SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,40  

 まりいはずっと落ち着きがなかった。ずっと上の空かと思えば急に顔が赤くなったり。
 まりい自身、よくわからなかったのだ。どうしてこんなことになってしまったのか。
 青藍(セイラン)にショウのことを悪く言われ、一時期むっとしたこともあった。だがそれも過去のこと。今はそんなことどうでもいい。むしろ――
「シーナちゃんもそれでいい?」
「…………」
 なぜだろう。目が彼を追ってしまうのは。
「シーナっ!」
「……え?」
 自分を呼ぶ声に、まりいは慌てて振り向く。そこにはしかめ面のショウがいた。
「どうしたんだ。最近ずっとそんなだろ」
「どうもしてないよ!」
 まりいとしては、本当にどうもないつもりでいた。だが周りから見れば動揺しているのは明らかだった。
「誰だって具合の悪くなることだってあるだろ。ショウもそう目くじらたてるなよ」
「こいつが甘やかさなくていいって言ったんだ」
「甘えてなんか――」
「はいはいストップ」
 口論をさえぎるように青藍は二人の頭の上に手を置いた。
「このままじゃ埒があかない。話を続けようぜ」
『…………』
 青年の手の中で、二人はしぶしぶうなずく。最もその一方はそれどころではなかったようだが。
 どうしてだろう。顔の温度と同じくらい手が熱く感じられるのは。
 理由はわかっていた。青藍の言葉が頭から離れなかったのだ。
『シーナちゃんはおれが守るよ』
 いつもとは違った真剣な表情。それだけに、まりいには新鮮に――それ以上のものに感じられた。自分のことを気遣ってということはわかっている。それでも胸の動悸はおさまらない。
(私、どうしたんだろう)
 それは世間一般でいうところのある感情なのだが、まりいは気づく由もない。
「それで、今はどこに向かってるんだ?」
 ようやく機嫌を直したショウが問うと、青藍は待ってましたと言わんばかりに胸を張って言った。
「フォンヤン」
「フォンヤン?」
「なんでまたそんな所に」
 青年の一言に二人は全く違う言葉を返す。どうやら少年は知っていたらしく、怪訝な表情を見せた。
「この時期はいい品が手に入りやすいんだ。だから早く行かないと買えなくなる。地元住民にしかわからないネタだな」
「……スーパーのバーゲンセール?」
 まりいのつぶやきは聞こえなかったらしく、青藍とショウは談笑を続ける。
「武器の手入れくらいちゃんとしとけってこと。一緒に旅をするならなおさらだろ?
 それ以外にももう一つ穴場の場所があるんだ。行っておいて損はない」
 青藍の言葉に今度は二人仲良く顔を見合わせた。


「これは300C(ケルン)だね」
 店主に言われ、まりいは財布から金を差し出す。
 空都(クート)では通貨は大抵C(ケルン)が用いられている。それは先日まりいがショウやシェリアから教わったことだった。
 フォンヤンにつき、はじめにやらされたことは道具の調達だった。青藍(セイラン)の言うように武器の手入れができていなければ旅先で不都合が起こりやすいからだ。
「まいど」
 紙袋を受け取ると大通りの方へ歩きだす。少しすると同じく買い物をしていた二人の姿を見つける。片方は気づいたらしく、まりいが近づくと片手を振って答えた。
「どうだった? 市は」
「すごかったです。ミルドラッドもすごかったけどここも大きい……」
 カザルシアでは武器はあっても防具はあまり広まっていない。正確には防具は高価で重量がありすぎるため、一般での購入が難しいのだ。物語のような重装備をしているのは国お抱えの騎士ぐらいのものだろう。
 かといって全くないと心もとない。だから民衆の間では防御には劣るものの比較的手ごろで軽装なものが好まれる。
 一方武器は防具に比べれば多種のものがある。
 純粋に殺傷能力に優れたものや付加能力を与えるもの。中には予想もつかない効果を発揮するものもある。
「ミルドラッドかー。行ってみたいな」
「青藍さんは行ったことがないんですか?」
「シーナちゃん」
 それは有無を言わせぬ瞳だった。
「青藍は行ったことないの?」
 視線の意味を知り、まりいは慌てて言い直す。それはいつかの少年の時と同じだった。もっともその時はここまで顔が赤くなることはなかったが。
 どうしてだろう。ショウの時はここまでひどくはならなかったのに。
 そんなまりいの姿を目を細めて見た後、青藍は遠くを見るようにして答えた。
「……昔一回だけ。それからは全然」
 そう答えた青年の表情には影があったがすぐに元にもどったためまりいは気づかなかった。
「シーナちゃんは何を買ったの?」
「これです」
 まりいが袋の中から取り出したのはスカーフだった。
「色々使えると思って。はい」
「おれにも? ありがとう! シーナちゃんはいい子だなー」
 嬉しそうに笑う青年に、顔がまた赤くなる。それを打ち消すかのように、まりいは質問をした。 
「二人は何を買ったの?」
「ごらんのとおり」
 青藍の指し示す方を見ると、そこには真剣な表情で目前をにらみつけるショウがいた。よほど夢中になっているのか、まりいが戻ってきたことにも気づかない。
「はい」
「……?」
 よほど夢中になっていたのだろうか。まりいが少年の目前にスカーフを差し出すと、初めて視線をまりいに移す。
「シーナちゃんからのプレゼント。おれ達にってさ」
「あ……うん」
 生返事のままスカーフを受け取ると、再び視線を武器の方に移す。
「さっきからあんな感じなんだ」
 青藍が苦笑すると、ショウはやっと顔を上げた。
「見つかったか?」
「これでいい」
 ショウが選んだのは斧だった。
「剣でもいいんじゃないか? 使えるだろ」
 青藍の言葉にまりいはそうだったのかと少年を見る。それまでまりいは彼が斧を使ったところしか見たことがなかった。だが彼は運び屋なのだ。他の武器が使えてもなんら不思議ではない。
 けれども少年は首を縦にはふらなかった。
「こっちの方がしっくりくる」
「譲れないこだわりってやつか」
 再び苦笑すると『金払ってくるよ』と新しい斧を片手に青年はその場を離れた。
「……どうして青藍が払いに行くの?」
「値切るのが上手い。必要経費は少ないにこしたことないだろ」
 確かに彼ならできそうだ。妙なところで感心していると、顔の前に包みを突きつけられる。
「ほら」
 無造作に渡された包みを受け取ると、端からその先端が顔をのぞかせていた。
「これ……?」
「これくらいなら使えるはずだろ」
 まりいの問いに少年は淡々と答える。
「でもお金……」
「いらないからちゃんとしとめられるようにしろ。じゃないとこっちが迷惑だ」
 本当に普段と全く変わらない、聞きようによっては乱暴な口調。だが自分のことを考えてのことだと思うと怒る気にはなれない。
 返事の変わりにまりいは包み――新しい弓をぎゅっと握りしめる。
 しばらくすると青藍が帰ってくる。
「買い物も終わったことだしさっそく行きますか」
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