SkyHigh,FlyHigh!
Part,39
数は三。体格は牛のようだが目が爛々(らんらん)と輝いている。
その中でも目をひいたのは一頭の獣。残り二つの倍近くの体格を持ち額からは尖った一本の角が生えている。
「頭を片付けるのが妥当だろうな。おれが斬りつけるからショウは追撃を。シーナちゃんは援護を頼むな」
黒の瞳が獣の姿をとらえる。それまでの子供じみた表情から一変した真剣な顔にまりいは息をのんだ。
「はっ!」
短い掛け声と共に青年は獣に斬りかかる。隙をつかれたのだろうか。獣はバランスをくずし横なぎに倒れる。
――すごい。
二人の男達が繰り広げる戦いを目にして、まりいはそう思った。
お世辞ではない。青藍(セイラン)の刀さばきは目をみはるものがあったのだ。かといってむやみに武器を振り回しているというわけではない。そう思えるようになったのは、まりいに精神的な余裕ができたからだろうか。
青藍が斬りつけたところをまりいの矢が射止め、ショウが追い討ちをかけていく。
「シーナ、そっちだ!」
「はいっ!」
ショウの声に慌てて矢を放つ。余裕ができたのは精神的な面だけではなかったらしい。それまでとは違い、今度は寸分の狂いもなく命中する。
場に獣の咆哮が響き渡ったのはそれから数秒のこと。本来なら目をつぶっているところだが、次の行動に備え、まりいは次の矢をつがえた。
「最後はおれがするよ。シーナちゃんは下がってて」
青藍の言うまま後ずさりしようとすると、今度はショウによって遮られる。
「ショウ?」
「俺がやる。二人供そこにいろ」
そう言うと少年は言葉を紡ぎはじめる。それは、まりいが聞いたことのある詠唱だった。
「……暁の炎よ、全てを薙ぎ払え!」
栗色の髪の少年の手から生まれた炎が獣めがけて襲いかかる!
獣が咆哮を終えるまで、そう長い時間はかからなかった。主格の一頭が地に伏すと、残りは蜘蛛の子を散らすように姿を消す。
「強くなったな」
「そう?」
獣の残骸を見ながら青藍がつぶやく。賞賛の言葉にショウはまんざらでもない反応をしめした。
「ああ確かに強くなった。それは認める」
笑顔を見せつつもこめかみが痙攣しているのは果たして気のせいだろうか。
「でもな。誰が丸焼きにしろと言った!」
さっきまでの凛々しい表情はどこへやら。そこには普段と変わらない顔の青藍の姿が。
いつもの淡々とした表情はどこへやら。そこには普段より子供じみた表情のショウの姿が。
――と、まりいが感じたのは自然なことだろう。
「売れば金になったんだぞ! ショウ、てめェーーー!」
「焼肉だって少しは売れる……と思う……やめろ!」
男の子はわからない。二人を見ながら、まりいはそう思った。
「二人ともやっぱり仲がいいんですね」
野宿をすることになったのはそれからきっかり一時間後だった。
「まぁね。でも我ながら大人げなかったかな」
他愛もない話をしながら、まりいと青藍(セイラン)は薪を拾う。
「状況に臨機応変に対応するのも冒険者として当然の心得だからな! 特にそこの約一名」
返事はないが、青年の視線の先にはショウがいる。彼はは先ほどの罰と称して一人黙々と獣をさばいていた。
「おれの言ったとおりだっただろ? 腕はたつけど妙なところで穴が開いているって」
「そうかもしれないけど……」
ショウの方を見ながらまりいは口をはさんだ。確かに術を使うという行為は彼にしては不自然だった。元々彼はシェリアのように術を唱えるより武器を使った接近戦を得意としている。にもかかわらず少年は術を使った。その後の表情は、最近になってまりいの目によく映るようになったものだった。
自分の描いた似顔絵を親に見てもらう時の子供の顔。普段ならそんなこと口にも出せないが、先ほどの行動を振り返ればやはりそう表現するのがふさわしいだろう。
「まあいいか。術の手加減もできないようじゃ一人前とは言えない――」
「そんなことない!」
まりいの声に、青藍は薪(まき)を集める手を止めた。
