EVER GREEN

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第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」

No,10 姉の力、弟の力

《聖域を荒らすのは誰だ》
 声が聞こえた。
《ここは神の娘しか入れぬ場所。早々に立ち去るがよい》
 声の主は、いわずもがな。絵の左右にあった彫像だった。……いや、彫像だったものだった。
 青い虎と青い竜。襲いかかってくることはないものの、じっとこっちを見ている。その声は、まるで頭に直接語りかける――スカイアとはじめて会った時のような、そんな感じ。
「この奥に知り合いがいるの。通してくれない?」
 リズさんが彫像に語りかける。
《先にも言ったはずだ。ここは神の娘しか入れぬ聖域だと》
「だからー!」
《そもそも、汝(なんじ)らは禁を犯している。なぜここに人間が――男がいるのだ》
 それって、もしかしなくてもオレ達ですか?
《――いや、人間ではない者もいるようだな。人であったと言うべきか》
 そりゃ、そーだろ。ここにはリズさんが――ネレイドなるものがいるらしいし。
「それは謝るわよ。でもそんなに目くじら立てて怒るほどのことじゃないでしょ?」
 そーだ、そーだ。もっと言ってやれ!
《そうもいかぬ。先ほども言ったはずだ。『二度目はない』と。汝は我らを冒涜(ぼうとく)しているとみた。おとなしくここで朽ち果てるがいい》
 うわ! いかにもダンジョンさながらのセリフ……って、感心してる場合じゃない!
 青い虎と青い龍が襲いかかってきた。
「逃げるぞ!」
 いくらアルベルトがこの先にいたとしても、命あってのものだねだ。
「そもそも二度目ってなんだよ?」
 走りながらリズさんに問いかける。
「さっきアル達とこの奥に入った時に特例として認めてもらったの。『二度目はない』って言ってたけど、本当に襲いかかってくることないじゃない!」
「…………」
『女性しか入れない』って意味がようやくわかった。でもこれじゃあ女装してたって何の意味もなかったんじゃねーか! しかもオレ達、こいつらのとばっちりでこんな目にあってるのか?
「文句は後。どちらにしても、体制を立て直さないとダメでしょ! 彫像には悪いけど攻撃するわよ!」
 そう言うとシェリアが目を閉じ、術の詠唱を始めた。
「暁の炎よ、全てをなぎ払え!」
 本を片手にシェリアが術を発動させる。炎が現れ、青い虎目がけて――
「……え?」
 一瞬にして消えた……なんでだ!?
「うそっ! どうして!?」
 一番動揺しているのは他ならぬシェリアだった。
《無駄だ。術は封じられている》
 それって、すごくやばくないか?
《汝らの力はその程度のものなのか? ならばこちらからいくぞ》
 虎が、オレ達の方にかけてくる。
 ……違う。特定の人物目がけて襲いかかってくる。その視線の先は――
「えっ!?」
 シェリアは術使い。術が使えないってことは、ここでは素人以下、もしかするとオレより非力かもしれない。
「やだっ! 来ないで!」
 目の前の公女様にはなすすべがない。くそっ!
「スカイア!」
 短剣を取り出し風の武具精霊の名前を呼ぶ。
《無駄だ。術は……》
「いやあっ!」
「早く結界を!」
 シェリアが悲鳴をあげるのと、オレが彼女の元に駆け寄ったのは同時だった。
『…………!』
 これから起こるであろう最悪の事態を予想して二人ぎゅっと目をつぶる。
『…………?』
 けれど、いつまでたってもそれは起こらなかった。代わりに聞こえたのは虎の絶叫。おそるおそる目を開くと、そこには床にひれ伏した虎と同じく床にしゃがみこんだシェリアの姿があった。
