第一章「出会いと旅立ち」
No,5 ある夜、どこかの草原でのお話(前編)
気がつくとそこは草原だった。
「……」
目をつぶる。
「…………」
目を開ける。
「………………」
やっぱり草原だった。
見渡す限りの草と木。それ以外何も見えない。
「……………………」
大きく息を吸い、叫ぶ。
「嘘だろーーーーーーーーー!?」
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「ったく。なんでオレがこんなわけわかんないとこ歩かなきゃいけないんだ?」
呆然としていたところで何も始まらない。とりあえずあたりをうろついてみる。
これって多分夢だと思う。しかも特別な。じゃなかったら誰かに呼び出された――わけないか。それこそ夢物語だ。
さっき、椎名とゲームの話なんてしてたからかな。
『もし……そんなゲームのような別世界に行けるとしたらいってみたい?』
観光でなら行ってみたい。でも危険なところだったら嫌。
自分でもすっげーいい加減な考えだとは思う。でもやっぱり危険はやだ。だからこそああ言った。
自分が危険にさらされるのもやだし他者でも見てていい気はしない。要するに怖がりなだけ。そんなオレがこんな夢をみているのもなんだかお笑いだ。
「やっぱり冒険はゲームの中でするのが一番だよ」
誰にでもなくそう呟く。そもそも、しなくていい苦労はしないに限る。何事もなく日々平穏無事。誰になんと言われようがそれが一番だ。
「ん?」
あれ、なにかひっかかるぞ。
何気なくポケットに手をつっこむ。
「げ!」
椎名のペンダントがない!
部屋で見つけて、後で返すつもりでポケットに入れてたんだった。そのあとベッドでうつぶせになって――
「寝てたんだな。やっぱ」
となるとやっぱこれは夢か。 横になった時に床に落としたのかも。なら探す必要もないか?
けど、もしここで落としたのなら……。
「……探そ」
どっちにしても探した方がよさそうなのは確かだった。
踵を返して、草村を探しはじめて。
「おっかしーなー。そんなに時間はたってないはずだぞ?」
あれから時間はたつはずなのに、オレはまだペンダントを見つけられずにいた。
「そんなに遠くに行ったはずはないけどなー」
いくらぶつぶつ言いながら歩いてきたとはいえ、方向は間違ってないと思うけど。ほんとにどこに落としたんだ!?
しばらくすると、はじめにいた(であろう)場所に着く。
相も変わらず見渡す限りの草と木。 ただし、さっきと一つ違うのはオレの前に先客がいたことだった。
「……!?」
栗色の髪に黒い目の男。身長はオレよりちょっと低く、見た目はオレと同じくらいの歳に見える。
そいつは自分の手――正確には手の中にあるものを見つめ、なにやらひどく驚いたような顔をしている。
「あー、すみませーん」
「?」
「ちょっとそれ見せてください」
言うと同時に相手の手に納まっていたものをひったくる。
相手の手の中にあったのは小さなペンダント。銀色の鎖の先には青い球体、その中には女の人の肖像画。
「あー、やっぱり」
それはまぎれもなく椎名のペンダントだった。
「これオレのなんです。拾ってもらってどうもありがとうございました」
ぺこりと相手におじぎ。きびすをかえすとすたすたと歩く。
「ちょっと待て」
――と、簡単にはいかなかった。
「『オレの』だ? 嘘をつくな。これはアンタのものじゃない」
男に片腕をねじ伏せられあっけなく奪い返される。
「大切な物なんです。返してくださいよ」
空いた方の手で反撃に出たものの、そっちの腕もつかまれ返り討ちにあう。
「証拠は?」
腕をねじ伏せたまま、男が言う。夢の中でくらい運動神経よくならないのだろーか、オレ。
「そんなものありませんよ。でもそれは間違いなくオレのなんです」
腕をねじ伏せられたまま、オレが答える。もう少しいい夢はみれないんだろーか、オレ。
「大抵の泥棒はそう言って持ち物を奪っていくんだ。第一『大切な物』を普通こんなところで落とすか?」
うう、いたいところを。
「そんなこと言ったって落としたんだから仕方ないじゃん」
一応拾ってくれた人だからと敬語を使ってたのが、いつの間にか口調が元にもどってしまった。
「とにかく、これは俺が預かっておく。なんでこんなものがここにあるかわからないが俺はこれの持ち主を知ってるんだ。アンタも金がほしいならもっと別の商売しろよ」
掴んでいた腕を放すと相手はきびすを返し歩きだす。
「ねえ待ってってば!」
自由になった手で男の腕をつかむ。
「しつこいぞ。これはちゃんと持ち主に返すんだ」
「だからそれはオレの――いや、言い方が悪かった。
オレの姉、知り合いのものなんです。彼女が大切にしてた物なんだけど、ポケットに入れてたらいつのまにか落っことしたみたいで」
それでも男は無視をきめこみ歩き続ける。
「だから、それは椎名の物なんだってば!」
「……?」
そこで、男の足が止まった。
「だから返してください――」
「今、何て言った?」
男が振り返る。
「だからオレの姉貴のだって」
「……アンタの姉さんの名前は?」
「椎名。椎名まりい」
「『シーナ』!?」
男の顔が驚愕のそれに変わる。あれ? この表情って。
「椎名を知ってんの?」
「知ってるもなにも――」
そこまで言ってふと黙りこむ。 後には不気味な静寂。
「あの……?」
オレの言葉を片手で制すと、大勢を低くする。
「何かいるの?」
男の背中に聞いてみるも返事はない。
「あの……」
再び同じ質問をしようとした時だった。
「アンタ、武器使えるよな?」
正面を見据えたまま男が話しかけてくる。
「戦えるかって聞いたんだけど」
戦う――ケンカか?
自慢じゃないけど、生まれてこのかたケンカなんてしたこと――あるけど決して強くはない。むしろ弱い。
この際だ。認めよう。オレには運動神経というものがない。いや、あるにはあるんだろーけど、体育で5どころか4を取ったことは一度もない。この前の昼休みがいい例だ。
強いて言えば、自信があるのは反射神経のみ。それ以外は運動で目だった試しはほとんどない。
「わかんない」
「じゃあ覚悟しとけ。数が多そうだ」
「そんなに多いの?」
「見てみないとわからない」
ゴクリ、と生ツバをのむ音が妙にリアルに聞こえる。オレにケンカをしろと……?
しばらくすると、ケンカの相手が来た。