第二章「わがままお嬢のお守り役」
No,8 お嬢(その他一名)、捕まる
五月二十一日。
青い空、白い雲。まさに行楽、デート日和(意味不明)。
「なのにどーして……」
やめとこ。すっげー虚しくなってきた。
「何をしている。早く来ぬか」
目の前にはお嬢がいた。
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「アタシも行く!」
「すまないが、今回はノボルと二人きりにしてもらいたい」
「どうして?」
「それは…」
「昨日、シェーラに頼まれたんだ。『この前の事を許す代わりに買い物に付き合え』って」
「……言い訳っぽくない?」
仕方ないだろ。言い訳なんだから。とは言えない。
「ずーっと極悪人にこき使われてたんだ。たまには羽のばしてもいーじゃん。それとも代わりに荷物もちする?」
「でもアタシも行きたいなー」
「大荷物になりそうだ。一日中かかるかもしれない。そなたには辛いだろう? 迷惑はかけたくない」
「…………」
とたんにシュンと、シェリアの肩が沈む。
「代わりと言ってはなんだが、ほしい物はあるか?」
その一言に顔をパッと輝かせるとこう言った。
「アクセサリー! 可愛いのがいいな。」
「わかった。買ってくるよ」
「留守番ならまかせて! おみやげ期待してるからね!」
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これが一時間前の話。今はこうして二人で市場を歩いている。
アルベルトには知らせなかった。下手に勘付かれるのも後々面倒だし。
「そこの兄ちゃん」
「へ?」
「アンタだよアンタ。彼女にどうだい?」
『兄ちゃん』はオレのことで、『彼女』はシェーラのことらしい。
「お買い得だよ。何か買っていってくれよ」
「悪いけど……」
「左から二番目の物をくれ」
オレが断るより早く、シェーラが口にする。
「まいど。200C(ケルン)だよ」
「何をしている、早くだせ」
「あ、うん」
お金を払うのを確認すると、お嬢はそそくさと行ってしまった。
「兄ちゃん、今からその調子じゃあ、これから苦労するぜ? もっとガッシリ構えときな」
「はは……」
何て言ったらいいかわからず、あいまいに笑うとオレもその場を後にした。
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「何でオレが金払わなきゃならないんだよ」
「さっき約束したではないか」
「約束?」
「あの者が言っていたではないか。アクセサリーを買ってこいと」
「あ」
すっかり忘れていた。こいつ意外と律儀なんだな。
「無神経かつデリカシーのない男は女性に嫌われるぞ。覚えておくことだな」
「お前には言われたくない」
「そなたは……」
「その前に!」
指を突きつけシェーラの言葉をさえぎる。
「『そなた』とか『あの者』って言うのやめろよな。仮にも仲間なんだからさ。オレは昇で女の方はシェリア。これでいーの。オレ達もお前のことシェーラって呼んでるんだから」
「あの男は?」
「あいつはただの極悪人」
「それは、そなたの偏見ではないのか?」
「いいんだよ。ほら、また『そなた』って!」
「……気をつけるようにする」
「そうそう。それでさ、ソレどーにかした方がいいんじゃねーの?」
突きつけていた指を、今度は若干ずらして言う。
「そなたもそう思うのか?」
「…………」
「ノボルもそう思うのか?」
オレのジト目に気づいたのか慌てて言い直す。
「それだと目立つだろ。早いとこ買って帰ろ。そのために来たんだろーが」
「ノボルの方こそ目立っているのではないのか?」
「コレはオレの世界の物なの! ちゃんとこっち(空都)の上着着てるからいーだろ!」
「……そうか?」
「……多分」
見た目はそんなに変わらないはず……だと思う。
以前シェリアからもらった(正確にはアルベルトが買ってきた)上着の下は、ジーンズにTシャツと地球の格好そのもの。そんなに変か?