 ……効いてる? さっきの術は通用しなかったのに。
「シェリア、今のうちに!」
 でもシェリアは顔を青ざめたまま動こうとしない。
「何をしている! 早く立て!」
 業をきらしたシェーラが強引にシェリアを立たせようとする。
「ダメ。足がすくんで……」
 いつもの気丈さはそこにはない。当たり前だ。抵抗すべき手段も持たないまま虎に襲われたのだから。
「ここで死ぬわけにはいかないだろう!」
 いつになく真剣な表情でお嬢がシェリアを抱えあげながら叫ぶ。
「お前はあれをどうにかしろ!」
「どーにかしろったって、結界はるのだけで精一杯だったんだぞ? 短剣だってこれ一つしかないんだ!」
 そう簡単にできるわけないだろ!
「……その短剣って、もしかしてお兄ちゃんが作ったもの?」
「そーだけど……?」
「……だったらなんとかなるかもしれない。ノボルくん、これを握って!」
 しばらく考えるようなそぶりを見せた後、オレに向かって何かを投げつける。それは、竜を形どった杖だった。
「これ、どう使うんだ……」
 言い終わるより早く。リズさんがオレの手の上から覆いかぶさるようにして杖を握る。
「君はこれを握っててくれるだけでいいの。いい? 相手を倒すことだけに集中して」
 そう言うと、シェリアの時と同じく目をつぶった。
「我は海を司りし者。我と竜の加護を受けし者の名において、汝(なんじ)を裁く……」
 藍色の髪がふわりと舞い上がり、杖の先に紅い炎が灯る。
「いっけぇーーー!」
 炎が虎めがけて襲いかかる!
 虎は、数秒の硬直の後、元の彫像の姿に戻った。
「すげぇ……」
 異世界に来て何度目かのセリフを吐く。と同時に全身の力が抜けて床にくずれおちた。
「コレもお兄ちゃんが作ったものなの」
 オレに視線をあわせるとコレ――竜の形をした杖を指す。
「一人だけじゃまだ使いこなせなかったんだけど、増幅装置がいて助かっちゃった♪」
「増幅装置って、オレのこと?」
「そう。あ、君の力――生命力をわけてもらったから、しばらくは動けないと思う。でもすごいねー。さっすが『竜の加護を受けし者』!」
 さらりと聞き捨てならないことを言ってのけながら、オレの方を見る。
「……その『竜の加護を〜』ってやつ、何?」
 さっきも言ってた。いかにも意味ありげな言葉だったけど。
「何って、『地の惑星』には竜が眠っているんでしょ? 『地の民』には力を引き出す才能があるって、お兄ちゃんが言ってたよ?」
「…………」
 竜が眠っているかどうかは別として。『地の惑星』ってのは地球ってことで。竜の加護=地球に生まれた人間ってわけで。
「……それって、ただの地球人ってことじゃん」
 やっぱりなー。そんなオチだろーと思ったさ。
「でもそれだけじゃないよ? だって君は時の――」
「はいはい。わかったわかった。もういいって」
 彼女の話を軽くさえぎる。どーせ今みたいに期待させるだけさせといてぬか喜びに終わりそーだし。
「……うん。その話は後回し。もう一匹がお出迎えみたい」
 確かに。目の前にはもう一匹――青い竜が立ちはだかっていた。
「わかってるって。……椎名!」
 結界を解き、彼女に向けて短剣を投げる。
「それ使って。早く!」
 椎名は一度だけ、はっとした表情をすると短剣を強く握りしめた。
「風よ! 私に力をかして!」
 椎名が呼びかけると、短剣は――スカイアは弓の姿に形を変える。
「お願い!」
 ゴウッ!
 椎名の矢を放った矢が虎に突き刺ささる。オレの時とは違い、その矢はさしずめブリザード。瞬時にして竜が氷付けになる。