「そんなことない……です。
今までたくさん助けてくれたんです。ショウがいなかったら私どうなってたか……!」
まりいが青年に言ったのは本心だった。ショウがいなければ今の自分はなかった。それをいくら付き合いが長いとは言え他の人間に悪く言われるのが嫌だったのだ。
青藍は何も言わず黙ってまりいの話を聞いている。
「ショウだって頑張ってるんです。さっきだってきっと青藍さんに成長したって認めてもらいたかったからだと思うし。
確かに青藍さんから見たら至らないところはあるかもしれないけど、ショウのことちゃんと見てあげてください」
それだけ言うと、まりいは息をついた。横目で少年の方を見ると少し離れた場所で相変わらず黙々と作業を続けている。
そんなまりいの顔をじっと見た後、青藍はぽつりとつぶやいた。
「もしかして嫉妬してる?」
「そんなことない! ……です」
慌てて首を横にふるも、今ひとつ説得力がない。ショウのことを信頼しているということは間違いない。だがこれは嫉妬と呼んでいいものだろうか。
一人思案にふけるまりいを面白そうに見た後、青藍はまりいの肩をポンポンとたたいた。
「ごめんごめん。そんなに怒るとは思わなかった」
「怒ってなんかいません」
口調とは裏腹に眉はつり上がっている。それを見た後、青年は地面に腰を降ろした。
「でも嬉しいな。あいつのことちゃんと見てくれてるんだ」
「え?」
「シーナちゃんはどうしてショウについていこうと思ったの?」
何気ない問いかけ。だが内容は核心をついたものだった。
「あいつに聞いたぜ? レイノアに寄ったんだろ。だったらわざわざ危険な場所にいないで安全なところにいればよかったじゃないか」
腰を降ろして牧を拾っているため表情は見えない。口調だっていつもと変わらない。なのに、なぜこんなに重く感じてしまうのだろう。
彼の正反対の方向に座り牧を拾いなおしながらまりいは質問に答えた。
「変わりたかったんです」
静かに、だがはっきりと意思を告げる。
「今までと違う自分になりたかったから。レイノアは確かにいいところだけど、状況に甘えてるだけじゃいけないと思ったから」
この言葉もまた、まりいの本心だった。
変わりたいと思ったから異世界にやってきたのだ。何もしなければ状況はきっと変わらない。
声のない時間が流れていく。
「状況に甘えてるだけじゃいけない……か。本当だな」
「青藍さん?」
「帰ろうか。ショウの奴いい加減待ちくたびれてるぜ?」
牧を拾い終わり青藍は腰を上げ、続いて立ち上がろうとしたまりいの目前に右手を差し出す。
「あの」
「ん?」
「どうして私にそんなこと言うんですか?」
青年の手を借りて立ち上がりながら、まりいは聞いた。
まりいにはわからなかった。なぜそんなことを言うのか。そんな姿をじっと見た後、青藍はすっと目を細める。
「旅の覚悟ってやつを聞いておきたかったんだ。試すようなこと言ってごめん。
それに、女の子を二度も危険な目に逢わせるわけにはいかないから」
「え?」
「大丈夫。シーナちゃんはおれが守るよ」
それは戦いの時に見せたものと同じものだった。真剣な眼差し。今までが今までだけに見ている人の心をわしづかみにしてしまうような。
「なーんてね」
でもそれは一瞬のこと。次の瞬間には明るい表情に戻り、まりいから手を離した。
「それと、また『さん』づけになってる。そんな堅苦しい言葉使わないで、もっと普通に話してくれると嬉しいな」
とくん。
少女の体のどこからか、そんな音が紡がれる。
「シーナちゃん?」
「大丈夫です――」
慌てて返事をしようとしたまりいの腕を、青藍はしっかりと掴む。
「同じこともう一度言わせる気?」
とくん。
「だいじょう……ぶ」
「そういうこと。ほら行こうぜ」
「……うん」
……どうしたんだろう。私。
胸の鼓動を押さえ、まりいは青藍の後についていった。
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