EVER GREEN

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第一章「出会いと旅立ち」

No,6 ある夜、どこかの草原でのお話(後編)

 一言で言えば小柄な狼。二言で言うならいかにも獰猛(どうもう)そう。かつ、でっかい野犬。少なくとも今のオレにはそう見えた。
「数は少なかったな。だからって油断はできないか」
「…………」
「ペンダントのことは後回しだ。まずはアレをどうにかするぞ」
「…………」
「おい、聞いてるのか?」
「…………」
「おい……」
 さっきとは逆に、男がオレに同じ質問をしようとした時だった。
「ケンカの相手って……もしかしてアレ?」
 正面を見据えたまま、男に話しかける。敬語はこの際無視だ。んなこと言ってられる状況じゃない。
「そういうことになるな」
「んな、シャレにならない……!」
 おそるおそる犬、いや狼みたいなものを凝視する。
 数は二匹。獰猛そうな顔にとがった爪。アレで襲われたら絶対無傷じゃいられないだろう。それに、
「グルル……」
 とか言ってんですけど。この状況ってマジでシャレになんねーぞ。
「おい、アンタ!」
「なっ何?」
 緊張と恐怖のためか声がうわずってしまう。 と、同時に大きなリュックを押しつけられた。
「これ持ってどこかに隠れてろ」
「隠れてろって一体どこに」
「いいから早くしろ。来るぞ!」
 げっ! ホントに来た!
「ガウッ!」
 犬、狼――ああどっちでもいい! 獣がこっちに向かって走ってくる。
「右によけろ!」
 言われるまま右に転がる。頭上を獣の爪が裂いたのはその直後だった。
「……マジ?」
 爪の跡が木に深々と残っている。嘘だろ!?
「早く隠れろ!」
 言われなくてもそーするしかないって! 攻撃をよけれそうな場所――あった!
 急いで岩場によじ登る。
「よし、アンタはそこにいろよ」
 オレが無事に避難したのを確認すると、男は獣に向かって走り、
「…………」
 一瞬考えるような間があった後、今度は進路方向をオレのいる方に変えて走り出す。……もちろんあの獣と一緒に。
「アンタ何考えてんだよ!」
 それじゃ意味ないだろーが。まあこっちに来たいのもわかるし、真っ先に逃げ出したオレが言えた義理じゃないけど。
 男は素早く岩場に飛び移ると、
「……こいつを忘れてた」
 リュックの中から斧を取り出した。いくら大きいとはいえ、よくあのリュックに入ったものだ。って感心してる場合じゃない!
「アンタはそこにいろ。奴が来たら教えてくれ」
 そう言うと再びリュックをこっちによこし、そのまま岩場の一番高いところへ移動する。
「来た!」
「よし!」
 獣の姿を確認するとそいつに向かってジャンプ。
「やあっ!」
 そのまま斧を一気に振り下ろす。
 ドサッ。
 獣はしばらく痙攣(けいれん)すると、動かなくなった。
「すげぇ……」
「感心してる場合か。次来るぞ!」
 そーだった。相手は一匹だけじゃなかった。
「…………」
 さっきの獣とは対照的。もう一匹が注意深くこっちを見据えている。
「ほら来いよ。俺を食べたいんだろ?」
 斧を片手に男が獣を挑発する。
「できれば帰ってくれると嬉しいんだけどな。そういうわけにもいかないんだろ?」
「ガウッ!」
 男の挑発にかかったのかそれを知ってての行動か。もう一匹の獣が男に向かって襲いかかる。
「今のうちに何とかしろ。それが無理ならもっと遠くに逃げてくれ!」
「わかった!」
 とは言っても一体どうしたらいいかまったくわからない。かといって、さすがに二匹目となると男の体力が尽きるのも時間の問題だろう。オレに手伝えることって何もないのか? 武器、道具。何でもいいから!
 リュックからそれらしいものを必死になって探す。
「?」
 何かが手にぶつかる。硬くて冷たい感触。もしかして――
 急いで取り出すと、それは小さな短剣だった。
 どこにでもありそうなナイフ。一つ違うのは、全体が緑がかっていて柄のところに小さな模様が彫られていることだった。
 よしこれで――
「…………」
 どーやって使うんだ?
 投げるにしてもそこまで届かないだろうし、突き刺そうにもそれこそ返り討ちにあいそうだ。
 だからって、何もしないのも気がひける――
「何やってんだ! そっち来るぞ!」
「へ?」
 いつの間にか、もう一匹が岩場に上ってきていた。
「うわああああっ!」
 慌てて岩場から飛び降りる。
「わああああああああああっ!」
 どーでもいいけどオレ、さっきからわめくか逃げ回るしかしてない。
 っつーかオレ、こんなわけわかんない所で死にたくねー!
「ああああああああああっ!!」
 やっぱり、ダメもとでこいつを投げつけるしか手がないのか!?
 どうやってこの場をやりすごすか決めかねているその時だった。
 キイイイイイィ……
「!?」
 短剣がうっすらと光を帯びている。
 緑色の光――緑――草――風――?
 一瞬の閃き(ひらめき)。
「風、吹いてくれ!」
 何もないところに短剣を振り下ろす。
 ブワッ。
 風を凪(な)ぐような音がしたかと思うと、突風が襲ってきた。
「うわっ!」
 風が強くて目をあけられない。
 ようやく目を開けると、そこには風が――緑色の少女がいた。
 一体何が起こったんだ!?
《……ふーん。あなたが私を呼び出したの?》
 ……は?
《今度は男の子かぁ。前の御主人様と感じが似てるわね。あの子は私を使いこなすのに一苦労だったみたいだけど今度はどうかしら?》
 何だこれ? 頭に直接響いてくる。
 それは、声とは違う。けど、声としか言いようのないものだった。
