SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,53  

「はあああっ!」
 草原に怒声が響く。
 いや、怒声と呼ぶには異なっているのかもしれない。本来、怒声とは文字通り怒ってどなる声であるのに対し、その声には凛々しさが感じられる。とはいえ、別の呼び方をしようにも他の言葉が見つからないのは事実であったが。
 宙に舞うのは栗色の髪。一つにまとめられたそれは、体の動きにともない放物線をえがく。
 直後にあがったのは獣の咆哮(ほうこう)と崩れおちる音。それが動かないことをみとめると、声の主はかろやかに微笑んだ。
「なんとか落ち着きましたね」
 一つに束ねていた髪をほどき、髪をすく様は雅(みやび)だ。
 だが誰も声を発しようとしなかった。目の前の光景に目を疑ったのかそれとも。
(シーナちゃん、今の何?)
(……獣が倒れてるように見える)
 青年のつぶやきに、まりいは目をこすって答える。本当に言葉どおりしか言いようがなかった。
(よかった。おれの見間違いじゃなかったんだ)
 安堵とも驚愕ともつかない声を漏らした青年を見た後、まりいはもう一度目をこすった。だが何度やっても同じ場面しか目に入らない。
 一体、誰が予想できただろう。倒れているのが獣だと。
 一体、誰が予想できただろう。獣を倒したのが栗色の髪の少女だと。
「どうかしました?」
 少女の――ユリの問いかけに、その場にいた者は全員首を横にふった。


 ことの始まりはレイノアだった。
 家まで送ると言う目的で、一行は村にむかった。久しぶりの帰還、おまけに村一番の器量よしであるユリが恋人を連れてきたということで、姉弟はおろか青藍とまりいまで手厚い歓迎をうけることになった。
 だが少年と少女の目的はフロンティア。別れるのが辛いとはいえ、滞在しつづけるにも限度がある。
 レイノアにとどまること一週間。しびれをきらした少年が年長の二人のもとに駆けつけてみれば、そこには百八十度違った姉の姿。はじめは誰なのかわからず、それがユリだと気づくまでに時間がかかった。わかったのは隣に青藍の姿があったからだが。
「本当はすぐ別れるはずだったんだ。でもどうしてもついてくるって聞かないんだ」
 とは青年の弁。もっとも言葉とは裏腹に彼の表情は嬉しそうではあったが。
「やっと仲直りできたのに、もうお別れだと思うと耐えられなくて。だから、思い切ってあなた達についていくことにしたんです」
 そう言ったユリの表情には、なんの迷いも感じられない。これが彼女の本来の性質なのか、旅装束に身を包んだ少女からは弟と通ずる凛々しさが感じられた。
「着いていくことにしたって」
「小さい頃から父に鍛えられていましたし。戦力にはなると思います。それとも……わたしのことが嫌い?」
 上目遣いに視線をむけられ、青年はおおいにうろたえた。
「嫌いなわけないだろ。おれだって君と一緒に旅ができるのならどんなにいいか」 
「だったら問題ないじゃないですか」
「問題あるんだよ。この旅は危険なんだ。そんなところに好きな人を連れて行けるわけないだろ」
「だったらちゃんと守ってください。わたしはレイノアじゃなくて、あなたのそばにいたいんです」
 はたから見るとものすごく恥ずかしい台詞を言っているにもかかわらず、年長の二人は真剣だった。残された歳若い二人の一人は顔を赤らめ、もう一人はため息をつく。
「とにかくダメだ。もし君の身にまた何かあったらおれ……」
 なおも言葉を言い募る青年の肩に手を置くと、ショウはいつにもなく真剣な顔で言った。
「大丈夫。その心配は絶対ない」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 数時間後、その言葉の意味が嫌というくらいにわかった。もっとも、『人は見かけによらない』という意味も身をもって感じることができたが。
「ショウ。お前の姉さんってあんなだったのか?」
 声が上ずっているような気がするのは気のせいか。
 青年の言葉に、ショウは今さらといったような表情を見せる。
「俺の体術の師って姉貴だぞ?」
「……まじ?」
「嘘ついても仕方ないだろ」
 ショウの言葉に、青藍はおろか、まりいまでもが絶句してしまった。
 少年の強さを二人はよく知っていた。並の獣なら一人でわたりあえるし、数年前は騎士団で訓練を受けた――まりいはそう記憶している。
「もともと、俺は武器を、姉貴は体術を親父から習ってたんだ。でも家のこともやっていかなきゃならなかったから途中からやめてた」
 ならば、彼の師となった姉の強さとはいかほどなのか。そもそも青年の話だと、彼の不注意で彼女に怪我を負わせてしまったのではなかったのか。
「セイと会った頃からかな。また体術を習いはじめたんだ。
 昔から筋がよかったから、みるみるうちに上達した。だから姉貴に近づくような命知らずはまずいない」
 二人の疑問に少年はよどみなく答えていく。全てを話し終えた後、再び絶句した(一人は青くなっていたが)二人に、ショウは大きく息をついた。
「じゃあ、もしそのブランクがなかったら――」
「間違いなく俺が負けてる」
 今度こそ完全に沈黙した青年に、ショウは同情とも苦笑ともつかない視線をおくる。どうやら青年の中で少年の姉は偶像化されていたようだ。
 その後、ショウは青年に向けていたものと同じ視線を少女に向けた。
「お前、前に言ってたよな。あんな風になりたいって」
「うん……」
 確かにまりいは言っていた。ユリのような女性になりたいと。
 だが、それはあくまでレイノアでのことであって今ではない。そもそも獣を素手で倒せるような女性には、なろうと思ってもなれるものではない。
「……あれでいいのか?」
 ショウのつぶやきに、まりいはなんともいえない表情を返した。