 彫像はさっき『術は封じられている』と言った。
 でも裏を返せば術じゃないものなら有効だというわけで。そう考えると結界をはれたのも納得できる。しかもスカイア――風の短剣は本来女性用の護身用武器。だったらオレよりも本来の持ち主である椎名の方がうまく使いこなせるはず。

 実際、オレの予想は当たっていた。当たっていたけど……同じ短剣なのに、力の差がありすぎないか?
「昇くん、今のうちに!」
 そうだった。今はそんなこと考えている場合じゃない!
「リズさん、さっきのやつもう一回!」
「あれはもう使えないの。言ったでしょ? 一人じゃまだ使いこなせないって。それに君がそんな状態じゃ無理よ」
「う……。けど!」
 さっき、虎は自分に攻撃を仕掛けた人間――シェリアに襲い掛かってきた。
 だから今度も……!?
《……少々侮(あなど)っていたようだな。次は容赦せぬ》
 竜が咆哮をあげると、瞬時にして氷がとける。
「椎名!」
 慌てて駆けつけようとするも、さっきので力を使い果たしたのか体が言うことをきいてくれない。ちくしょう、打つ手はないのか!?
 その時だった。
 キィィィン!
 スポーツバックの中で、何かがはじけたような音がする。これって、前にもあった。あの時は――
「ノボルくん、言霊(ことだま)を言って、それを投げて!」
 光っているもの――スポーツバックを指しながらリズさんが叫ぶ。
「言霊?」
「なんでもいいから! シーナさんがどうなってもいいの!?」
 そうこうしている間にも、竜と椎名の距離は縮まっていく。
「……どうなってもいいわけないだろ?」
 こんなところで死ぬなんてまっぴらだ。しかも人が――椎名が危険な目にあってるんだ。どうなってもいいわけない!
 頼む! 椎名を――
「まりい!」
 バックの中に手を突っ込み、光っていた物を投げつける。
 あたりがまばゆい光に包まれる。光の中から現れたもの。それは巨大な――狼だった。
「…………」
 狼は何をするわけでもなく、じっとオレの方を見ている。
 これもあの時と同じだ。だったら――
「頼む! まりいを助けてくれ!」
「アオオオン!」
 狼は一声吼えると、竜に向かってとびかかった。
「どう? これでもダメだって言うの?」
 狼と交戦中の竜に向かって、リズさんが不敵な笑みを浮かべる。
《……よかろう。先に進むがよい》
 そう言うと声は消え、後には虎と同じく竜の形をした彫像が残った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「昇くん大丈夫?」
 短剣を抱え、椎名が心配そうに近づいてくる。
「全然平気……でもないか」
 今度こそ本当に疲れた。もう立ち上がる気力もない。
「さっき呼んでくれたよね。『まりい』って」
 オレと同じく地面に腰を下ろすと、嬉しそうにはにかんだ。
「まあ、それは、その……気にしないで」
「そのままでいいよ」
「え」
「前から言ってたよね? 『まりい』でいいって。姉弟になって三ヶ月もたつんだし。それとも、私が『昇』って呼んだら呼んでくれる?」
 それもそれで別の意味で困るような……。
「二人とも。盛り上がっているところ邪魔して悪いんだけど」
『!?』
 ふと辺りを見回すと、周りの視線が痛いくらいに突き刺さっていた。
「シェリア、もう大丈夫なのか?」
「おかげさまで。誰かさんと違ってもう歩けるわよ」
「……なんか怒ってない?」
「べーっつに?」
 嘘つけ。顔が怒ってるぞ。
「これどうしますか?」
 周りの空気を察したのかそうでないのか、カリンさんが元にもどった二つの彫像に視線を向ける。
「壊したほうがいいんじゃないかい? また同じことになったら大変だろ?」
 同じく彫像を見ながらマリーナさんが言う。
「うーん。でも別にこのままでいいんじゃない?」
『?』
「『先に進むがよい』ってさっき言ってたし。もうこいつらがオレ達に危害は及ぼさないって」
「確かに一理あるわね。これも一つの結界でしょうし。それも相当強力なものよ。ちょっとやそっとじゃ壊れないわ」
 オレの言葉を引き継ぎリズさんが言う。なんでそんなことがわかるかと言うと、彼女は霧海(ムカイ)で数本の指に入る精霊使いなんだそうだ(後から聞いた話だが)。
「でも一体誰が何のためにこんな結界……」
「さあ? それはあの人達に聞かないとわからないんじゃない?」
「『あの人達』とはもしかしなくても、ここにいない者達のことか?」
「別名、今回の事件の張本人とも言うよな」
『…………』
 不気味な静寂が続く。
「あ。噂をすれば……みたい」
 リズさんの指差した方角から二人の人物が姿を現す。
「おや皆さん。大変お疲れのようですね」
 わざとなのかそうでないのか。久々に見た極悪人の第一声はそれだった。
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