《ちょっと軟弱そうだけど、ワタシを呼び出せたんだから、まあ合格ね。もう少し運動神経よくても文句は言わないのに》
 しかも人が黙ってれば言いたい放題言ってくれてるし。
「何やってんだよ! 何でもいいからあの狼みたいのをやっつけてくれよ!」
 ザザ……!
 少女はうなずくと、一瞬にして刃に変わった。その刃の先にあるのは――獣。
 風の刃が獣を切り刻む!
「グギャーーーーーー!」
 いくら強い獣でも、実体のないものに攻撃されたらひとたまりもない。
 ずたずたに引き裂かれると、獣は崩れ落ちるようにして倒れた。
「やった……?」
「どけ!」
 オレを突き飛ばしたあと、男が再び斧を振り下ろす。
「…………!」
 今度こそ、獣は文字通り動かなくなった。
「終わった……の?」
 ぜえぜえと息を整えながら、とぎぎれとぎれに問いかける。まだ息が荒い。
「なんとかな」
 男が答える。彼の方はほとんど息を乱してない。
 こいつってすごい。RPGにでてくる奴らってみんなこんなことしてたのか!?
「…………」
「もしかして初めてだったとか?」
 どうやら沈黙を恐怖と勘違いしてくれたようだ。男が気遣ったような視線を向ける。
 そう。何もかもが初めてだった。モンスターに追いかけられたことも、魔法らしきものを目のあたりにしたことも(しかも自分でやった!)。まさかRPGの実践を体験するとは夢にも思わなかった。
「これ……」
 興奮とも恐怖ともつかない余韻(よいん)がまださめないまま緑色の短剣を返す。
「よくわかったな、その使い方」
 自分でもわけがわからなかった。気がついたらただ夢中で短剣を振るっていた。
「それ、シーナのものだったやつだ」
「椎名の!?」
 こんな所で椎名の名前が出てくるとは思わなかった。
 獣の血をぬぐい終わると男は初めて親しげな笑みを浮かべる。
「なんにせよ、礼は言わなきゃな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「俺はショウ・アステム。さっきは疑って悪かった」
 一段楽したあと、オレはこの凄腕の男の家にやってきた。なんでもさっきの草原はこの人の村の近くだったらしい。
「大沢昇(おおさわのぼる)です。さっきは危ないところを助けてもらってありがとうございました」
「いいよ、そんなふうに話さなくても。かたっ苦しいのは苦手なんだ」
 どうやら話の通じない人ではなさそうだ。
「ええと。オーサワ、だっけ」
「うん。昇でいーよ。こっちもショウって呼ばせてもらうから」
「ノボルか。変な名前だな」
「……普通の名前だと思うけど」
 そーいうもんなのか?
「じゃあノボル、もう一度聞くけどアンタの姉さん……」
「椎名のこと?」
「そう。アンタ本当にあの『シーナ』の弟なのか?」
 『あの』ってところが妙に気になるけど事実なので素直にうなずく。
「正確には義理のだけど。オレの親父、椎名の母さんと再婚したから」
 そう言うと、男は――ショウは少しだけ目をみはった。
「再婚……。あのシーナがよく了解したな」
「え?」
「なんでもない」
「そーいえば家族は? 誰もいないみたいだけど」
 家の中を見回してみたけどこの人以外誰もいなかった。
「姉貴は嫁にいった。親父は今別の場所にいる」
「母さんは?」
「子供の頃、病気で死んだ」
「……ごめん」
「気にしなくていい」
「……でもそれって、なんかオレと一緒だな」
 その言葉に察してくれたのか、ショウはそのことについてはもう何も言わなかった。この人とは初対面のはずなのに、なんだか親しみが持てる気がする。
「それで、その、変なこと聞くけど――」
「ここは、地球と呼ばれている場所とは似ているようで明らかに違う世界。国名はその世界の中にある一つ、カザルシア。さらに言えば、その中の片田舎にある村、レイノアだ。他に質問は?」
「……ないです」
 オレの聞きたかったことは、たった十数秒で解決した。
「アルベルトの口調が移ったかな」
「え?」
「なんでもない」
 オレの知らない人の名前を口にしながらショウが苦笑する。
「でもすごいな。オレの聞きたいこと全部言ってくれたし。なんでもお見通しってわけか」
「……一年前に、今のアンタとまったく同じ質問をしたやつがいたんだよ」
「それって――」
 口を開きかけたその時だった。
『昇くん!』
「椎名?」
 どこからか椎名の声が聞こえる。
「シーナ!? シーナがそこにいるのか?」
 ショウが驚きの声をあげる。どうやら聞こえるのはオレだけみたいだ。
「わかんない。でも椎名の声が聞こえた」
 さっきの緑の少女の時のような、頭に直接響いてくる声。
『昇くん! 起きて!』
 声がだんだん大きくなってくる。
 ……あれ?
「今度はどうした?」
「なんだか急に眠くなってきた……」
 椎名の声と比例して、今度は睡魔が襲ってきた。
「ノボル、最近こっちで俺以外の人間に会ったか?」
「こっちって言われても、どこがこっちの話なのか全然わからない……」
 やばい。眠気がひどくなってきた。
「変な夢をみたことは?」
 夢……?
「豪華な部屋で金髪の女子がいて、背が高くてエセ笑顔の似合う男に何かで殴られた……」
「他には?」
「……ごめん、眠い…………」
「おいっ!」
 オレを呼び止めようとする声が聞こえるけど、睡魔には勝てない。
 そのまま、オレは再び深い眠りの中へ……。

「……まったく。地球の人間ってのは厄介ごとをもってくるのが好きなのか?」
 最後に、ショウのため息にも似たつぶやきが聞こえたような気がした。
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