SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,54  

「……え……」
 ショウの言葉に、まりいは自分の耳をうたがった。今、彼は何と言ったのか。
「レイノアに寄った時ここに残れって言っただろ。着いてくるって言われた時は正直とまどった」
 確かに言っていた。『私はショウと一緒がいい』と。
 だがあれは半分売り言葉に買い言葉だった。一人取り残されることが怖かったから。まりいにとってそれは、当然の選択だったのだ。
「なんでついてるくんだ? ってはじめは思った。普通は大人しく安全な場所にいるだろ。お前はまったくの素人なんだぞ? それって邪魔者以外の何者でもないからな」
 確かにそうかもしれない。彼は遊びで旅をしているわけではないのだから。
 少年の言葉に、まりいは少なからずショックを受けた。だがそんなまりいを気にすることなく少年は話を続ける。
「けどお前、ちゃんと着いてきたもんな。弓もはじめに比べればだいぶうまくなったし。約束、ちゃんと守ってたんだな」
「それは……」
 ショウの言うとおりだった。レイノアを離れた後も、まりいは人知れず弓の練習をしていた。彼の言うように足手まといにはなりたくなかったからだ。
『自分の身は自分で守れるようになる』確かにそれは、約束を忠実に守っているといってもいい。
「かと思えば急にいなくなるしな。正直あせった」
「ショウ……?」
 まりいにはショウの意図するところがわからなかった。悪く言われているようでもあれば、ほめられているようでもある。なによりも、こんなにも多弁な少年はめずらしい。
 わからないまま見つめていると、少年はうっすらと笑みを浮かべる。
「お前のこと見くびってた。悪かった」
 驚きの連続に、まりいは少年の顔を見つめたまま止まってしまった。
「…………」
「シーナ?」
「何か悪いものでも食べた?」
 やっとのことで少女の口から出た言葉は、あまりにも味気ないものだった。
「お前、人をなんだと」
「ごめんなさい。びっくりしたから」
 まりいが言ったのは事実だった。まさかこんなことを言われるとは思ってもみなかったからだ。
 敵と遭遇した時の対処方や地図の見方、買い物のやり方は教わった。話を聞いてもらったりはげましてもらったこともある。だがこうしてほめられた――認められたことはなかった。
「ショウ、変わったね」
 照れ隠しよろしく慌てて言いつくろうと、
「……俺が?」
 まさか自分のことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。眉をよせる少年に、まりいは指を軽く突きつけた。
「顔」
「顔?」
「表情が明るくなった」
「……俺、暗かったのか?」
 仏頂面のショウに、まりいはくすりと笑みを浮かべる。
 もしかすると少年の言うように、変わったのは自分の方なのかもしれない。少なくとも、出会った頃は彼のこんな表情を見ることはなかったはずだ。
「暗いというより、おだやかになったのかな。初めて会った時は怖かったから」
「……俺、怖かったのか」
 少なくとも、こんな落ち込んだ表情の彼を見ることもなかっただずだ。そう感じるのは自分の心境が変化したからだろうか。
「はじめだけ。でも甘党だし、お姉さんに弱いし――」
 笑みをおさえようとしないまま、まりいはショウを見つめる。仏頂面の彼の耳につぶやいたのは、突拍子もない一言だった。
「そういうところ、私は好きだよ」
 まりいも、ショウにおとらず天然だった。
「…………」
 少年の返事はない。返事を期待していたわけではないが、ここまで静かだと余計不安になってくる。
(……あれ?)
 ショウの顔を見て、まりいは首をかしげる。
 少年の顔は赤かった。
「ショウ……?」
 まりいが名を呼ぶと、栗色の髪の少年は慌てて視線をそらす。
「違う。お前が急に変なこと言いだすから、つい――」
「変なこと?」
「だからっ! お前言っただろ。それで――」
「何を?」
 そう言うと、今度はさらに視線をそらす。
 本来ならば、少年がこのような態度をとることはまずない。
「……なんでもない」
 だったら何故こんなにも動揺しているのか。
(ショウでもうろたえることってあるんだ)
 頭のすみでそんなことを考えながら、まりいはさらに言葉を重ねた。
「なんで顔がそんなに赤いの?」
 ショウの返事はなかった。
「ねえ、どうして――」
「お前のせいだろっ!」
 耐えきれなくなったのか、まりいの問いかけにショウは声を高らかに叫ぶ。
 二人の間に、なんとも形容しがたい沈黙が流れた。
「……悪い。本当になんでもないんだ」
 片手で顔をおさえると、少年は再び視線をそらす。
 どこからどう見てもなんでもないようには見えない。ならば一体何をあやまったり怒ったりしているんだろう。
 一人百面相をする少年をよそに、まりいは小首をかしげた。
 自分が変なことを言ったからだと少年は言った。そんなことを言ったつもりはないが、本人が言うからにはそうなのだろう。ではその言葉とは何なのか。
『そういうところ、私は好きだよ』
 少し前の言葉が脳裏に浮かぶ。確かにまりいは言っていた。それは、聞きようによってはそのように聞こえるのではないか。
 同時に、青藍(セイラン)とユリの会話も頭をよぎる。これではまるで、その再現ではないか。ひょっとしたら、自分達もあの光景と同じことをやっているのではないか。
 私と――ショウが?
「あの、私、そのっ」
 今度はまりいの顔が赤くなる番だった。
「違うの。私、変な意味で言ったんじゃない」
 言い直そうとすればするほど、口調はおかしくなっていく。
「そういう意味の好きじゃなくて。その、どういう意味かって聞かれても私にもわからなくて。
 でも嫌いってわけじゃなくて。だって失恋したばかりで――」
「……もういい。わかったから」
「嫌いじゃないの。好きなの。でも変な意味じゃなくて、だってショウがそんな顔するから」
「俺のせいじゃないだろ!」
「ショウのせいだよ!」
 顔を真っ赤にしながら怒鳴りあう二人。この時年長の二人組がいたら、何をやっているのかとあきれ果てただろう。だが幸か不幸か、その場には二人しかいない。
「……姉貴呼んでくる。もう大丈夫だろ」
 ひとしきり言いあった後、それまでの会話を打ち切るかのようにショウがつぶやく。
「う、うん」
 まりいとて、このわけのわからない状況から抜け出したいと思っていた。ただそこから抜けだすきっかけがなかったのだ。
 赤い顔のままうなずくと、まりいは少年を見送った。