改めて自分の格好を見なおそうとしたその時だった。
「あいつらだ!」
「へ?」
突然の声に思わず振り返る。そこにいたのは、ひょろっとして小さい男――
「あー、この前の!」
シェーラにからんでいたゴロツキだ。そう言えば一人逃がしたんだった。
「この前はよくもやってくれたな。今日はただじゃおかねえ」
うっわー。いかにも悪役のセリフ。
「素直に逃げていればよかったものを。わざわざやられに来たのか?」
「……っ!」
「お前わざと言ってるだろ……」
わざわざ敵を煽り立てるような事しなくてもいいだろ! あーあ、むこう青筋たててるよ。
「今日は俺だけじゃねえ。強力な助っ人がいるんだ。そっちこそ覚悟しやがれ!」
確かに背後には連れらしき人影が見えた。
黒フードの長身。フードを深くかぶってるので顔は見えないが、かもし出してる雰囲気からして、いかにもただ者ではないって感じがする。
「ホントだ。どーりで気が強くなってるわけだ」
納得。ポンと手をたたく。
「…………!」
青筋のたってたゴロツキの顔が今度は真っ赤になった。
「ノボルこそ、わざと言っているのではないのか?」
「うるさいっ!」
意図的にしろ、そうでないにしろ、今の一言で相手を怒らせたのは間違いなかった。
「シェーラ、逃げるぞ!」
「わかっている!」
とにもかくにもここは先手必勝に限る!
「スカイア、いけっ!」
刀身が緑色に輝き突風が……
「うわっ!」
手に何かがぶつかり、短剣がふっとぶ。
「この前はそいつにやられたからな。今度はそううまくいかないぜ」
手にぶつかったのは、連れの助っ人が投げたナイフだった。
「頼みの綱はなくなったぜ? さあどうするんだい、坊や?」
自分の優勢を認識したのか真っ赤になっていた男が落ち着きを取り戻す。
短剣は手元にない。それ以前にさっきのナイフの当たり所が悪かったのか、腕から血が流れていて、短剣があったとしてもまともに握ることができない。くそっ!
「ノボル!」
先に逃げ出そうとしていたシェーラが駆けてくる。
バカ、お前までもどってきてどーするんだよ!
「やあああっ!」
シェーラがゴロツキに切りかかる。
ガッ。
「ぐっ!」
「シェーラ!?」
けど、黒フードの男の一撃にあっけなく倒れる。
「安心しろ。動けなくしただけだ。死んじまったら売りようがねえもんな」
小柄のゴロツキが笑みを浮かべながらオレの方を見る。
確かに。かすかにだけど胸が上下している。自力でよけたのか運が良かったのか。
でも身動きがとれない。このままじゃ絶対やばい。
「どうだ? 自分の女が捕まるって気分は。中身はどうであれ上玉だからな。後でたっぷりと拝ませてやるよ」
「……オレ達をどうするつもりだよ」
「さて。どうしてやろうか」
初めて会った時と同じような下品な笑みを浮かべる。
「ノ……ボル。逃げ……」
「うるさいぞ、引っ込んでろ!」
ゴロツキの一声と同時に、黒フードが再びシェーラにナイフを投げつける。もっとも間一髪でそれをかわしたから、胸元が裂けただけですんだけど。
ダメージが大きかったのか、地面に伏したまま今度はピクリとも動かない。
「手間かけさせやがって。おい、そいつを連れてきな」
ゴロツキの声にうなずくと、助っ人の黒フードがシェーラを強引に抱き上げる。
「待てよ! そいつは……」
「……?」
黒フードの動きが一瞬止まる。
「どうしたんだ? 女を早くつれて来い!」
ゴロツキがいらだちながら叫ぶ。
「ああ。この女だな。間違いない」
……あれ?
何か変だ。なんでアイツはあんな事言うんだ?
「てめえ、何ボーっとしてんだぁ?」
髪を引っぱられ、思考を中断される。
「やられに来たのはお前のほうだったみてえだな」
ゴロツキは完璧に自分のセリフに酔いしれている。
「俺としてはそっちの女に用があるんだが。そうだな。お前にはこうしてもらおうか」
そう聞こえたかと思うと、オレの頭部を鈍い衝撃が襲った。