「今日はここで野宿ね」
 獣を手際よくさばいていくのは栗色の髪の少年、ではなくその姉。その姿からは先日のような弱々しげな仕草はどこにも見当たらない。
「味付けはどうです?」
「おいしいです」
 ユリは長い間家事をしていただけあって料理が上手い。彼女の質問に、まりいは正直な感想をのべた。
「…………」
 一同がユリの手料理に舌鼓をうつ中、青年だけが静かだった。
「青藍(セイラン)?」
「ユリの手料理食べるの初めてだと思って」
「俺はよく食べてたけど」
「お前がぜいたくものなんだよ」
 少年の額を小突く青年に、ユリはため息をついた。
「何を言い出すかと思えば」
「おれにとっては大事なことだぞ? 第一、あの頃は作ってくれなかったじゃないか」
「あれは場合が場合です。これからはずっとわたしが作ります」
「ずっと……?」
 呆けたようにつぶやく青年に、ユリはおだやかに答えた。
「ずっと。今日も明日もあさっても。それで文句ないでしょう?」
「ない、けど」
「だったらちゃんと食べて。嫌いなら片付けますけど」
「食べる、食べます!」
 子供のように食事をむさぼる青年に、母親のような眼差しでそれを見守るユリ。
 これがかつてそうなりたいと思った人物達の姿か。まりいは心の中でため息をついた。同時に、見ている方の頬が赤くなるのはなぜだろう。
「私、ちょっと散歩してきます」
「俺も」
 二人のかもし出す雰囲気にいたたまれず、歳若い二人はその場を後にした。


「二人とも仲よかったね」
 二人の甘い空気に入っていけず、残された二人は半自主的に散歩をすることとなった。
「気のせいかな。青藍(セイラン)がますます子供じみて見えたんだけど」
「……お前にそれ言われたら終わりだと思う」
「どういう意味?」
「別に」
 そっぽを向きながら何事もなかったようなふりをする少年に、まりいの眉がつりあがる。
「ただ――」
「ただ?」
「お前、順応したな」
 少年の言葉に、まりいは首をかたむけた。
「順応してる?」
「してる」
 そんなに真顔でうなずかなくても。
 まりいの心境をよそに、ショウは言葉を続ける。
「さっき、姉貴の料理最後まで食べてただろ」
 確かに食べていた。もっとも先ほどの一件でほとんど手につけることはできなかったが。
「ユリさんの味付けが上手だったからだよ。それにいつもちゃんと食べてるよ?」
「でも、前は獣一つに手間取ってただろ」
 確かに手間取っていた。だが今回はユリの独壇場にすぎなかったが。
「前は目をつぶることしかできなかったのに、今はちゃんと敵の目を見れるようになった」
「……何が言いたいの?」
 栗色の髪の少年の言葉の意味を図りかねていると、ショウは少女の明るい茶色の瞳を見つめ、口を開いた。
「強くなったな。見直した」
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