『強くなったな。見直した』
 まりいの頭の中で、少年の言葉がこだまする。
(そんなに強くなったのかな?)
 一人取り残されたまりいは、少年の言葉の意味をずっと考えていた。
 確かに前ほど獣を恐れることはなくなった。でもそれだけのこと。怖いことに変わりはない。
 もしかしたら、逆に残酷な人間になってしまったのかもしれない。
 でもあんなことを真顔で言われてしまったら顔が赤くなってしまう。
(今日のショウは変だ)
 私も。
 半分、売り言葉に買い言葉で言ってしまったような気もするが、それにしてもお互いすごいことを言ってしまったような気がする。
 顔の赤みを必死におさえながら、ふと、まりいは先日のことを思い浮かべた。
『忠告はしたからね』
 凛(リン)の国で出会った、陽の色の髪を持つ少年。
 あれはどういう意味だったのだろう。虫がよすぎるとはどういう意味なのか。
 ピイィィィッ!
 ふいに、まりいの頭上を何かが通り抜けていく。
 それは一羽の鳥だった。ショウがまりいと再会した時に、彼女の肩にとまっていたもの。緋色のそれは、まりいのはるか頭上を飛んでいく。
「待って!」
 なぜこんなにも必死になっているのか。それは彼女自信わからない。ただ気がつくと、まりいは鳥の姿を追っていた。
「お願い、待って!」
 だが鳥に追いつけるはずもなく。しばらくすると完全に姿を見失ってしまった。
 右を左を見ても、何もない。あきらめて戻ろうとしたその時、一つの旋律がまりいの耳に届く。

 さあ、風をつかんではばたけ
 どこまでも広がる世界へ

「歌……?」
 まりいが耳にして、同時に目にしたもの。それは一人の少女だった。
 白みがかった灰色の髪。歌を口ずさむその姿からは、一種の神々しささえ感じさせる。声をかけるのも忘れ、まりいは少女の歌に聞き入った。
「?」
 ふいに、少女が振り返る。
「ごめんなさい。悪気があったわけじゃ……」
 歌を中断されてしまったことを怒っているだろうか。
 慌ててあやまろうとするまりい。だが少女は言葉を返そうとはしなかった。
「あ、あの……」
「……だぁれ?」
 まりいの瞳と、少女の空色の瞳が交差した。
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