EVER GREEN

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第二章「わがままお嬢のお守り役」

No,9 お嬢(その他一名)、逃げる

 意識がもうろうとする。
 後頭部が痛い。
「…………」
 目の前にあるものをつかむと、そのまま世界が暗転した。


 頭が痛い。腕が痛い。体中が痛い。
「……!」
 誰かが叫んでいるのが聞こえる。……うるさい。
 遠くで聞こえるやりとりを耳にしながら、意識を閉ざした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 顔面にボールをくらって、気がついたら異世界。強制的にやらされたのは極悪人の弟子と公女様の護衛という名前の雑用係。本当に色々あった。
 そして今は……
「オレ、なんでここにいるんだろ」
 空都(クート)に来て何度目かのため息。この世界に来て、確実にため息の回数が増えた。
 何の飾り気もない、ただ薄暗いだけの部屋。手にはしっかり縄が食い込んでいる。多分あの後つかまったか捕らえられたかしたんだろーな。
「オレって本当ならここにいるはずの人間じゃなかったのになー」
「何度も言うな。余計気がめいる」
「?」
 そーいや、人の気配が……
「シェーラ!? いつからいたんだ?」
「さっきからいたではないか。」
 よく目を凝らすと、少し離れたところにお嬢がいた。答えが気に食わなかったのか、ぶすっとしてはいたけど。
「てっきり別々にされたと思ってた」
「お前と一緒でなければ舌を噛み切って死ぬと言ってやった」
「噛み切ってって」
 思わず苦笑する。一体いつの話だ。
「よく奴らが聞き入れてくれたな」
 普通なら、つかまった時点で女の方はその……だろーし、オレの方は用済みってことで捨てられる、もしかしたら殺されていたかもしれない。
 ……自分で言ってて怖くなってきた。でもそのわりには頭しか殴られた痕がないし、体もそれほど……やっぱ痛い。とくに腕とか(血は止まってたけど)。
「オレ、どれくらい気絶してた?」
 首を軽く動かしながらたずねる。
「一時間くらいだと思うが」
「一時間か……」
 それだけたってりゃ血も止まるよな。
「どうせ逃げられないだろうし、明日になれば迎えが来ると言っていた」
「迎え?」
 何の迎えなんだ? わからない。
 わからないと言えば……
「シェーラ、なんであの時逃げなかったんだ?」
 そう聞いたとたんにそっぽを向く。まーた、得意のだんまりときたもんだ。
「…………」
 やっぱり返事はない。まあいーけど。
「……そんな卑怯な真似ができるか」
 しばらくして、返事が返ってきた。
「……ふーん」
「なんだその反応は。人がせっかく質問に答えているというのに……!」
 バシッ!
「そう何度も同じ目にはあわないって」
 両手で両手をはさみこむ。無理に動かしたから腕がちょっと痛かったけど。
「卑怯だぞ!」
「お前に言われる筋合いはないんですけど」
「く……!」
「サンキュ」
 腕を挟んだまま、目の前の奴に礼を言う。
「な……」
「これ、お前がしてくれたんだろ?」
 そう言って、自分の腕を見る。腕にはお嬢の服と同じ色の布が巻かれていた。
「…………」
 慌ててそっぽを向く。こんどはさっきとは違うだんまりみたいだ。
 こいつも、ただのわがままお嬢じゃなかったんだな。まあ『お嬢様』ってのにも語弊があるか。
「でも一緒でよかった。これでいつでも逃げ出せるしな」
「逃げ出す? 武器は全て奪われてしまったぞ」
 シェーラが怪訝な顔をする。
「おまけに手と足も縛られてるしな」
「それなのにどうやって……」
「地球人をなめるなよ」
 そう言って体を動かす。しばらくするとジーンズのポケットから何かが出てくる。
「それは?」
「オレの世界のナイフ。悪いけどこっちに投げて」
「お前、いつの間に!?」
「説明は後。いいから早く!」
「あ、ああ」
 シェーラがナイフ――カッターを投げてよこす。
 なんとか刃を出して上下に動かす。しばらくするとシェーラの縄が切れた。
「足は自分でできるだろ? 終わったらオレの方も頼むな」
 ほどなく二人の手足が自由になる。
「なぜだ? 先ほどはそのような物持っているそぶりも見せなかったではないか。密かに隠し持っていたのか?」
「そんな器用な真似できないって。第一武器は全部取り上げられたんだろ?」
「そうだが……」
「とにかく今は逃げるぞ!」
 体を軽く動かしながら、お嬢に促す。こんな状況なのに、不思議と恐怖はわかなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あのような物、一体いつ手に入れたのだ?」
 走りながら、お嬢がさっきと同じ質問をする。
