Part,18
全ての人間があっけにとられていた。兵士も、妃も、領主も。
一番驚いていたのはショウだった。
なんでそんなことができるんだ? これも異世界の住人だからか? それにしたって限度があるだろ。もはや理解不能だった。
普通やるか? くってかかったあげく、大の大人の――公主の頬をひっぱたくなんて。
「シー……」
声をかけようとして、やめる。言ったところで今更なにがどうかなるというわけではない。
視線を向けると少女以外の人間はまるで何かの呪縛にかかったかのように動きを止めていた。それくらい誰にも予測できなかったということなのだろう。一体何が起こったのか。その場にいた全員が焦げ茶色の髪をした少女を見つめていた。
「お金なんかいりません!
私はシェリアを、友達を助けにいくんです。公女様じゃなくて、私の友達を助けにいくんです」
よほど強く叩いたのだろうか、まだ赤みの残る手を握りしめ、まりいは言った。
まりいは目の前の領主が許せなかった。
どうしてシェリアのことをそんなふうに言えるのだろう。実の娘のはずなのに。
まりいは目の前の妃が許せなかった。
どうしてそれで子の幸せを願っていると言えるのだろう。シェリアの幸せはもっと別のものなのに。
どうして二人はこうなのだろう。シェリアの望む幸せはきっと望めば簡単に手に入るはずなのに。もしかしたら子供の頃、自分が欲しがってやまないものだったのかもしれないのに。
「家族ってこんなにも悲しいものだったんですね。これが本当の家族って言うなら、親なんかもう……いらない」
なんでそんなこと言えるんだ。なんでそんな顔するんだ。全てをあきらめきったような顔。言葉とは裏腹にその顔は今にも泣き出しそうだ。
だったらそんなことはじめから言わなければいいだろ。ショウにとってまりいという少女はは本当に理解不能だった。
『親なんかもう……いらない』
それは少年にとって一つの何かを思い浮かばせる要素だった。
本当に女はわからない。いや、もしかしたらこいつだからこそわからないのかも。ショウは何度目かのため息を心の中でもらした。
とはいえ、このままじゃ目の前の少女の身が危ない。
「……ごめん」
そう言って弱々しく笑った少女を放っておけるほどショウは悪人でもなかった。
ここまでかかわってしまったんだ。どうして放っておくなどできるだろう。
もしかして俺は、とんでもない奴と行動を共にしてるのでは。そんな思いが頭をよぎるもショウはかぶりをふった。こうなった以上もはや後の祭りなのだから。
「行くぞ。シェリアを助けるんだろ?」
苦笑すると二人踵を返す。
「何をしている! その者達を捕らえよ!」
ようやく呪縛から開放された公主が言うももう遅い。
「こっちだ!」
「うん!」
二人はこうして謁見の間を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なんでこんなことになったんだろう。走りながらショウは考えた。
元々、王から受けた任はフロンティアと呼ばれるものを探すことだった。それが気がつけば隣にいる少女の面倒をみることに、ひいては公女様をミルドラッドに送り届けることになってしまった。
前者は自分で決めたことだし後者は王から命じられたこと。結果的に首を縦にふったのは自分なんだ。それなりに覚悟はしていた。だが、この状況はあんまりではないか。
「ショウ、このあとどういけばいい?」
自分の隣を走る少女に視線をやる。全速力というわけではないがそれなりに急いでいるのにもかかわらず、まりいは息を乱していなかった。
こいつ筋がよかったんだな。これなら先の旅でも着いてこれるかもしれない。兵士から逃げているという状況にもかかわらずショウは妙なところで感心した。
「ショウ?」
「つきあたりを右だ!」
そこを曲がれば城から抜け出せる。兵士がいようがかまうものか。まずはここを出ることが先決だ。
「お前、変わったな」
走りながらショウは隣の少女に言った。だが聞こえていなかったのか、まりいはそれに答えずひたすら走るのみだった。
本当に変わった。
一番変わったのは表情だった。今まではどちらかというと弱々しく頼りなさげだった。なにしろ自分の顔を見ただけでおびえたように後ずさっていたのだから。
それが今では堂々とまではいかなくても顔をまっすぐにあげている。
それは自分とここにいない、まりいにとってはもう一人の友人のおかげなのだが、ショウはそれに気づくことはなかった。
「…………!」
急にまりいの足が止まった。
「どうした――」
続いて、ショウの足も止まる。そこには神官服に身を包んだ初老の男がいた。
「……これはこれは」
初老の男が軽く目をみはる。
まりいを後ろにかばいながら、ショウは男をにらみつけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「長様、ここを男女の二人連れが通りませんでしたか?」
かけつけた兵士の声にリューザは首をかしげた。
「はて。一体何事です?」
「領主様に狼藉(ろうぜき)をはたらいたのです。すぐ見つかると思ったのですが――」
「男女の二人連れですか。わたしは見ませんでしたよ。一体どこにいるのでしょうね」
「我々はむこうを捜します。もし見かけたらお知らせください」
「わかりました。見かけたら声をかけましょう」
「申し訳ありません」
兵士は一礼の後、その場を去っていった。
「……狼藉、ですか」
誰もいなくなった後そうつぶやくと、リューザは一人廊下を歩く。しばらくすると小さな扉が見えた。
左右をゆっくりと見回し誰もいないことを確認すると彼は扉にむかって声をかけた。
「もう大丈夫ですよ」
「……ありがとうございます」
扉から姿を現したのはまりいだった。
「どうして私達をかくまってくれたんですか?」
同じく顔を出しながらショウは男をにらみつけた。
職業柄、著名人の顔は覚えていた。だが彼が――ミルドラッドの神官長が自分達を助けてくれた理由がわからなかった。
「そちらの方はわたしのことをわかっているようですね。お初にお目にかかります。わたしはリューザ・ハザー。ここで神官の長を務める者です」
そう言うと、リューザは二人に笑いかけた。
「お二人のことはシェリア様から聞いています。シーナ様とショウ様ですね」
「シェリアを知ってるんですか?」
そういえば、子供の頃は神官の家ですごしていたって言っていた。もしかしたらこの人が?
まりいの考えていることがわかったかのように、リューザは笑みを返した。
「老いた身ですが、あなた達が何をしようかとしていることぐらいはわかります。これでもシェリア様の育ての親ですから」
そう言うとリューザは二人を伴い廊下を歩く。それは兵士が二人を追っていた方向とは正反対の道だった。
「この先を進めば外に出られます。シェリア様を早く助けてあげてください」
そう言って声とまりいに包みを渡す。
「あの、これは……」
「あとで必要になると思います。それからこれを」
続けてまりいの首にペンダントをかける。
「シェリア様に伝言です」
耳打ちされた言葉をきいて、まりいははっと顔をあげた。
「この石の本当の意味は『離れていても願いは叶う』です。どうか、あなた方に水の精霊の加護がありますように」
深々と頭を下げる神官長を見て二人は返す言葉がなかった。
シェリア。もう泣かなくていいよ。あなたにはこんなにあなたのことを想ってくれる人がいる。
神官の長に礼をすると、今度こそ二人は城を抜け出した。