてないし。て言うか、勇気それじゃチンピラだし。……できる、ってわけでも、ないと思うけど。この間の全国模試なら、あんまり勉強しなかったからそんなに良い方じゃないんだけど、三教科で偏差値が68くら」
「絶交」
 クッションを抱き締めて外を向いた勇気に、漂が苦笑した。困った人だなぁ。
「……教えてあげようか?」
「うっ、うーるーさーい〜〜っ!!」



以前頂いたテスト勉強の前編です。
漂くんはクールでカッコイイ。勉強も運動も出来るし。とても昇と同じ歳だとは思えない。
ちなみに、昇はそんなに頭よくありません。根が真面目だから勉強しているだけであって。だからさぼっているとすぐに成績下がります。私と同じ(汗)。