「気絶している間に元の世界から調達してきたんだよ。目の前にあったのがコレで助かったけど」
 そう言って、オレ達の命を救ってくれたもの――カッターに目をやる。
「気絶している間?」
「言ってなかったっけ? オレってこっち――空都(クート)で眠っているか気絶している時は、元の世界で体が動くんだ。」
 半分以上頭がもうろうとしていながらも、何か役に立つ物をと、部屋の机の引き出しにあったコレをつかんでたってわけだ。本当によくやった、オレ!
 まあ意識がしっかりしてりゃ、もっといいもの取ってこれただろーけど、ここはあえて考えない。
「……よくわからないが、お前は気絶しているフリをして異世界『地の惑星』に移動する術を使っていたんだな?」
「いや、そんな大層なもんじゃないって」
「異邦人という者は優れた能力を持っているのだな」
 オレの話は無視して一人納得した顔をしている。
「そう思うなら少しは敬えよ」
「それとこれとは話が別だ」
 あっそ。
「今は……」
 唯一没収されなかった腕時計を見る。今はAM6:07。
「約一時間ってとこか」
 一時間で二人の所へ戻る。……無理だろーな。でもさっきの奴らから身を隠すくらいならできるよな。
「一時間でできるだけ遠くに逃げるぞ」
「なぜお前に命令されなければならない。それに一時間とはどういう意味だ」
「…………」
 相変わらずの命令口調。我慢だ我慢。人間、そう簡単に変われるはずがないんだから。
「どういう意味なのだ? 答えろ」
 我慢……
「わたくしの質問に答えられないのか!」
 …………。
「言え! 答えろ……」
「お嬢、前に言わなかったっけ。もう少し思いやりを持った方がいいって」
「誰がお嬢……!」
 手を振り上げるのをなんとかキャッチ。よく見ればそれにはパターンがあるし、それほど威力はない。
「もう一つ付け加えとく。そーやって人に手を上げるのはやめといた方がいいぜ」
「お前が非を認めたからではないか!」
「あれはもう取り消し」
「わたくしを騙したのか!」
 形のいい眉がつり上がる。あー、うるさい。
「一時間って言ったのはオレの体があとそれだけしか持たないって事!」
「どういう意味だ?」
「七時になったら所かまわず眠る体質だっつーこと!」
「それは何かの病気か?」
「……そーいうことにしといて」
 よし、言うだけは言った。
「だましたのは悪かった。一応謝っとく。けどな、誰だってそう頭ごなしに命令口調で言われたらカチンとくるだろ!」
「そのように言っているつもりはない!」
「お前はそう思っててもこっちからはそう見えるの! お前がどこで生まれてどう育ったか知らないけど、人と付き合うからにはそれくらい考えて行動しろ!」
 ここまで一息で言う。はーっ。スッキリした。
「…………」
 返事がない。この前の繰り返しか? けど今度は謝らねーぞ。悪いのはそっちなんだから。
「……どうすればよいのだ」
 少しの沈黙の後、お嬢が声を振り絞るようにして言った。
「本当に知らないのだ。一体、どうすればよいのだ。……教えてくれ」
 本当に筋金入りのお嬢だったんだな。
 ため息をつくと翡翠(ひすい)色の目を見て言った。
「その威圧的な態度をやめろって言ってんの。そんなんじゃ誰も寄り付かなくなるだろ」
 なんでオレがこんなこと言わなきゃならんのだ。 そう思いつつも言葉を続ける。
「あと自分が邪魔かどうかって聞いてたけど、それは自分で決めるの。邪魔かって思うからには自分に心当たりがあるってことだろ? 悪いと思ったなら直せばいいし、思わなければ堂々としてればいい。周りの目気にしたってしょーがないだろ」
 お嬢は何も言わない。まるでオレの一言一言をもらさないように真剣に聞き入っている。
「それが嫌だったら……取引きってのは?」
「取引き?」
「悪いことをしたと思ったら、いいことをして償えばいい。何かを頼みたい時は自分も別の何かをしてやればいい」
「そういうものなのか?」
「多分。オレはそうしてるけど」
『…………』
 言ってからお互い沈黙する。
「なぜ、顔が赤いのだ?」
「……なんでもない」
 まさかとんでもなく恥ずかしいセリフを言ったからだとは言えない。
「とにかく行くぞ」
 そう言って足を進めようとした時だった。
 ……あ。
「どうした?」
「……ヤバいかもしれない」
 頭がくらくらする。眠気も襲ってきた。
「先ほど言っていた特異体質か?」
「……これからなりそう」
 時計はAM6:55。タイムリミット五分前。
 ガサッ。
「!?」
 背後で物音がする。
「……もしかして、コレって最悪の状況?」
 後ろを振り返らずに、聞いてみる。
「……これからなりそうだ」
 返ってきたのは予想通りの言葉だった。嘘だろ? よりによってこんな時に!
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